“超多忙”将棋連盟会長・佐藤康光九段が「それでもファンとの指導対局に時間を割く理由」

“超多忙”将棋連盟会長・佐藤康光九段が「それでもファンとの指導対局に時間を割く理由」

将棋棋士の先崎学九段、囲碁棋士の穂坂繭三段の夫妻が運営する「囲碁・将棋スペース 棋樂」で指導対局を行う佐藤康光九段

 佐藤康光九段が日本将棋連盟会長に就任してから、2月で3年になる。会長職とプレイヤーを両立するのは難しく、研究会の時間を減らしているそうだ。竜王戦で1組、順位戦でA級の最高クラスをキープし、各棋戦での本戦進出。第一線で戦えているのは、佐藤九段の地力と独自路線の戦法で戦うスタイルがあってのことだろう。

 多忙な日々を送っているが、意外なことに佐藤九段はアマチュアとのイベントにも積極的に顔を出している。指し初め式の前日、佐藤九段の指導対局を取材した。

◆◆◆

■「将棋&囲碁&麻雀」を同時に行う芸

 東京・西荻窪の「囲碁・将棋スペース 棋樂」。1月5日、佐藤康光九段は先崎学九段、貞升南女流初段と指導対局を行った。

「囲碁・将棋スペース 棋樂」は、将棋棋士の先崎学九段、囲碁棋士の穂坂繭三段の夫妻が運営している。棋士との距離が近いアットホームな雰囲気で、レッスンだけでなく、ゲストを呼んで様々なイベントを行うのが特徴だ。指導対局やサイン会、棋士同士の対局、トークショーとバラエティに富んでいる。先崎九段が将棋、囲碁、麻雀を同時に行う芸を披露したこともあった。

黒沢くんとの20秒将棋麻雀に囲碁も私と打つという、、あり得ない3面打ち??そのうち村中七段のyou tubeチャンネルで詳しくご覧頂けます? pic.twitter.com/DEnT3uWD6H

? 囲碁将棋スペース・棋樂 (@gmf1tn) December 16, 2019

「同時にやるのは将棋×麻雀、将棋×将棋、将棋×囲碁もやったことがありますが、将棋だけのときがいちばんきついですね。いい手を指そうと考えてしまうから、頭を使うんですよ」(先崎九段)

将棋×麻雀、将棋×将棋、将棋×囲碁の10秒対決??将棋×将棋が一番キツかった?先崎 pic.twitter.com/UFV3fDm9yo

? 囲碁将棋スペース・棋樂 (@gmf1tn) November 27, 2019

佐々木大地君と一手10秒の2面指し
気楽に始めたものの途中からお互い負けられないと恐ろしくムキになり1勝1敗?先崎 pic.twitter.com/tpZVfcMh7Q

? 囲碁将棋スペース・棋樂 (@gmf1tn) November 23, 2019

10秒・将棋麻雀、黒沢くんと楽しいひととき??(先崎) pic.twitter.com/huwdb2Igli

? 囲碁将棋スペース・棋樂 (@gmf1tn) November 13, 2019

 先崎九段が一味違うイベントをやるようになったのは、谷口由紀女流三段がきっかけだった。

「彼女と『おゆきとワイワイ』という酒を飲みながら話すイベントをやったら、面白かったんですよ。十数坪だからこそ盛り上がる、お客さんとの一体感があったんです。それから色々と考えるようになり、『聞き手はつらいよ』という女流棋士の聞き手をテーマにトークショーをやってみたら、すぐに席が埋まりました。参加できなくても、SNSでタイトルを見るだけで笑ってほしいんですよね。プロがアマチュアに楽しみ方を押し付けてもいけない。そこは長年の経験で、空間をデザインする感じです」(先崎九段)

 当日のイベントは『会長と指し初め』。指導対局、ゲーム大会、サイン会のプログラムで、午前と午後で2回行われた。

「お正月だから、今日は色々と盛り込みました。棋士の基本は盤を挟むことです。この空間は狭いですから、近くでプロの本気を見て欲しいと思っています」(先崎九段)


 記者が訪れたのは午後の部の中盤で、指導対局の真っ最中だった。すべてが「駒落ち」と呼ばれるハンデ戦で、プロの駒を少なくし、戦力をダウンさせて指す。アマチュア初段なら、プロ棋士が飛車と角を落とす「二枚落ち」が妥当だろう。

■「まずほめてあげなさいよ、もう理屈っぽいんだから」

 指導対局は棋士ひとりで同時に複数のアマチュアを相手にすることが多いが、今回の「ぐるぐる将棋」は複数の棋士がぐるぐると会場を歩き回り、目についたところからどんどん指し継いでいくスタイルだ。参加者は8人で、老若男女の将棋ファンは真剣な面持ち。「うーん」とため息が漏れ、顔を真っ赤にして考える。緊張をほぐすためか、先崎九段が「いや、今年見たなかでいちばんよい手だねぇ。今日しか将棋盤を見ていないけど(笑)」と話しかけていた。

 指導対局といっても、スパルタで教えられることはない。佐藤九段は飛車取りをうっかりしたファンに優しく指摘し、貞升女流初段は好調な指し回しを続けるアマチュアに「いやー、どうすればいいか分からないですね」とにこやかに笑っていた。

