《溺愛LINE公開》「オカンはたかちゃんのためなら悪魔にでもなる」息子の妻を埋めた美人母に高裁は「懲役6年」減刑

《溺愛LINE公開》「オカンはたかちゃんのためなら悪魔にでもなる」息子の妻を埋めた美人母に高裁は「懲役6年」減刑

東京高等裁判所などが入る裁判所合同庁舎(東京都千代田区) ©時事通信社

 銀行員の夫、職場で出会った専業主婦の妻、不妊治療の末、2人の間に生まれた待望の娘。誰もがうらやむ幸せな家庭にみえるが、どこかで歯車が狂っていた。2018年3月、夫が妻を殺害し、夫の母親とともに実家の敷地内に遺体を埋めるという殺人・死体遺棄事件が起きた。さらに、逮捕された夫と母親は、妻が行方不明になったという偽装工作も重ねていた。

 東京高裁で12月10日、第二審の判決があり、殺人罪と死体遺棄罪に問われた夫に懲役15年、殺人幇助罪と死体遺棄罪に問われた夫の母親には懲役6年が言い渡された。今年6月12日の千葉地裁での一審判決では、夫には懲役15年、母親には検察側の求刑懲役6年を上回る懲役7年を言い渡していたが、母親については一審判決を破棄し、求刑通り懲役6年とした。

■1歳児を実家に預けて睡眠薬を盛る「妻殺害計画」

 きらぼし銀行のエリート行員、弥谷鷹仁被告(38)と妻の麻衣子さん(当時30)は、2016年9月に生まれた長女のMちゃんとともに、千葉県柏市のJR常磐線南柏駅から徒歩2分の高層マンションの3階に暮らしていた。事件が起きたのはMちゃんが1歳半をむかえようとしていた18年3月4日の午後。Mちゃんは麻衣子さんの実家に預けられていた。

 日頃から麻衣子さんに鬱憤を抱えていた鷹仁被告は、睡眠導入剤を混ぜたカレーライスを麻衣子さんに食べさせた。Mちゃんの保育園見学を口実に、麻衣子さんを車に乗せて外出。ほどなくして麻衣子さんが眠りにつくと、鷹仁被告は人気のない市内の小学校の敷地裏に車を止め、両手と延長コードで麻衣子さんの首を絞めた。目覚めた麻衣子さんは、「パパやめて、苦しい」と手をほどこうとしたが、鷹仁被告はその手を緩めず、絞め続けた。

 麻衣子さんが死亡したのを確認すると、かねてから殺害計画を打ち明けていた母親の恵美被告(65)に連絡し、茨城県取手市の実家に向かった。実家の裏には麻衣子さんの遺体を埋めるため、事件2日前に掘った穴がある。その穴に麻衣子さんを埋めると、上から石灰をかぶせ、においが出ないようにした。

 2人は犯行が発覚しないように、「夫婦が車で外出中に口論になり、麻衣子さんが車を降りたのを最後に、行方が分からなくなった」という設定で偽装工作を行った。事件2日後には、鷹仁被告は千葉県警柏署に出向いて麻衣子さんの捜索願を提出し、麻衣子さんの母親や友人らとともに近隣の駅頭で麻衣子さんを探すチラシを配った。

 麻衣子さんの行方を追った県警は、行方不明になった状況に不審を抱き、捜査を始めた。約4カ月後の7月17日、県警は鷹仁被告に任意同行を求めた。鷹仁被告は犯行を認め、警察官を遺体がある実家に案内した。翌18日、恵美被告とともに死体遺棄容疑で逮捕された。

■育児ノイローゼから生まれた”潔癖ルール”で限界に

 鷹仁被告はなぜ麻衣子さんを殺害するまで追い込まれたのか。それは麻衣子さんが出産後、思うように育児ができないストレスから育児ノイローゼになり、強迫性障害と診断されたからだ。麻衣子さんは妊娠中から潔癖気味になったが、産後その傾向は極端になり、自身だけでなく鷹仁被告や時折育児を手伝っていた麻衣子さんの母親にもさまざまな“潔癖ルール”を課していた。

 特に外から家に帰ってくるときの手順は厳しく、たとえば家族3人で外出して帰宅した場合、まず麻衣子さんが割り箸で電気やストーブのスイッチを入れ、大人は順番にシャワーを浴び、Mちゃんも洗った。麻衣子さんはシャワーに40分〜1時間かけることもあり、その間、Mちゃんは用意した箱の中に入れられ、出ようとすると、麻衣子さんがビニール手袋をした手で押さえつけていたという。

 鷹仁被告がこの潔癖ルールを破ると麻衣子さんは激怒し、土下座を求めることもあった。ある日、鷹仁被告がビジネスバッグを触った手で室内の物に触れてしまった。鷹仁被告はアルコールと次亜塩素酸スプレーでそれを磨きあげるまで許されなかった。また、ゴミ箱や掃除機などは素手で触ってはならず、使い捨てのビニール手袋を使わなければならなかった。100枚入りの手袋の箱は1週間で3〜5個消えた。

 麻衣子さんは、Mちゃんがおっぱいを飲んだり離乳食を食べたりしてくれないことや、なかなか寝付いてくれないことにイライラを募らせていた。麻衣子さんは鷹仁被告の勤務中でも頻繁に電話をかけ、鷹仁被告を早退させる日もあった。育児が思うようにできないとMちゃんにも暴言を吐き、眠らないMちゃんをベッドに投げつけたこともあった。鷹仁被告は千葉地裁で今年5〜6月に行われた一審の裁判で「このままでは娘が妻に殺されてしまうと思った」と話している。鷹仁被告のストレスは限界に達し、麻衣子さん殺害を決意するに至った。

