ゴーン逮捕・逃亡 「失敗は絶対許されない」伝説の特捜検事が教える、捜査の3つのポイント

ゴーン逮捕・逃亡 「失敗は絶対許されない」伝説の特捜検事が教える、捜査の3つのポイント

日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏は先日、記者会見に臨んだ ©Getty Images

 2019年12月末、日本の司法の歴史で前代未聞の不祥事が起きた。保釈中のカルロス・ゴーン日産自動車前会長が密出国によりレバノンに逃亡した。

 海外では長期勾留など日本の司法システムに対する批判的な報道が続き、検察がこれまでとは異なる対応に追われている。元東京地検特捜部長・熊崎勝彦氏とNHK時代に司法キャップなどを務めたジャーナリスト・鎌田靖氏が論じた『 伝説の特捜検事が語る-平成重大事件の深層 』(中公新書ラクレ)から、捜査と保釈への分析を紹介する。

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■カリスマ経営者の裏の顔

鎌田 2018年11月19日、日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反の疑いで電撃的な形で逮捕されます。2010年以降の世界の自動車市場の約10%のシェアを持つパートナーシップ提携「ルノー・日産・三菱アライアンス」の社長兼CEOを務める経営者の逮捕のニュースは、衝撃をもって世界に報じられます。

 逮捕の容疑は、有価証券報告書に役員報酬額を過少に記載していた金融商品取引法違反(1、2回目)です。そして、 18億円余りの私的な為替取引の評価損を日産に付け替えていたこと(3回目)、追加担保に協力してくれたサウジアラビア人の会社に日産の資金16億円余りを不正に支出させたこと(追起訴)、中東・オマーンの販売代理店側に支出された日産の資金を不正に流用したこと(4回目)、いずれも特別背任罪に問われています。

 ゴーン氏をめぐる事件は、大阪地検特捜部の証拠改竄事件以降、検察がずっと眠っていたような状況の中で、久々に社会に衝撃を与えた事件だったと認識しています。赤字体質の日産をV字回復させたカリスマの驚くべき裏の顔が、お茶の間を賑わせたわけですから。

 もちろん事件の全容解明は裁判で明らかになるはずですが、そこに捜査のメスを入れたということについては、熊崎さんは評価されますか?

熊崎 結果や内容は裁判を待たねばなりませんが、現時点では捜査は大いに評価しています。

鎌田 会社を私物化しているという構図は、有価証券報告書での報酬の虚偽記載だけでなくて、「サウジルート」「オマーンルート」の二つの特別背任事件、つまり海外の「お友達」を使って、自分の投資で生じた損を、言ってみれば日産に補填させたという形ですよね。

 自分の窮地を救ってくれたお礼として、海外の友人に多額の日産資金が送金されていたということです。構図としては、きわめて悪質な犯罪に見えますが。?

■「サウジルート」「オマーンルート」2つの特別背任事件

熊崎 事実であれば、これは許されない犯罪ですよ。

 1、2回目の逮捕容疑は、金融商品取引法違反でした。これは形式犯だという批判もありましたが、仮に形式犯だとしても、最近の市場重視の社会環境からすれば、金商法違反は非常に重い犯罪だという考え方も当然あります。

 この一連の事件は、「サウジルート」「オマーンルート」という2件の特別背任事件にたどり着いたことが捜査のポイントです。それが事実だとすれば、手法、手口が巧妙な実質犯罪になりますね。

 しかし、「サウジルート」「オマーンルート」におけるお金の流れの解明は、海外が舞台であり、かなりハードルが高かったと考えられる。日産の資金が最後にゴーン氏側に流れているかの立証も大きなポイントです。

 背任罪というのは、例えば、相手の会社が潰れる手前で回収が懸念されるような厳しい状況にもかかわらず、融資を続けたことで会社に損失を与えるといった事件です。窃盗とか横領のような比較的見えやすい犯罪に比べると、一見、正常業務のように見えるので、外部からは非常に見えにくく、その意味でも複雑です。しかも、任務違反、図利(利益を図ること)、加害の目的、損害の発生など構成要件の要素が多い。立証に非常に手間取る犯罪なのです。

■「司法取引」という大きな武器

鎌田 ただこの事件は、日産側との司法取引によって着手されています。司法取引は、他人の犯罪について関与した人間が、捜査に協力する代わりに、刑事処分を軽減される制度です。もちろん熊崎さんは、司法取引があったからできたというふうに見ていますでしょう?

熊崎 司法取引がなかったら、つまり単なる情報提供ぐらいでは、立証上かなり難しい面があったのではないか。

 過去にも捜査側が動いて、関係者と接触して情報を得ることはありました。僕も関係者と接触して、情報提供を受けたことはあります。

 また、一つの事件で押さえた証拠物や取調べによる供述から、隠されていた別の大きな犯罪情報をキャッチすることもあります。例えば、金丸信元自民党副総裁の巨額脱税事件からゼネコン汚職事件に発展し、野村証券よる総会屋への利益供与事件から第一勧業銀行の利益供与事件へ、そして大蔵省汚職事件にまで発展していくということがそうでした。「よい端緒を得れば、捜査は半分成功」という言い方があるが、スジのよい犯罪の端緒を得る能力のある検事が特捜部には求められました。当時は司法取引という制度はまったくありませんでしたから、今回の事件は隔世の感があります。

鎌田 司法取引は、ものすごい端緒になりますよね。

熊崎 はい。当時、「もし司法取引制度があれば、もっとできるのに」と感じたこともありますよ。日本の刑事訴訟法、刑事手続きの適正さは、アメリカと違って厳格で雁字搦(がんじがら)めだなと感じましたね。また、取調べなどで利益誘導をやれば、虚偽の供述につながる恐れもある。決してやってはいけないし、やらなかったですね。

