日本一選挙に強い男・中村喜四郎70歳が日々欠かさない「すさまじい努力」とは

日本一選挙に強い男・中村喜四郎70歳が日々欠かさない「すさまじい努力」とは

常井健一著『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(文藝春秋)

 その男・中村喜四郎は多くの呼び名を持っていた。「田中角栄最後の愛弟子」「戦後生まれ初の閣僚」「建設族のプリンス」。華々しい経歴の持ち主だった中村は、やがてゼネコン汚職で1994年に逮捕され、「刑事被告人」となる。ところが、自民党を離党して無所属となり、さらには有罪判決を受けても選挙で負けたことはなかった。

 初当選から現在まで14戦無敗。「最強の無所属」「無敗の男」「日本一選挙に強い男」とも呼ばれる。

 一方、中村は極度の「マスコミ嫌い」としても知られている。選挙事務所からもマスコミを閉め出し、取材に応じることは一切なかった。さらに逮捕以降、国会で発言したことは一度しかない。

 そんな「沈黙の政治家」中村が25年の雌伏のときを経て、ついにすべてを語ったのがノンフィクションライター・常井健一氏による骨太なノンフィクション『 無敗の男 中村喜四郎 全告白 』(文藝春秋)だ。昨年12月16日に発売されて以来、1か月にわたり、アマゾンでは「政治家」カテゴリーでトップを維持し、二度も増刷を重ねている。

 同書の中から、「選挙の鬼」としてのエピソードを一部抜粋して紹介する。

◆ ◆ ◆

■1日12時間オートバイに乗って「まだまだまだ」

 中村喜四郎が日々磨き上げ、彼の行動力を支えている「二つの力」がある。体力、そして言葉の力である。

 まずは体力について訊ねた。

 中村は「オートバイに乗れなくなったらおしまいだと思っているんですよ」と言う。

「私のことを面白おかしく『日本で一番選挙に強い男』と呼ぶ人たちがいるけど、70歳を超えて、1日12時間、オートバイに乗れますか。当選14回になっても選挙期間の12日間、乗り続けられますか。選挙はそのくらい厳しいもんですよ。恥も何でもあるもんじゃない。セクハラやパワハラで選挙に落っこちる時代に、実刑食らった人間が国会議員で居続けられるはずがないでしょうよ。手品を使ったって当選できないのに、選挙がうまいとか冗談言わせるなよと思います。こんどは落ちる、次は落ちると思ってヨレヨレになってやっているんだよ。

 老体に鞭を打って、なりふり構わずできるか。もう年だ、できないと言い出したら無所属で戦えませんよ」

――すごい迫力ですね。

「まだまだまだ」

 古希を半年後に控えた秋の日、例の会員制サロンで再び会った時、中村の口から出た言葉だ。

■倒れても起き上がる68歳

 私はその夜、元田中角栄秘書の朝賀昭を誘って同席してもらった。案の定、中村は田中事務所の先輩を前に青年のような顔になった。田中が愛したオールドパーのハイボールを何杯も飲み干し、語りのボルテージを上げていた。

「もうヨタヨタなんですよ。年取ってオートバイに乗って何が大変かというと眠くなるんですよ。風切って走るから眠くならないと思ったらとんでもない。1日に20か所も回って精一杯の演説をやる。27歳からやってきた同じ数を70歳になってもこなして、夜は個人演説会で1000人以上、全員に握手して2時間叫ぶ。それを毎日やるのは、体力的に不可能。それでもやらなくちゃいけない」

 68歳6か月で迎えた14期目に挑む2017年の衆院選では、初日に倒れた。ただし、人前ではなかった。中村は選挙期間中、朝8時から約30か所でマイクを握った後、16時頃にいったん切り上げて自宅に戻る。シャワーで汗を流し、ポスターと同じ「昭和の二枚目」と同じ格好に整えてから、毎晩19時に始まる屋内での個人演説会に臨む。そこに出向く前、自宅に立ち寄った時に意識が朦朧としてきたようだ。

 家族やスタッフたちが心配そうに見守る中、目をつぶっていた中村は何やら演説を唱えるように口元だけがパクパクと動いていた。いよいよ出発の時間に差し掛かり、周囲の誰もがすべてを諦めた瞬間、中村はスッと起き上がった。そして何もなかったかのように、「中村喜四郎」の顔をして数百人が集まるホールで2時間以上もぶっ続けで熱弁を振るったのである。

「喜友会の人たちは、雨でも雪でも中村喜四郎は必ずやってくると信じているから。『やっぱりカッパ着て来た!』と言いながら大喜び。『ガンバレー』と叫んでくれる。ヘルメットをかぶって赤いジャンパーを着て来るのが『中村喜四郎』だから、雨だからと言って車に乗っかって来たら、みんながっかりしちゃう。家の外まで出て手を振る意味はない、となっちゃう」