 同世代の佐藤九段と先崎九段の軽妙なやり取りも面白い。勝利を収めた女性が「木村(一基)王位には勝たせてもらえないんです」とぼやけば、「参考にならない受けをされそう(笑)」とひと言。また、ある男性が詰みを熟考のすえに発見した。投了した佐藤九段が「こうすれば勝ちが速かったですね」と感想戦を始めようとすると、先崎九段が「まずほめてあげなさいよ、その詰みを見つけたことに。もう、理屈っぽいんだから」と厳しく突っ込む。佐藤九段も思わず苦笑していた。

■研究会を減らしているのに、指導対局をするのはなぜ?

 指導対局の終了後、佐藤康光九段に話を聞いた。

――年末年始はどのように過ごされましたか。

佐藤 28日が将棋連盟の仕事納めで、それからゆっくりしました。いままでは1月2日に研究会で指し初めをしていたので、年が変わってものんびり過ごすイメージがあまりなかったんです。でも今年は三十何年ぶりかにやらず、休養させていただきました。

――昨日は群馬県高崎市の「上州将棋まつり」に出演されました。

佐藤 森内(俊之九段)さんとの席上対局は完敗でしたね。指導対局は3面指しを1回で、羽生(善治九段)さんと森内さんもやっていました。
先崎さんの会場は初めてで、10人ぐらいの規模で指導対局をやるのは珍しいです。「会長と指し初め」なので、初手と投了は私の役目でした(笑)。

――先崎九段は将棋、囲碁、麻雀の3面指しを披露したこともあるそうですよ。

佐藤 彼にとっては仕事みたいなものでしょう(笑)。

――2月で会長職4年目を迎えます。多忙で研究会を減らしているにもかかわらず、指導対局に時間を割かれるのはなぜでしょうか。

佐藤 休みの日になるべく受けるようにしています。ファンの方の声を聴くことが大事だと思っているからで、ヒントを得ることも多いです。今日来たのは、先崎さんも頑張っているので、協力できるところは協力したいですから。

■初心者は王手に気づくだけでも、強くなっている

――指導対局で心がけていることはありますか。

佐藤 まずはファンの方に実力を出し切ってもらいたいですね。トッププロは相手の力を発揮させない技術に長けていますが(笑)、それを見せてはいけないと思います。

――初心者が指導対局にデビューする目安を教えてください。

佐藤 駒の動かし方や反則など、ルールを覚えていただければ、プロがしっかり教えます。あとは、王手の意味が分かることですかね。王手に気づくだけでも、かなり強くなっているんですよ。飛車と角で遠くから王手されると、うっかりしやすいですから。

■「負けました」と言うのはやっぱり大変です

――プロの対局を観るのが好きな「観る将」ファンに聞いた話です。スマホで初心者用のコンピュータ相手に将棋をやると、王手をかけられたら教えてくれたり、駒の利きを表示する機能があるので指しやすいそうです。指導対局はそれがなくなるから、将棋をルール通りに指すだけでもハードルが高いといっていました。

佐藤 子ども大会を見ていても、王手放置と二歩の反則がけっこうありますからね。特に初級者の部だと、5局に1局はそれで勝負がつくイメージで、実際に詰まずに終わることもままあります。1手詰みが分かるのもかなりの実力なんですよ。アマ有段者でも実戦で3手詰めに気が付かないケースもありますし、羽生さんでも一手頓死したことがあるぐらいですから(笑)。

 将棋はルールを覚えてから、7〜8級までは難しい気がしますね。どうしても負けが込みますし、将棋は「負けました」といわないといけないゲームです。それが自分を律する意味では長所なんですけど、やはりいうのは大変ですし。

 自分なりの楽しみ方で続けて、強くなるきっかけをつかめれば、あとは自然と上達していくと思うんですよ。プロの将棋を見ているとイメージは自分なりに湧くと思うので、それにヒントを得られればいいかなと思うんですけど。

――最後に、今年は東京オリンピック・パラリンピックが開催され、佐藤九段は京都で聖火ランナーを務めます。

佐藤 最初で最後の経験で、しっかり準備して臨みたいですね。実はこの前、先輩棋士とその話をしていた時に「練習したほうがいい」とアドバイスを受けました。のんびり構えていたんですけど、試しに走ってみたらすぐに息が上がってしまったんです。もう年なんですね(笑)。普段、私は走ることがあまりないので、練習しないといけません。

◆◆◆

 最後はゲーム大会とサイン会が行われた。催し物のひとつが「黒ひげ危機一髪」。若手のとき、棋士同士で遊んだゲームだ。佐藤九段と参加者が交互に剣を樽に刺していく。午前中は全勝だった佐藤九段、残念ながら午後の部は負けが込み、黒ひげがポーンと跳ぶたびに体をビクッとさせて驚いていた。

 数字当てゲームのあとは、先崎九段から10の質問。最後の「今年の将棋界は明るい?」に、佐藤九段は堂々と○を挙げた。

(小島 渉)

関連記事(外部サイト)