それでも、山中伸弥さんの「iPS細胞」への研究は支援されるべき理由

それでも、山中伸弥さんの「iPS細胞」への研究は支援されるべき理由

京都大学iPS細胞研究所長・山中伸弥氏 ©?文藝春秋

 ノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェロー の吉野彰さんが、ストックホルムで華やかな授賞式に参列して大変湧き立っておりました。非常に栄誉なことで、見ているこちらも幸せな気分になりました。

■いろんな問題を早期発見早期処理してきた菅さんが

 その一方、日本国内では我らが週刊文春が首相補佐官・和泉洋人さんと、厚生労働省大臣官房審議官の大坪寛子さんとの派手な不倫スキャンダルを報じ、それはそれは騒ぎになっています。和泉さんと言えば、国土交通省でのある事件をめぐるミスを救ってもらった恩義から現官房長官の菅義偉さんに絶対的な忠誠を示す懐刀であり、一方の大坪さんと言えば、まあいろいろあったらしいけど慈恵医大の勤務医から厚労省へ医官として転身し、目下盛大な勢いで立身出世中の女性官僚です。

 どちらも超長期政権となった安倍晋三総理率いる内閣を文字通り支えている人材であって、お前らほんと何しとんねんと言いたくなるような素敵な大型スキャンダルに発展してしまいました。官房長官としてクソ真面目にいろんな問題を早期発見早期処理してきた菅さんが、まさか自分の小脇に差している刀がアカンことになっていたとは気づいていなかったようであります。

 んで、その大坪さんがやらかしていたのは、iPS細胞の発見などで多大な科学的業績を打ち立てノーベル賞を受賞した山中伸弥先生率いるiPS細胞研究所の重要な事業の一つ、細胞備蓄事業の補助金年間約10億円を打ち切る、という恫喝騒ぎであります。まさか和泉さんと京都まで行った大坪さんが、山中先生を恫喝したついでに不倫ランデブーしていたとかいうナイス事案であったとは文春記事を読んでいる私の目頭が熱くなるわけですけれども、いやー、何度も書きますけれどもお前らほんと何しとんねんと思う気持ちでいっぱいです。

 そんな官邸サイドからの山中さんDISに呼応する形で、先日、NewsPicksに「【ドキュメント】日本のiPS細胞は、なぜガラパゴス化したのか?」という記事が掲載されました。詳細を引用するのは控えますが、なぜか「(山中さんが推進する)iPSバンクだけでも2018年度までの6年間で、少なくとも94.7億円が使われている」ものの成果が見られないので打ち切りますよ、という話になっています。

 いやあ、大坪さんの不倫&恫喝記事を読んだ後で一連のNewsPicksの告発記事を読むと、お前らどういう意図でそういう論陣を張ったんですかねえとお伺いしてみたい気持ちでいっぱいになるのですが、議論としては分かります。

■製薬業界全体で概ね8兆7,560億円

 まあ……製薬系も基礎研究もそうですが、年間10億ちょっとの研究費というのは正直「はした金」であります。薬作るの、超カネかかるんですよね。アメリカの製薬業界の最新レポートを見てみますと、人体での治験の前に行うマウスでの試験「Pre-human/Pre-clinical」から、最終的な承認までのプロセスに必要な金額は製薬業界全体で概ね8兆7,560億円ほど(2018年、1ドル110円換算)と試算されています。

 昨今、『オプジーボ』など超絶に高額だが特効的な医薬品が続出している現状はありますけれども、これらは医薬開発の研究費高騰が大きな要因であることは間違いありません。最近保険適用になった白血病の新薬『キムリア』が1回当たり3,300万円、肺がん特効薬である『オプジーボ』が年間概ね1,000万円であり、もちろんだんだん薬価は下がっていくとは思うんですけれども、個人の負担では当然大変な額です。

■iPS細胞の研究は、これから千億円単位かかる

 保険医療では高額医療費は個人負担の最大額は決まっていますけれども、逆に言えば皆さんの保険料でこれらの高額のお薬代が賄われることになります。保険制度ばんざい。しかし、なんかもう「命の値段」って現実を突き付けられる気分になります。物語でよく難病に苦しむお母さんを助けたいけど薬が高すぎて買えないので盗賊になる息子の話が出てきますが、まあそういうことですよね。

 で、鳥集徹さんがこの問題について昨年記事を書いておられますが、この内容は紛れもなく事実であります。これからマウス実験が概ね終わり、iPS細胞による治験を始めるために品質を安定させるためにどうするかというフェイズにようやく入った山中伸弥先生やその周辺のiPS細胞研究は実用化が進むまで、打ち切られると議論になった備蓄事業を含めて、これから千億円単位で費用が間違いなく掛かります。これはこれで大変なことです。