■「オートバイサーカス」という演出

 選挙期間中に行われるオートバイの街頭遊説は、地元の人たちにとって中村喜四郎の代名詞のようなものだ。そこにも中村が選挙の現場で培ってきた試行錯誤の結果が凝縮されている。中村は「オートバイサーカス」と称し、「企業秘密」を惜しみなく明かしてくれた。

「あれは、ただオートバイを乗っているわけではないんです。見ている人、聞いている人に興奮してもらう。そのためには一生懸命に乗る。ブーンと轟音を立ててやってきて、急にキュッと急ブレーキで止まる。カ、カ、カ、カ、カと一人ひとりに握手して、『頼むよ』と言って、ブルン、ブルンと煙を吹かせて次の遊説先に旅立って行く。一種のオートバイサーカスなんですよ。それが楽しみでみなさんが集まってくるわけだから。

 親の選挙もバイクでやってたから、当時から『ただ乗っているだけじゃダメだ』と気づいて、見ている人にハラハラしてもらえるように演出することを心がけた。『バイクの曲芸だ』と言ってくれる人もいますよ」

――そんなに奥深いモノとは思っていませんでした(笑)。

「奥深いかはわからないけど、ちゃんと考えてやっているんですよ。

 中選挙区時代は今よりも選挙区が広かったから、街頭演説の会場に予定より1時間も遅れて行くことになるわけですよ。そうすると、みんな怒っている。『オレたちをこんなに待たせやがって』と。そこにもブーン、キュッ、カ、カ、カ、カ、ブルン、ブルンと一通りやって、去っていく。『あんなに頑張っているんだったらしょうがねえべよ』となる。怒っていた人も納得して帰る」

■「オートバイ乗り」になり切って

――乗っているのは、ホンダのスーパーカブですか。

「カブじゃないよ」

――え?

「カブじゃ、オートバイサーカスにならない」

――どういう意味ですか?

「カブはノークラッチでしょ。アクセルを踏んだだけでスーっと行っちゃうじゃないですか。それがクラッチレバーがあるバイクだと、クラッチを握っている間はアクセルを踏んでも出ていかないでしょ。ブルン、ブルンと空吹かしできるわけですよ。つまり、オートバイに乗って遊説する時は静かに乗っていてはダメなんですよ、静かでは。音が人を興奮させるわけだから、うるさくないと意味がない」

――そこまで計算しているんですか。

「私の真似をして、スクーターに乗ったり、カブに乗ったりしながら遊説している人がいるけど、誠に滑稽なわけです。スーとやってきて、トコトコ。スーと消えても、何の感動も生まない。私に言わせれば、『何やっているんだ、お前さん』という感じ。あれじゃ、自転車を使うのと変わりませんよ。

 政治家がバイクに乗っているんじゃない。『オートバイ乗り』になり切るんです。ユニフォームもちゃんとプロのお店に行って、本物のレーサーが実際に着ている、赤くて艶やかなデザインのものを選んで買ってくるんですよ。視覚からも若さと躍動感を演出する。見栄えのする格好をする。

 ヘルメットも工夫する。私は人よりも頭がデカいんで、普通のヘルメットが似合わないんですよ。いかつい感じになって、見た目も悪い。何かないかと思って探して、野球用のヘルメットを改造したもの。そこに名前を書くとかっこいいなと思って、『NAKAMURA』と、アーチを描くようなデザインで書いてもらった」

■「ホンダの『ベンリィCD50』しかないんですよ」

――では、肝心のバイクはどんな車種を選んでいるんですか。

「それはねえ、選挙では50ccの原動機付自転車しか乗れないわけですよ。街宣に使える自動車は(無所属候補は)1台までだから、125ccや250ccでは(「1台」にカウントされて選挙カーと併用すると)違反になっちゃう。50ccでクラッチがあるものを探すとホンダの『ベンリィCD50』(2007年に生産終了)しかないんですよ。もう売っていないモデルですよ。2台持っていて、大切に手入れしている。選挙中は、毎晩点検に出して手入れしてもらっている」

 選挙期間中、中村の選挙カーに張り付く白いハイエースワゴンには様々な必需品が積まれている。荷台には、中村が乗るバイクが故障した時のために2台目のベンリィが用意されているのだ。

■「遊説隊の備品リスト」22項目

 私が入手した遊説隊の備品リストがある。22の項目の中には「龍角散」や「うがい薬」、「のど飴」などバイク以外の必需品が書かれている。選挙中、12時間もぶっ続けで田園地帯を走り回っては有権者たちと触れ合う。ある地点で数十分の辻説法を終え、沿道に人が出てこない大通りを走っているわずかな暇だけが、人と言葉を交わさないで済む瞬間だ。中村はそのタイミングを見計らって口に飴をぶち込む。そうでもしなければ、声は持たないらしい。

 バイクにまたがり、座りっぱなしの毎日なのでお尻の皮も剥けてくる。座席のクッションは当選を重ねた数だけ改良を続けてきたそうだ。その詳細を本人に聞き込もうとしたが、「いろんなクッションを組み合わせている」と話す以外は多くを明かそうとしなかった。

