「今年5月まで中国共産党のスパイだった」――世界で波紋を呼ぶ27歳の“告白”は、どこまで真実なのか

中国人青年「中国のスパイだった」と告白し波紋 オーストラリアに亡命を求め騒動に

記事まとめ

  • オーストラリアで中国人の王立強氏が「私は中国共産党のスパイだった」と告白し騒動に
  • 王氏は豪テレビで中国の買収工作や脅迫行為が民主主義国家に浸透しているかを告白
  • 王氏は、スパイとして香港の民主化運動の妨害工作や、台湾で諜報活動に従事したという

「今年5月まで中国共産党のスパイだった」――世界で波紋を呼ぶ27歳の“告白”は、どこまで真実なのか

「今年5月まで中国共産党のスパイだった」――世界で波紋を呼ぶ27歳の“告白”は、どこまで真実なのか

豪州メディアに素顔を明かした王立強 ©getty

 ある日突然、オーストラリアの情報機関の門を叩き、亡命を求めてきた中国人青年。彼は2019年5月まで丸5年間、中国のスパイとして働き、香港の雨傘革命、銅鑼湾書店事件、台湾統一地方選などに深く関わってきたという。その“告白”の狙いとは――。

■報道番組に素顔で出演した

 習近平政権の足元が大きく揺らいでいるのだろうか。

 11月に入り、中国の非人道的な強権支配を暴くリークが相次いでいる。11月16日には、中国共産党が新疆ウイグル自治区のイスラム教徒約100万人に対して組織的に行っている洗脳や予防拘禁のおぞましい実態が、403ページに及ぶ機密文書の漏洩で明らかになった。

 11月20日には、香港の英国総領事館元職員・鄭文傑(サイモン・チェン)氏が今年8月、中国当局によって拘束・監禁された際に受けた殴打や睡眠剥奪、自白強要など、執拗な拷問の生々しい詳細を自身のフェイスブックで明かしている。

 そして11月23日。豪メディアは、27歳の中国人男性、王立強(ワン・リーチァン)が防諜機関のオーストラリア保安情報機構(ASIO)に出向き、「私は中国共産党のスパイだった」と告白したことを一斉に報じた。王は情報提供と引き換えに政治亡命を求めていることも伝えられ、騒ぎは拡大している。

 王は翌24日、豪テレビ局ナイン・ネットワークの報道番組『60ミニッツ』に素顔で出演。同じ日にネット配信された『ヴィジョン・タイムズ』など複数の活字メディアでも、中国共産党による買収工作や脅迫行為がどれほど民主主義国家に浸透しているかを赤裸々に告白した。

 水面下では現在、王の身柄引き渡しを巡り中豪間で激しい攻防が繰り広げられているとみられるが、この段階で亡命申請者が素顔や身分を明かすのは異例中の異例だ。

■美大生からスパイとして“就職”

 王立強とはどんな男なのか。

 1992年、福建省北西部の光沢県に一般的な中国共産党員の息子として出生した王は、幼少時から絵を描くのが得意で、安徽財経大学の文学芸術メディア学部に進学し油彩画を専攻。全国規模の絵画コンクールで複数回、入選する実績も残したという。

 在学中に中国共産党の情報工作員と接触し、“スカウト”された王は、卒業後もアートの道に進むことはなく、スパイとして香港と台湾で諜報活動に従事。香港の民主化運動の妨害工作や、台湾の統一地方選などでメディアコントロール、世論操作などに関わってきた。

「スパイは大学新卒のあなたにとって魅力的な職業だったのか」との問いに、王は「洗脳されていたのかもしれない。祖国への奉仕……ためらいなどなかった」と曖昧に答えている。

 思想背景などスパイの資格審査をパスした王立強は2014年から、香港上場の投資会社、中国創新投資(CIIL)と中国趨勢控股(チャイナトレンズ)で諜報活動に関わっていく。この2社の実態は、軍事作戦指揮や安全保障のための諜報活動を担う解放軍の中枢機関、中国人民解放軍総参謀部(現・中国共産党中央軍事委員会連合参謀部)の直轄という。

 王は「CIILに派遣されると、直ちに56歳の向心(シァン・シン)会長と50歳のゴン青(ゴン・チン。「ゴン」の漢字は、「龍」の下に「共」)夫人の知己を得て、夫人が趣味で楽しむ絵画のマンツーマン指導も請け負った。そもそも『向心』は偽名で、本名は向念心。向心も妻のゴン青も、ともに中国共産党の高級スパイだ!」と明かす。

■「銅鑼湾書店事件」で拉致を実行?