「iPS細胞」過剰な期待を煽る報道を“やめるべき”事情
https://bunshun.jp/articles/-/9799

■結果が出る前に「やっぱやーめた」

 また、産経新聞やブログでも問題を指摘したところ、大変多くのご賛同を頂戴したテーマなので、ぜひ深掘りして皆さんに知っていただきたいと思うんですよね。

【新聞に喝!】投資家・山本一郎 iPS備蓄「打ち切り」 研究現場の困窮に目を
https://www.sankei.com/column/news/191208/clm1912080006-n1.html

山中伸弥さんのiPS細胞研究所の一部事業助成打ち切り報道について - やまもといちろう 公式ブログ
https://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/13241722.html

 いまでこそ、研究開発は「技術立国」日本の根幹と言いつつ、実際には資金が潤沢にある輸出産業などの民間企業が独自にやっているものが多く、日本に留まって研究しているというよりは海外の研究者も雇いながら柔軟に行っているケースばかりが目立ちます。日本が国として研究開発を奨励しようにも、今回の山中さんのようなことはかなり頻繁に起きてしまうのが実情です。

「やりましょう!!」と政治がリーダーシップを取っても、途中で「ずいぶんカネがかかるぞ」「成果はまだ出ないのか」「なんかおかしいな」となり、結果が出る前に「やっぱやーめた」と言われてしまうという。見切るのはえーよ。

 ただ、前述の通りそもそも製薬というものはカネがかかりますし、それを国が補助金を出し日本発の優れた技術として基礎研究を進め実用化を目指すという話なので、NewsPicksが文句をいう金額の100倍は投入しないといけませんし、それでも、いかに山中さんが優れているとしても開発に必ず成功するかも分かりません。

■科学研究には博打の要素がある

 もしも日本の科学研究予算に問題があるのだとするならば、京大名誉教授の中辻憲夫さんが指摘するように「iPS偏重すぎる」ことにあります。我が国が取り組みたい再生医療全体で見たときはiPS細胞だけが有望な研究分野ではないはずなのに、我が国の再生医療に対する助成金のかなりの割合が山中伸弥さんの研究室に突っ込まれている、という非常に危うい選択と集中の問題があるのだと言われれば、確かにその通りではあります。どうしてもこの世界は博打の要素があるんです。

 しかしながら、それもこれも一番の問題は「研究開発は国の宝」という割に、我が国の科学技術に対する国庫からの助成金・補助金の絶対金額が少なすぎ、また、助成する方法も非効率で適切ではないという批判は常にあります。一番困っているのはお金をまだ集められる山中さんではなく、現場の研究者なんじゃないかと思うんですよね。

 今回の中辻さんと山中さんのiPS細胞の発見を巡る男同士の争いに関しては別の人が解説してくれるといいなと思いますが、iPS細胞への支援に関する問題は、純粋に国が研究開発に金を出さなすぎることのほうが問題なのです。もちろん、そんな国家予算がどこから捻出されるのだ、その費用を出すために何を削るつもりか、と言われるとみんな黙るしかないわけですけれども。

■人材が使い潰されている、日本の科学研究界

 今回は官邸にある「健康・医療戦略室」の責任で厚生労働省などからの予算で起きた問題ですが、大学や研究機関などでの学術研究を支えているのは文部科学省の科学研究費助成事業(科研費)です。科研費の費用の問題で言うならば、そもそも補助の対象は研究ができる環境が整い、さらに成果が期待できる研究なので、補助すべき事業に直接資するわけではない什器の購入などには使えません。そして、科研費の申請のために多くの研究者がたくさん資料を揃えて順番待ちをし、そして結構な割合が「科研費落ち」をするので大学などの研究室に居られる人数は常に流動的となって不安定な職場になります。

 安心して研究に邁進する体制など国家から落ちてくる科研費に頼る限りは望むべくもなく、結果として本来は大事な基礎研究に従事してくれるはずの研究者がポスドクなど被差別階級的なポジションに追いやられ、生活が安定しないので泣きながら研究員として企業に就職してデータサイエンスなど「カネになる仕事」だけに従事させられるというオチになります。それすらもできないゴリゴリの研究者は夢破れて実家に帰るしかなくなりますし、「優秀な人なのに何でこんな職場で薄給で研究しているの」というぐらいに人材が使い潰されているのが我が国の科学研究の世界での問題です。

 その意味では、山中伸弥さんは恵まれていて、もちろんノーベル賞受賞者を国が捨て置くわけもないのですが、その山中さんですら、官邸内で権力を握った面白官僚の思いつきなどでちょっと風向きが悪くなると研究費の金策に走らざるを得なくなるというのは異様です。また、その山中さんがパワフルな存在なので、iPS細胞に多額な資金を突っ込んだ結果、他にも有望であろうと思われる研究に金が回らず干上がっている現状があります。

■人工知能「東ロボくん」を立ち上げた、ある学者のつぶやき

 一方で、科研費を実際に誰にどう支払い研究を補助するかを適切に判定する立場にある人物が、結構な問題を抱えていたりもします。新井紀子さんっていう学者の人なんかは、Twitter上で余計な主張をした結果さんざんに論難され、開き直った挙句に、そういう発言者はリスト化していて科研費を払わないと豪語する事例まで勃発しました。