■母親とLINEで殺害相談「1人でやらないでよ、危ないから」

 従前から夫婦仲を母親の恵美被告に相談していた鷹仁被告は、2018年2月12日、初めて恵美被告に殺害を考えていることを打ち明けた。事件の約1カ月前のことだ。2人はLINEでやりとりを交わしている。

鷹仁「しんどいよ」
恵美「オカンにできることはない?」
鷹仁「ほんとに何でもしてくれる?」
恵美「言ったでしょ、オカンはたかちゃんのためなら悪魔にでもなる」

 その後、母子は約40分にわたり通話し、「もう麻衣子といるのは限界。殺そうと思っている」と計画を話した。恵美被告は、最初こそ「絶対だめ」と反対したが、徐々に息子の訴えに同調してしまった。通話後もLINEで会話を重ねた。

鷹仁「計画通りによろしく」
恵美「1人でやらないでよ、危ないから」
鷹仁「じゃあ、棺桶よろしく」

「棺桶」とは、食品業界の用語で、上部が開閉する業務用冷凍庫のことを指すそうだ。鷹仁被告は、水を張った「棺桶」の中に麻衣子さんを入れ、溺死させる計画を考えていた。犯行発覚を逃れるため、水辺での水難事故を装うつもりだった。当時、恵美被告は自宅で夫とともに食品加工業を営んでおり、業務用冷凍庫を新たに購入しても、怪しまれないと踏んでいた。ただ、その後、これは別の計画に変更になる。

 その新計画こそが、麻衣子さんを殺害後、遺体を隠し、行方不明を装う計画だった。恵美被告は、隠し場所として、取手市の実家の敷地を提案。殺害2日前の3月2日、鷹仁被告は実家の裏に深さ1メートル以上の穴を掘った。

 殺害当日、日付が変わった4日深夜にも、母子はLINEや電話でやりとりしている。
午前1時ごろ、恵美被告は、鷹仁夫婦の自宅に近いパスタのチェーン店の食べログのリンクを送り、こんな会話をしている。

恵美「ここでディナーとワイン」
鷹仁「いいねえ 麻衣子も喜んでくれるかも」
恵美(削除)
鷹仁「そうなんだ、いいホワイトデーの前倒しにもできるね」

 一見不可解だが、「後から調べられたときのために」(鷹仁被告)、夫婦仲が良好であったように見せかけようとしたようだ。

 鷹仁被告が麻衣子さんの殺害に取りかかったのは、この日の午後2〜3時のことだ。麻衣子さんが寝ているうちに睡眠導入剤を昼食のカレーライスに混ぜ、食べさせた。Mちゃんの保育園の候補に挙がっていた柏市内の保育園の見学をしようと誘い出し、午後4時ごろ車で連れ出した。麻衣子さんが車内で眠ったことを確認すると、車を止め、両手で麻衣子さんの首を絞めた。麻衣子さんは目覚めて抵抗したが、鷹仁被告は絞める手を緩めることはせず、次第に麻衣子さんから力が抜けた。さらに延長コードでも首を絞めた。

 鷹仁被告は午後5時53分、母親にLINEした。

鷹仁「麻衣子が出ていった もうやだ つかれた」

 麻衣子さん殺害の合図だった。鷹仁被告は麻衣子さんを埋めに、遺体を載せた車で実家に向かった。

■息子は「地獄から助けてくれてありがとう 1人じゃ決断できなかった」

 その1分前、鷹仁被告は麻衣子さんの母親にも電話している。麻衣子さんが出て行き、行方が分からなくなったという?を伝えるためだ。鷹仁被告はすでに死亡している麻衣子さんの携帯電話にも電話をかけ、あたかも行方を捜しているような偽装工作をした。麻衣子さんの実家の家族や友人は、麻衣子さんが本当に行方不明になってしまったと信じ、鷹仁被告とともにチラシを配ったり、探偵に依頼したりした。

 麻衣子さん殺害は弥谷母子だけの秘密となったが、発覚までの間、罪悪感を抱いていたとは到底思えない行動に出ていた。たとえば事件から約1週間後の3月10日にはこんなLINEを交わしている。

恵美「子宮ガンになってもうすぐ10年たつんよ」
鷹仁「そうだよね 命、大切にしないとね」
恵美「うん たかちゃんもね」

また、4月10日にも、こんなやり取りをしている。

恵美「お先短いオカンの人生、それなりに人生賭けたんよ」
鷹仁「地獄から助けてくれてありがとう 1人じゃ決断できなかったよ」

 他にも、母子は事件後、Mちゃんを麻衣子さんが眠る実家裏につれて行き、その意味もまだ分からないMちゃんに、一緒に手を合わせさせたこともあった。逮捕直前の七夕では、鷹仁被告は短冊に「Mちゃんが元気に育ちますように。麻衣子が無事に帰ってきますように。仕事が成功しますように」と願いごとを書いた。

 母子は事件発覚までの4カ月間、麻衣子さんの家族をだまし続けた。2人が逮捕された日の朝、家族は警察官から麻衣子さんが遺体で見つかったことを告げられたという。麻衣子さんの母親は一審の裁判で、その日のことを「つらく、信じがたいことでした」と振り返る。「麻衣子がいなくなってから、鷹仁と探偵社に鷹仁の車で行った。私が座った助手席で麻衣子が殺されたとは。かけがえのない麻衣子を返してください」。

 おっぱいを飲んでくれなかったり、泣き止まなかったりする赤ん坊に手を焼いて育児ノイローゼになる母親や、結婚しても息子が大事な母親、それによって不仲になる嫁姑――ありふれた日本の家族の風景だ。弥谷家もそのひとつだった。殺人や死体遺棄という凶行に走らずとも、解決の道があったはずだ。

(村田 珠里/週刊文春デジタル)

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