第20回 美しい月の光に導かれ、谷間の奥へ奥へ……――角幡唯介「私は太陽を見た」

第20回 美しい月の光に導かれ、谷間の奥へ奥へ……――角幡唯介「私は太陽を見た」

©角幡唯介

 翌日テントを出ると月が裏山の陰に隠れて暗かった。

 満月がすぎて高度が落ちはじめると、なんだか妙に物悲しくなる。この極夜の旅の間、いつもそう感じていたが、このときも早くも月の高度が落ち、これからどんどん暗くなっていくサイクルに入っていくことが分かり、私は暗い気持ちになった。のこされた時間はそれほど長くはなかった。

 地図を見るかぎり内陸の広大な湿地帯はセプテンバー湖とつながっている。2014年の旅で見た麝香牛の群れの映像が脳裏によみがえった。群れのなかには湿地帯方面へ走って逃げた集団もおり、それを考えるとこの先に牛たちの一大棲息エリア、すなわち麝香牛牧場=楽園(パラダイス)があるのはまちがいないところだった。どう考えても内陸に行ったほうが群れと遭遇する可能性は高いと考えられた。

■出てこい、麝香牛!

 私はさらに谷をさかのぼって楽園と思しき湿地帯を目指した。前日の途中からルートを誤り変なところに迷いこんでいたので、右手の河原を強引につっきって本流らしき大きな谷筋にもどった。それからはコンパスと地図をみて慎重に谷を登っていった。麝香牛らしき影を見てもどうせ岩なので、前日みたいにいちいち確認しなくなった。それよりもとっとと楽園に入りこんだほうが効率的である。

「ウヤミリック元気か? 麝香牛いないか?」

 私はいちいち立ち止まって犬に声をかけた。犬はいよいよ痩せこけ、橇を引く力も弱まり、気力も失われているようだった。

 私と犬は大きな谷を登っていった。月が欠けはじめたとはいえ、まだ世界は十分に月の慈光で満たされていた。そのため周辺の地形は容易に把握可能なように見えたが、谷をさかのぼっていくと意外と地形は複雑で、谷筋が細かく分岐しており、私はいつものようにルートがよく分からなくなった。

 半信半疑のまま月光に導かれるように小さな谷を登っていくと、その谷は野生動物の通り道になっているらしく、麝香牛と兎の足跡で埋め尽くされていた。凄まじい数の足跡だった。まさに楽園への入口だった。足跡の数に私は驚愕し、瞠目し、興奮し、まもなく訪れるかもしれない群れとの遭遇にぞくぞくしつつ、亀川・折笠コンビに託された一眼レフカメラをまわしてその模様を実況した。

 だが、いくらキョロキョロあたりを見回し、遠くの闇を凝視しながら歩いても麝香牛も兎もまったく姿を見せなかった。足跡はあるのに気配はない。ただスポンジのように軟雪に体力が吸収されていくばかりで、獲物が見つからないことに次第に焦燥がつのっていった。

 まもなく谷の源頭に到達した。源頭は丸石だらけの急な斜面がつづき、超人ハルクじゃないんだから、こんなところ橇を引いて登れるわけがないという状態だったが、そこを越えないと楽園への道は開けなかった。私は雄叫びをあげ、犬もゼーハー呼吸を荒げて痩せた身体に鞭を打って頑張った。私たちは強引に橇を引っ張りあげるようにして登り、ようやくのことで反対側の谷へと続く峠に達した。

■地球上の風景とは思えない美しすぎる谷間との遭遇。

 峠から少し下ると、足元に荘厳な光景が開けた。

 雪でぬりつぶされた広大な湿地帯の谷間が、闇夜の中、天空から照射される月の薄光により遠くまで白く発光して浮かびあがっていた。それは壮絶なまでに美しい、美しすぎる光景だった。あまりに幻想的かつ眩惑的な様子に私はしばし見とれた。あきらかに地球上の風景のレベルを超えており、私の目には地球外惑星がビジョン化しているようにしか見えなかった。つまりそこは木星であり、木星の衛星ガニメデであり、ケンタウルス座α星であり、太陽から離れすぎて全球凍結したSF映画によく出てくるような天体だった。この景色を見たとき、私は、私たちが知っている地球の裏側にあるもう一つの地球、太陽が常に存在する私たちの住むシステムの外側に人知れず存在してきた地球環境の別位相に入りこんだのを感じた。

 すなわち極夜の内院である。

 そしてその極夜の内院たる谷間こそ、私が麝香牛牧場=楽園じゃないかと考えていたエリアだった。その楽園谷は南東の方角にゆるやかにのびて闇の彼方へと消え、その先でセプテンバー湖につづいていた。

 私は肉体が消耗していたにもかかわらず、月光が現出するあまりに美しい光景に吸いこまれるように内院のさらに奥へ進むことにした。谷底まで下りると、軟雪の下に隠された丸い河原石に橇がはまるのは分かりきっていたので、左側の山の中腹に見つかった平坦なテラス帯をトラバースした。雪は柔らかく、橇は埋まり、まもなく疲れてきた。犬も痩せこけ、疲弊しており、まともに橇を引けなかった。疲れていたが、それでも獲物との遭遇を期待して私と犬は先へと進んだ。月の光が私たちの消耗した体をうふふと誘い、さらに奥に進むことを促した。私は月光を信じ、月の光に導かれ、谷間の奥へ、奥へと入りこんだ。月明かりに照らし出されることによって、風景が、ここからさらに先に行けば平坦で湿地的で麝香牛がたくさんいるよ、と確約しているように感じられた。

 しかし、先に進んでも風景は新たに展開するわけではなく、あの先に行けば……と思った場所に着いても、結局はこれまでと同じただの歩きづらい軟雪帯がつづいているだけだった。

■奥に来過ぎたかという不安にかられて。

 世界は美しかった。しかし進んでも進んでも同じだった。私は疲れてしまっていた。少し先で雪面がほじくり返されて散々に荒らされた餌場に出た。足跡も大量にあった。予想した通り、この湿地帯の周辺を麝香牛が大量に行き来しているのは明らかだったが、姿だけは見えなかった。いくら移動しても全然獲物が見つからないので、寝ている最中に麝香牛の群れが現われることを期待し、その餌場で幕営することにした。

 テントの中で夕食をとり寝袋に入ってヘッデンの光を消した。

 寝袋のなかで身体の内側からこみ上げてくるぞわぞわとした寒気に震え、ああ、寒いと思った。寒気というよりそれは怖気のようだった。極地探検中に感じる寒さは死の恐怖と直結する。極地はスケールがでかい。人間界にもどるには何十日もかかる。その何十日の間に寒さと疲弊で身体が動かなくなるのではないかという不安が離れないからだ。

 まったく獲物が現われそうな気配がなく、肉体ばかりが消耗してきて、私はこの晩、極夜を恐ろしいと感じた。寒さや空腹ではなく、暗さそれ自体が恐ろしかった。そんなことを感じたのは初めてだった。こんな暗い中、あまりに奥へ入りすぎてしまったのではないかと不安になった。

 それでも月は慈愛と抑圧をまぜあわせた光を放ち、太母のように闇に君臨していた。

(角幡 唯介)

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