鎌田 例えば、リクルート事件裁判の法廷で、創業者の江副浩正さんを調べるときに、これを認めてくれたら、勾留を短くするからといったことがあったと表に出たことがありました。もちろん取調官は否定するのですが、そういう調べ方はフェアではないというふうに弁護側は攻める。

熊崎 厳格な精密司法の中で、どうやって取調べ能力を磨いていくか、いかに相手に真相を話してもらうか、いかに証拠物を収集するかということに苦労しましたね。だから司法取引に頼ることが、検事の取調べに対する気構えや取調べ能力を磨くことに影響が及んでしまうのではないかと、内心気にかかるところはありますね。事件は、取調べによる供述でしかわからないことも多い。

 司法取引は捜査にとっては大きな武器であることは間違いない。今後、定着して効果を発揮するものと考えます。ただ運用を誤ると、とんでもない刑事司法の世界になることもあり得る。取引の合意をすべきかどうかについては、検察は十分吟味して、慎重に対応しなければいけない。加えて、取引によって得られた供述に虚偽がないか十分に留意して分析し、十分に裏付けを取ることに奔走しないといけません。

鎌田 日本の検察、司法の特徴は、精密司法です。供述の裏付けをとること、証拠の分析が重要であることは変わりありませんね。

熊崎 厳格、厳密な立証を求められ、この精密司法を実践した検察が日本の刑事司法の中核を支えてきたという歴史があります。100%近い有罪率は、精密司法によるところが大きい。

■捜査の3つのポイント

鎌田 ゴーン氏の事件捜査のポイントをどう見ていますか?

熊崎 一つ目は、逮捕以前から日産が内部調査を始めていて、その中で検察に情報が持ち込まれ、そして司法取引もおこなわれたことです。早い段階で検察も内偵を始め、着手までに時間をかけて裏付けを含む証拠を収集していますから、ゴーン氏を自白させないとわからないことは、あまりなかったのではないか。とりわけゴーン氏という世界的に著名な経営者の刑事責任を追及した以上、その影響の大きさを考えれば、検察に失敗は絶対許されない。検察は予断を排除した厳正、公平な捜査を貫いているはずです。

 二つ目は、ゴーン氏を在宅起訴にするのではなく、逮捕したことです。身柄拘束したのは、証拠隠滅や不出頭、逃亡を防いで、広範に証拠を固めて本格捜査をおこなうためだったのでしょう。逮捕、勾留自体は的確な対応であったと思う。

 三つ目は、国際性を帯びている点が、特捜部がこれまで扱ってきた事件史を見ても、異質だと言えます。僕らは公権力の悪や大企業の特殊犯罪に対峙してきましたが、あくまで舞台は国内でした。この事件の舞台は日本からサウジアラビアやオマーンにまたがっていて、ゴーン氏は外国の方。検察は主として外国にまたがるお金の流れの解明に注力しているはずです。捜査でしっかりお金の流れが解明できたかどうか、弁護側も裁判で争ってくるのではないでしょうか。

■ゴーン氏の保釈はなぜあれほどまでに早かったのか

鎌田 逮捕から年が明けた2019年3月と4月に裁判所が保釈を認めました。保釈のスピードはいかがですか?

熊崎 僕らの時代だと、こんなに早くには認めなかったでしょうね。

 ただあの状況下で、そのタイミングでたぶんゴーン氏は保釈になるだろうと思ってはいました。ゴーン氏夫妻は資金の流れ等に関連があると指摘されていたが、生活の中で夫婦が接触するのに、裁判所の許可を得なければならないのかと疑問も寄せられていた。

 細かい保釈条件は、比較的早期の保釈との関係で、ゴーン氏に対する証拠隠滅を防ぐための措置です。保釈条件とされた、住居の出入り口への監視カメラ設置やインターネットの接続禁止などは、弁護側が保釈を取るための裁判所説得の「新案」だったようです。実際に証拠隠滅とかを防ぐ実効性があるのか、他方において保釈しながらあんなに監視していいのかという問題は残りましたね。

鎌田 この事件は、日本の司法制度において長期勾留の問題があるとか、司法取引制度、フランスとの国家関係などについて、これまで経験したことのない異質な指摘や批判が出ました。検察は適正な捜査を貫いているはずですが、司法取引の裏側、勾留や釈放の経緯についても公判で明らかになるでしょう。

熊崎勝彦
1942年岐阜県生まれ。熊崎勝彦綜合法律事務所所長弁護士。72年に検事任官(24期)。96年東京地方検察庁特捜部長、2004年最高検察庁公安部長等を歴任し、同年に退官、弁護士に。東京地検特捜部勤務が長く、在籍時には政官財界を巻き込んだ贈収賄事件、金丸信元自民党副総裁の巨額脱税、大手銀行・証券会社による総会屋への利益供与、大蔵省汚職などの特殊重大事件を手がけた。退官後は、日本プロ野球コミッショナー・同顧問を歴任した他、大学客員教授・企業社外役員・不祥事を起こした企業の調査委員長を務める。テレビ解説員としても活躍。13年瑞宝重光章受章。19年WBSC(世界野球ソフトボール連盟)から名誉勲章を受章。

鎌田靖
1957年福岡県生まれ。ジャーナリスト。元NHK解説副委員長。NHK「週刊こどもニュース」で池上彰の後任として、2代目お父さん役を務めた。報道局社会部、司法キャップ、NHKスペシャル「シリーズ東日本大震災」「追跡!A to Z」キャスターなどを歴任。2017年退局後、テレビ東京「未来世紀ジパング」ナビゲーター等を務める。現在TBS「ひるおび!」コメンテーターとして活躍中。

(熊崎 勝彦,鎌田 靖)

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