■スタッフがハンドルに装着したヒーターもオフに

 中村を支えるスタッフたちの間で語り継がれている、こんな逸話もある。

 中村はバイクで走っている間、どんなに寒かろうと右手には手袋をしない。外に出てきた有権者を見つけるなり、バイクを停めて握手に応じられるよう、いつでもスタンバイしているからだ。

 真冬に選挙が行われた際、スタッフたちが気を利かせてバイクのハンドルにヒーターを装着したことがあった。寒い朝、遊説に出た中村はほどなくしてそのスイッチを切った。

「これではダメだ」

 いつものように、そこかしこでおばあちゃんたちが握手を求めてくる。彼女たちの手はヒーターで温められた自分のそれよりも冷たい。これでは「必死さ」が伝わらない――。

 中村は迷わず、バイクから装置を外した。

「こちらのコンディションが悪ければ悪いほど、有権者には思いが伝わる」

 中村は自分にそう言い聞かせるように周囲に諭した。

――いくらコンディションが悪くても満面の笑みでバイクに乗り続けなければならないんですね。

「元気を装うんですよ。『中村さん、いくつなんだい?』と聞かれて、答えると『若いねえ』と驚かれる。本当はヨレヨレなんだけど。『中村はオートバイが好きだから乗っている』と言っている人を見つけたら、蹴飛ばしたくなりますよ。楽しく乗っていられるのはせいぜい2日目まで。3日目以降は、もう見たくもない。そういう思いですよ」

――遊説隊の備品リストには「リポビタンD」も書かれていました。

「私は飲まない。疲れてくると体力を失うでしょう。リポビタンDを飲みたくなる。飲んじゃうと夜眠れなくなる。興奮して夜中に目が覚める。疲れが取れない。だから、リポビタンDを1本も飲まないでやる。だけど、眠くなる。眠くなって倒れる可能性がある。体力の極限まで行く。そういう状態でバイクに乗っているんです。『日本一選挙に強い』と言われるけど、こっちは命がけなんだ」

■骨を握られるような感触だった「握手」

 私は興味の向くまま、中村に握手を求めてみた。「握手にすべてを込める」とも強調するからだ。右手を差し出すと、中村はわざと歯を食いしばる素振りを見せながら、両手で握りしめてきた。その間、1秒にも満たない。「ギュー」というより「グッ」の一瞬。彼の選挙を10年以上も観察してきたライターの畠山理仁はネット上の記事で「グググッ」と表現していたが、なるほど、手というよりも、骨を握られるような感触だ。中村が手を離した後も、私の手の甲にはじわじわと余韻が残った。

 そんなことをしていると、テーブルに人数分の鰻重が運ばれてきた。育ち盛りの若者のようにウインナーやポテトフライを頼む中村のペースに合わせていると、さすがの大食漢の私でも限界に達した。

 中村はご飯を飲み込むと、大きくため息を吐き出すように言った。

「この作り上げたイメージを守り抜くためにはね、すさまじい努力をしていますよ。政治とは格闘技だから、悠長な気持ちでやっていたら大変なことになる。ちょっとしたことで油断したら丸裸にされてしまう」

 中村が言う「すさまじい努力」とは何か――。

 私は無性に気になった。

 本人に問うと「まあ、いろいろやっていますよ」とだけ答え、煙に巻かれた。その後も会うたびに聞き出そうと試みた。

 どうやら東京にいる平日はほぼ毎日、スポーツジムに通っているようだ。そこでランニングマシンに乗り、時にはエアロバイクにまたがり、ひたすら足腰を動かす。誰とも話さず、音楽も聴かずに、じっと前を向く。多い時には2〜3時間コース。徹底的にじっとり汗を流す。モニターに表示された「歩行距離」や「消費カロリー」はその場でメモを取り、帰宅後に電卓を叩いて月間の平均値などを割り出すという。

「自分の心が乱れているか、乱れていないかがわかる。今月もこれだけできたと自信にもなる」

 中村の「千日回峰行」は続く。

■息子が明かした「ジム通い」という戦い

 息子のハヤトに話を聞いた際、父が多くを語ろうとしない「極秘トレーニング」について補足してくれた。

「裁判をしている時期は『中村さん、ここでこんなことをやっている場合なんですか』と憎まれ口を叩かれることもあったようですが、本人はジムに『戦い』に行っているんです。趣味じゃなくて、自分で決めたことを実行できるかどうかを毎日試している。良かった、今日もできたと、そうやって一日をリセットしている。逆に、一日でも休んだらできなくなる。モチベーションも萎えてしまう。それが怖いから続ける。

 土日の街頭活動だって、普通の人があんなことできるかと言ったら、できないじゃないですか。だから続ける。続けることで人間的にも信用してもらえる。中村喜四郎というのは、何でもかんでもテクニックではなく、生き方に移してこだわっている姿を戦略化しているんです」

(常井 健一)

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