 中国共産党は1997年の香港返還後、香港と台湾における新たな諜報活動拠点を設けるため、夫婦ともに解放軍幹部クラスの向心とゴン青を選んで香港に派遣。1998年にチャイナトレンズを、2002年にCIILをそれぞれ創業させたと王は主張する。

 CIILとチャイナトレンズは、香港に網の目のような情報ネットワークを張り巡らせているとされる。王によると、衛星テレビの鳳凰衛視(フェニックステレビ)、総合新聞の『文匯報』など中国寄り主要メディアの幹部は、ほぼ全員が中国共産党の情報工作員。彼らは横で連携し、各社の取材網を駆使して民主派、反体制派と目されている人物の言動から家族の個人情報に至るまで詳細に監視・収集しているらしい。

「あるテレビ局の幹部2人も、本当の肩書は解放軍の少将と大校(大佐)。向心に命じられ、中国政府がカルト認定している気功集団の法輪功や本土派(香港独立派)の民主化組織にさまざまな嫌がらせを仕掛けた。しかもそのテレビ局は毎年、工作費として5000万元(約7億7000万円)の資金を中国共産党から得ている」(王)

 2015年10月から12月にかけて、中国共産党に批判的な書籍を扱う香港「銅鑼湾書店(コーズウェイベイ・ブックス)」の店長ら関係者5人が相次いで失踪する「銅鑼湾書店事件」が起きたが、事件には王本人も深く関わったという。彼は向心と拉致実行部隊の間を取り持つ中継係で、書店株主の李波を自ら拘束している。

「ゴシップ色の強い暴露本『習近平與他的情人們(習近平と愛人たち)』を販売したことが北京の逆鱗に触れ、書店を取り潰す直接の引き金となった」(王)

 ただ、銅鑼湾書店の林栄基元店長は11月26日、台湾民主派メディアの取材を受け「王立強という名前や彼と似た風貌の男は見たことがないし、彼が拉致したという李波からも、そのような男に連れ去られたという話は聞いていない……」と述べ、証言に疑問を呈した。

■大学生を洗脳

 中国共産党は、若者を中国共産党シンパにするための工作にも注力し、王立強はこのミッションを主軸に情報工作を展開した。

 CIILとチャイナトレンズは香港で、若者の学業や起業支援を名目にした2つの教育ファンドを立ち上げ、中国共産党の学生向け宣伝工作拠点に据える。中国共産党は2ファンドに毎年5億元(約77億円)の活動資金を助成。王らスパイは大学のキャンパスの奥深くに入り込み、香港と台湾の学生に手厚い奨学金や旅行費用などの各種優遇策を打ち出して取り込みを図っていく。香港に住む中国人留学生のための学生組織も結成し、民主派香港学生の個人情報を盗むようけしかけもした。

「中国人学生は単純で、わずかでもカネになる、得すると感じれば、何でもホイホイ喜んで協力した。今年の香港反政府デモでも、私が組織した中国人留学生たちがデモ隊と衝突したり、デモ隊に紛れ込み、前線で故意に過激な行動を仕掛けたりしている」(王)

■「妻子にその脅威が及ぶことを何よりも恐れる」

 それにしても王立強はなぜ今、生命の危険を冒してまで中国共産党と袂を分かったのか。

 一番の原因は家族ができたことだろう。王は3年前に華人女性と結婚、現在2歳になる一人息子を儲けた。「いずれ妻子にその脅威が及ぶことを何よりも恐れるようになった」「嘘で塗り固めた人生に巻き込みたくないと思い始めた」と強調する。

 妻は結婚後に留学のため豪州へ移住し、子育てをしながら研究に従事している。王は2018年12月、妻子を訪ねるため休暇で豪州を訪れ、親子3人で束の間の生活を送った。その時の体験や亡命申請後の豪州生活で、市民が民主と自由を謳歌していること、今までやってきたスパイ活動が卑劣なことを深く恥じるようになり「『新たな任務』を拒む決断をした」という。

「新たな任務」とは、2019年5月28日に台湾入りし、2020年台湾総統選挙の情報工作を前線でサポートすることだった――。

「蔡英文再選を阻止せよ」元スパイが明かした、中国共産党による台湾工作の内幕とは へ続く

(田中 淳)

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