【懲役18年確定】有名ブロガーHagex刺殺 ネット没入の無職中年が”ステルステロ”に及んだ理由

【懲役18年確定】有名ブロガーHagex刺殺 ネット没入の無職中年が”ステルステロ”に及んだ理由

松本英光被告 ©共同通信社

 昨年6月に人気ブロガー“Hagex”こと、岡本顕一郎さん(当時41)が刺殺された事件の裁判は、12月5日に刑が確定した。松本英光被告(43)を懲役18年とした福岡地裁の判決に対し、検察、弁護側双方が期限の12月4日までに控訴しなかった。

 ネット弁慶の復讐――。そう呼べる事件なのかもしれない。福岡市の起業支援施設で2018年6月、IT関連セミナー講師の男性が刺殺された事件の裁判員裁判が11月、福岡地裁で開かれた。

 殺人や銃刀法違反などの罪に問われたのは福岡県在住の無職・松本英光被告(43)。

 昨年6月24日午後7時ごろ、同市内の起業支援施設に侵入し、午後8時ごろ、1階のトイレで、面識のない岡本顕一郎さん(当時41歳)の首や胸などをナイフで刺して殺害した罪に問われた。

■「自分はネットリンチを受けている」

 初公判が開かれたのは11月11日。出廷した松本被告は、短髪で清潔感のある、ごく普通の青年風だ。検察側が起訴状を読み上げ、岡崎忠之裁判長が認否を問うと、「間違いありません」と起訴事実を認めた。

 続いて検察側の冒頭陳述が始まる。浮かんだのは、自宅に引きこもり、ネット空間に没入する中年男の姿。一方で、被害者となった岡本さんは、今をときめくIT関連のサイバーセキュリティー会社に勤務しながら、「Hagex」のハンドルネームで活動していた有名ブロガーだった。

 松本被告が裏の世界の住人なら、岡本さんは表の世界の住人だ。2人はインターネットという仮想空間に裏の扉と表の扉から入り、面識もないまま遭遇した。そして、その偶然の接点が、事件の発火点となった。

 冒頭陳述によると、松本被告はネット上の自身の投稿に対する他の投稿者たちの書き込みから「自分はネットリンチを受けている」と受け止めた。その中に岡本さんがいた。

 松本被告は他の投稿者から「ネット弁慶」と呼ばれ、「低能先生」という不名誉なあだ名を付けられた。被告自身が「低能」という言葉を使って他人を罵倒する投稿をしていたことから、匿名の投稿者から揶揄するあだ名を返されたようだ。松本被告の投稿には、他にも「ゴミくず」「死ね」などと過激な表現が頻出していた。

■出頭前に投稿したメッセージ「おいネット弁慶卒業してきたぞ」

 昨年4月下旬、松本被告は、岡本さんがネット勉強会に参加するため、地元の福岡に来訪することを知った。その後、松本被告は犯行準備を開始する。凶器となるナイフを準備し、現場も下見した。勉強会当日を迎えると、会場に侵入し、ネットで見つけた写真から岡本さんを特定。勉強会の終了後、トイレに入る岡本さんを追いかけ、背後から襲いかかった。

 恐怖で逃げる岡本さんに執拗に切りつけ、30カ所を超える傷を負わせると、その場から逃走した。白昼の事件だけに、2人の目撃者がいた。いずれも惨劇を目の当たりにしてトラウマを抱え、その後の日常生活に支障を来しているという。

「おいネット弁慶卒業してきたぞ」

 松本被告が逃走後、福岡市内の交番に出頭する前に、ネット上に書き込んだとみられるメッセージだ。このメッセージが、松本被告の動機の核心を端的に示している。

 検察側の冒頭陳述に対し、弁護側は事件の経緯は争わないが、松本被告に完全な責任能力はないと反論した。自分の行為の善悪を判断し、行動を制御する能力が著しく低下していたとして「心神耗弱」を主張し、刑の減軽を求めた。争点は、この責任能力を巡る1点となった。

■松本被告の常軌を逸した行動

 翌12日は午前に証人尋問があり、松本被告が利用していたネットサービスの運営会社の社員が出廷した。その証言によると、被告は他人の投稿内容に対し「ばか」とか「死ねばいい」などと投稿。他人を中傷する投稿は年間8000件に及ぶこともあったという。同社は、松本被告がサービス利用規約違反となる「複数アカウントの使い分け」をしていたため、アカウントの利用停止の措置を取り続けたが、松本被告は新規アカウントを作り続け、その数は約500に及んだ。社員は「ここまでアカウントを取得した人はいない」と語り、被告の常軌を逸した行動を明かした。

 同じ日の午後、松本被告の被告人質問が行われた。岡本さんについては、自身が受けた「集団リンチ」の加害者の一人だったとし、「弱い者いじめで許せなかった」「(岡本さんが)死なない限り、集団リンチをやめないと思った」と発言。5月上旬、岡本さんがブログで「低能先生」を取り上げていることに気づいて「挑発行為だ」と受け止め、それが犯行の「決定打」になったと言明した。

■「ネットリンチする人が1人減ったので、後悔はしていない」

 また、犯行時のことについて、「1対1の殴り合いというか殺し合いを挑みにいったが、一方的にやってしまった」「私が否定している『いじめ』をやってしまった」と述べ、「反省」して交番に出頭したと説明した。その一方で、「ネットリンチする人が1人減ったので、後悔はしていない」とも語り、他にも「(自分を)リンチしている人間はだいたいターゲットで、殺す優先順位も付けていた」と吐露した。

 15日の論告弁論公判で、検察側は、松本被告が抱える「自閉スペクトラム症」について「この症状によるコミュニケーション障害や視野の狭さが、犯行動機に影響を与えた」としつつも、周到な準備に基づく計画的な犯行だったことや、現場から逃走する際に血に染まった上着などを捨てていたことなどから、完全責任能力があったと指摘し、懲役20年を求刑した。

 20日の判決で、岡崎裁判長は「一方的に強い殺意を抱いて執拗に攻撃した。悪質で身勝手だ」として完全責任能力を認定し、懲役18年の実刑を言い渡した。岡本さんの妻は「被告が、また何年かしたら社会に戻ってくると思うと恐怖しかない。夫を失って以来、私たち遺族はずっと終わらない地獄の中で暮らしている。そこに、さらに別の恐怖が加わることが私たちの心を圧迫する。夫が願った自由なインターネットの世界は消えてしまう。被告は反省もしていないし、おそらく今後も反省や更生をすることもない」などとするコメントを発表した。遺族が負った傷はあまりにも深い。

■何気ない投稿が殺人者を生むかもしれない

 今回の事件では一つの側面として、被害者のネットでの何気ない投稿が、取り返しの付かない悲劇の引き金となった。ネット空間は、匿名の応酬が可能な分、発言が過激化する。その中でトラブルが起きても、相手が匿名のままなら、双方が接触することはない。しかし、一方の実名や行動が、相手に知られてしまった場合、ステルス的に狙われるリスクをはらむ。だからこそ、投稿者は肝に銘じなければならない。あなたの何気ない投稿が、殺人者を生むかもしれないということを。

(平野 太鳳/週刊文春デジタル)

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