相模原殺傷 事件10日前、植松聖被告が「最後の友人」につぶやいたこと

相模原殺傷 事件10日前、植松聖被告が「最後の友人」につぶやいたこと

植松聖被告

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者ら45人殺傷した事件で、殺人罪などに問われた元職員・植松聖被告(29)の裁判員裁判の初公判が1月8日、横浜地裁で行われた。

 公判で「みなさまに深くおわびいたします」と口にした植松被告は、突然顔に手を当て、うめき声を上げて激しく暴れ出し、床に倒れた状態で刑務官に取り押さえられたという――。

 事件を起こすわずか10日前、ネット上で“対話”したという人物に話を聞いた「週刊文春」2016年8月11・18日号の記事を公開する。なお、記事中の年齢や日付、肩書き等は掲載時のまま。

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「第三次世界大戦が始まっている。このままでは日本が滅びる。日本を助けなければいけない! 世界を救わなければいけない!」

 2016年7月26日未明に神奈川県相模原市の障害者施設で19人を殺害した元職員・植松聖(26)。犯行前に彼はまるで新興宗教の教祖のような口ぶりでネット配信を行っていた。

 植松の“異常行動”に気付いていた小中学校時代の同級生が呆れたようにいう。

「去年の暮れ頃、サトシくんが『これどう思う』と言って、写メを見せてきたんです。ロリっぽい子の顔写真で『こいつ、ブスだから全身整形させてAVに売り込もうと思ってるんだけどツテない?』って。最後に会ったのは今年春。脱法ハーブで完全におかしくなった感じで、口を開けばフリーメーソンや障害者の話ばかり。それから地元では仲間はずれになっていたんです」

■動画配信サイトで自説を書き込み

 障害者施設を退職したのは、今年2月19日。その頃、植松が“救済”を求めたのがネット社会だった。動画配信サイト「アフリカTV」で「ドレの深夜食堂」を運営する人気配信者のドレ氏が証言する。

「今年3月頃、『障害者の遺伝子は後世に残してはいけないから安楽死をさせたほうがいい』とコメントする新参者のリスナーが現れたのです。アカウント名は『ピース』。それが植松でした。ある女性が『私は介護職だったので、そういう発言をされると悲しい。発言を撤回して謝ってほしい』と反論しましたが、それに対して彼はコメントで応戦。『自分自身のことを分かっていない重度の知的障害者は国が安楽死をさせるべき』というのです。議論は平行線のままで、結局彼が謝ることはなかった」

 ドレ氏が「ピース」の姿を初めて目にしたのは、2週間後のことである。

「仲間と一緒に彼の配信ページを覗いてみたのです。画面に映し出された彼は髪を短く整え、身なりには清潔感があり、まるで公務員のようでした。私が『なぜピースという名前なのに過激なことを言うの』と尋ねたところ、彼は『自分が目指している世界が実現すれば世の中はピースだから』と答えたのです」(同前)

■事件10日前に植松が「最後の友人」に呟いたこと

 植松が口にしたのは、ネット上で散々議論が尽くされた陰謀論の数々だった。

「少しおだてると彼は調子に乗り始め、『凄いことを教えてやろう。実は、9・11はアメリカ政府とユダヤが組んだ自作自演なんだよ』と。ところが、私たちがネットであらかじめ仕入れた陰謀論の情報を彼に披露したところ、急に『なんでそんなことも知っているんだよ。あなたたちはいったい何者なんだ』と怖がり始めたのです。傍若無人な凶暴さは全くなく、気が弱そうな“ネット弁慶”の若者という印象を受けました。その日は『どうやったら今後配信で人気が出るのか。自分はみんなの意見を聞きたいのに誰も話してくれない。でも、あなたたちと話せて楽しかった』と喜んでいました」(同前)

 ドレ氏が最後に植松と“対話”したのは、事件の10日前のこと。

「私が『また一緒に討論しようよ』と誘ったところ、彼は『いいですよ。でも、当分どっかに行くんですぐには無理です』と意味深なことを呟いていた」(同前)

 ネットの魔窟に迷い込み、誰も望んでいない“使命”を全うした植松。27日早朝に検察へ送検されると、護送車の中から充足感に満ちた瞳で報道陣のカメラを覗き込んでいた。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2016年8月11日・18日号)

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