大人になっても反抗期が続く「麻布高校」の神童――60年以上、東京大合格者ランキングで上位10校以内をキープ

大人になっても反抗期が続く「麻布高校」の神童――60年以上、東京大合格者ランキングで上位10校以内をキープ

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 政治家や官僚となれば、国家を支える、体制に従うことが職責のはずなのに、理不尽さを強いられたらとてもがまんできない。信念を曲げられたら許しがたい。

 これが麻布高校出身者の気質なのかもしれない。

 麻布は、東京大合格者高校別ランキングで、1954年から今日まで上位10校以内をキープしている唯一の学校である。それゆえ、政界、官界、学界に、神童をごっそり送り出してきた。 『神童は大人になってどうなったのか』 (太田出版)で考察した麻布神童たちは、「造反」感がムンムン漂っている。なかでも安倍首相に与したくないお歴々が多い。

 元文部科学省事務次官の前川喜平(1973年卒)。

 加計学園獣医学部認可では「内閣府の意向が働き、とても見過ごせない」「行政が歪められた」として、安倍政権を容赦なく批判した。さらに、「安倍首相は大げさな言葉で国民を幻惑する手法を多用します。『断固として』『決して逃げません』などと言葉は立派ですが、中身はない」(「サンデー毎日」2017年10月15日号)と、こき下ろしている。

 前川は官僚トップにのぼりつめるほど公僕に徹する一方、革命家を愛するという面従腹背ぶりを示した。

「文科省時代の私のノートパソコンの待ち受け画面は、チェ・ゲバラの肖像写真だった。(略)人間を解放するために戦い続けたゲバラの生き方は、この上なく魅力的だ」( 『これからの日本、これからの教育』 、ちくま新書)

■安倍首相に与したくない「麻布神童」たち

 経済産業省の官僚だった古賀茂明(1974年卒)は、2015年3月、テレビ朝日「報道ステーション」で「I am not ABE」と宣言する。官邸は「古賀は万死に値する」と怒ったが、それでも追及の手を緩めなかった。

「安倍さんの政治哲学とは、?み砕いて言えば、国民は『すごく怒っていても、時間が経てば忘れる』『ほかのテーマを与えれば気がそれる』『嘘でも断定口調で叫び続ければ信じてしまう』、つまり『国民は馬鹿である』ということです」(講談社BOOK倶楽部 古賀茂明スペシャルインタビュー、2017年5月10日)。

 東京大法学部教授の藤原帰一(1975年卒)は2015年の安保関連法案審議において、安倍首相の思想に危険な香りを感じ取ったようだ。自身のツイッターでこう呟く。

「私が安倍政権に抱く危惧は日本の植民地支配、日中戦争、そして第二次世界大戦に対するこの政権の考えです。その危惧が、私が新安保法制に抱く懸念とも結びついています。河野談話や村山談話を引き継ぐだけでなく、明確に日本政府の侵略責任を認め、そこから未来を語ってほしい」(2015年7月18日)

 城南信用金庫の元理事長、吉原毅(1973年卒)は、金融機関トップ(2011年当時)という立場ながら原発反対を鮮明に掲げていた。その理由をこう話す。

「もはや原発は反社会的存在だ。原発を造る金を貸せと言われたら、お断りする」「1回事故が発生したら、天文学的なコストがかかる。貸し倒れ引当金の積み立ての考え方を入れれば、とんでもない引き当てを積まなければならない。これは、不採算というのではないか。国家ぐるみの壮大な粉飾決算だ」(ロイターのインタビュー、2014年4月18日)?

■1970年代前半、麻布学園闘争が残したもの

 前川、古賀、藤原、吉原が麻布高校に通っていた1970年代前半、麻布学園闘争が起こっている。当時、同校の権力を握っていた山内一郎校長代行は「私に反対する生徒は100人でも200人でも退学させる」と宣言するが、それに怒った生徒は授業をボイコットして、教育機能はマヒし、教師からも「恐怖政治」と批判が出た。校長代行は校内に警察を何回も入れて造反する生徒を10人近く逮捕させるなど、ムチャクチャなことをしていた。やがて、校長代行は校内外から厳しい批判を受け辞任、のちに収賄で逮捕されてしまう。前川、古賀、藤原、吉原の4人は10代の多感な時期にこういう状況を目の当たりにして、権力の濫用を許せなかったのだろうか。

 麻布の造反DNAは元首相にも受け継がれていた。

 第91代首相の福田康夫(1955年卒)は安倍政権をこう非難する。

「各省庁の中堅以上の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破滅に近づいている」。内閣人事局について、「政治家が人事をやってはいけない。安倍内閣最大の失敗だ」(共同通信配信、2017年8月2日)

■反体制にまわるのが「麻布イズム」?

 自民党の閣僚経験者も安倍首相を好ましく思っていない。

 元経済財政政策相の与謝野馨(1957年卒)も安倍政権に厳しかった。「アベノミクスは名前だけは良い」「中身はですね、感心しないものが多い」。竹中平蔵などアベノミクス支持派を痛烈に批判した。「竹中さんたちは花見酒の経済で、一晩パッと楽しくやればいいっていう経済なの」(TBS「ニュースの巨人」2014年10月28日)。

 元経済産業相の平沼赳夫(1958年卒)は「大義名分なき解散 選挙に600億円以上使うのは国民に申し訳ない」(「インターネットTV 超人大陸」2014年11月17日号 )。

 与謝野、平沼は自民党を飛び出して新党を旗揚げしたことがある。反体制にまわるのは麻布らしいともいえる(平沼はのちに自民に復帰)。

■幸せとは言いがたい麻布OBの国会議員たち

 ところで、麻布OBの国会議員は幸せとは言いがたい。

 橋本龍太郎(1956年卒)は1年半で内閣総辞職。参議院選挙で惨敗したとき、「すべてひっくるめて責任は私にある」と言い残し、68歳で亡くなった。

 中川昭一(1972年卒)は財務相時代、会見で呂律が回らず酩酊しているような姿をさらけ出す。批判を受け大臣辞任、直後の選挙で落選。その後、急逝した。享年56。

 谷垣禎一(1963年卒)は総理を狙える位置にありながら、自転車転倒事故を機に引退を余儀なくされた。

 麻布官僚、麻布政治家を見ると、「権力の横暴を許せない。長いものには巻かれろという姿勢を好まない」という信念のようなものを感じてしまう。

 いま、麻布高校は式典などで国旗を掲揚しない。

 前校長の氷上信廣(1963年卒)がこう言ってはばからなかった。

「今の『卒業式における国旗国歌の遵守』は、ただの教育に対する統制手段としか見えないけれど」(「NEWS ポストセブン」2012年3月25日)

 なるほど、管理、統制が嫌いな学校と考えれば、麻布出身者に造反メンタリティが強いことは理解できる。

(敬称略)

(小林 哲夫)

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