 この人、東京大学の試験を日本語で受けさせる人工知能「東ロボくん」を立ち上げた割に、その研究が一定の成果を挙げたらさらなる上積みを狙えばいいのに何故かそこからイデオロギー闘争にシフトして「日本人は教科書が読めない」ので「新井紀子さんらが作ったリーディングテストを学生にやるべき」とか言い始めました。いや、そうじゃねえだろ。 

■カネが少ないうえにムダがたくさんある

 つまりは、日本の科学研究予算というのは原資が限られていて、各省庁が扱う「科学技術関係予算」は合計で3兆8,396億円(平成30年度)で、これは国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センターなど医療系の機関も全部含んでの数字です。そこから各省庁が我が国にとって重要な技術分野をピックアップしていって、細かく細分化されていった結果が、山中さんのiPS細胞の貯蓄事業の年間10億円なわけですよ。ノーベル賞受賞者の、山中さんの事業が、ですよ。それも、再生医療は日本の研究開発では重要だと優先配分されている、といわれていながら、です。

 それじゃあ一般の、有名ではないけど優秀な研究者によるプロジェクトはどうなるんだという話であります。少ない予算に多くの研究者が申請して確保しなければいけません。科研費の申請が通らないと、大学や民間からの共同研究予算でも取れない限り研究費がなくなってしまいます。しかも、研究は当然できる前提で科研費が払われる仕組みなので、研究に必要な設備やスタッフの人件費などは原則として充当されません。さらに、ちょっとでも申請した研究内容と異なる使い方をすると「全額返せ」と言われかねず、また、おカネを使い切れないと年度末に無理に費消することを強いられたりします。

 カネが少ないうえに無駄がたくさんあるので、我が国のアカデミックな研究開発は能力のある人たちにとっては魅力的な場所ではなく、海外に出ていける人は出ていくし、民間から資金が引ける人は国内の大学や研究機関を頼らなくなってしまいます。

■捏造してでも実績を積み上げる人が生き残りやすい仕組み

 そのなれの果てが、同じくノーベル賞受賞者の野依良治さんが率いていたはずの理研で勃発したおぼちゃんこと小保方晴子さんの一連の捏造事件であり、さらに、それ以上の捏造事件が日本の研究機関で横行し、海外からも問題視されてしまう事態にまでなっています。日本人の研究者全員がそこまで気安く捏造を繰り返すわけではありませんが、捏造によって研究業績が頭一つ出ないと次の研究費が貰えない仕組みになっている以上、捏造してでも実績を積み上げられる人が生き残りやすい仕組みになっているのが、日本の学術・研究界の悲しい現実の一端ではないかと思います。

 結果として、相応に能力を認められた研究者でも、ワープアも同然のポスドクで貴重な20代からアラサーをぼんやり過ごし、研究体制での不安定な雇用で家庭を持つことも充分な研究もできずにいます。これはとても悲しいことだと思うんですよ。

■国庫から出る研究開発予算はどれほどなのか

 そして、日本の論文数が世界に比べて伸び悩み、価値のある研究がなかなか生まれない現象は、単に山中さんの研究ひとつ切るのとは訳が違うぐらい、全体のシステムの問題であることが分かります。だから、困っているのは日本の教育であり研究者であり、それはひいては資源のない我が国が生きていくために必要な外貨をどう稼ぐのかであって、突き詰めれば人口減少しても豊かな国であり続けるために必要なことのひとつが「学術的な研究開発の奨励」であることは言うまでもありません。

 もちろん、そっちにカネを回そうとすると今度は「ではその財源はどこから出てくるのか」という話になります。今年はうっかり消費税を上げてしまい景気が低迷し始めているのもあって、税収が2兆円ぐらい足りなさそうだということで早速国債が増発され、また大型補正予算は真水で10兆円オーバーだという話も出ています。でもさあ、我が国が支出する科研費は2,154億円ぐらいなんですよね。これに、新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)その他分野別助成もあるんですけど、国庫から出ていく真水の研究開発予算なんて全部合わせても2兆円もいかないぐらいなんじゃないでしょうか。

■あまりカネをつけず、現場のケツだけ叩いて「頑張ろう」って…

 大学入試改革で民間英語試験があれだけ騒がれ、また、子どもの教育の振興でPISAの国際ランキングが上がったの下がったのと騒ぐ割に、あまりおカネをつけず、現場のケツだけ叩いて頑張ろうと言ってもまあなかなかむつかしい世の中になっているんじゃないですか。

 別に中国と比較したいわけではありませんが、中国の都市部では小学校2年生や4年生ぐらいから、人工知能の開発に向いているプログラム言語「Python」が必修になっているぐらいの状況で、我が国は何をしているんだろうと、私も我が子の宿題を面倒見ながら毎日思い悩んでおります。

 研究開発ですら夢の見られない現状で、ほんとどうするんでしょうか。

(山本 一郎)

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