「お父さんにぼう力を受けています」栗原心愛さん虐待死 “公的機関の大人たち”はなぜ父親に屈したのか《裁判前検証》

「お父さんにぼう力を受けています」栗原心愛さん虐待死 “公的機関の大人たち”はなぜ父親に屈したのか《裁判前検証》

千葉小4虐待死 栗原心愛さん

「心愛ちゃんの命を奪ったのは、公的機関に所属する大人への不信感だったと言っても過言ではないであろう。自分に寄り添い、父から自分を守ってくれる大人が見つからなかった悲劇である」

 千葉県野田市で昨年、虐待を受けて自宅の浴室で亡くなった栗原心愛(みあ)さん(当時10)の命日の1月24日を前に発表された同市の検証報告書は、こう結んだ。心愛さんは父親の栗原勇一郎被告(42)から凄惨な虐待を受け、母親(32)も一部の虐待に加担したとして、傷害幇助罪の有罪が確定している。

■110番通報で駆け付けるも、すでに死後硬直が始まり全身にあざ

 昨年1月24日深夜、千葉県警に勇一郎被告がかけた110番通報で事件は発覚した。「子供が動かなくなりました」。駆け付けた消防や警察が自宅の浴室で倒れている長女の心愛さんを発見。勇一郎被告は、救急隊に心愛さんが動かなくなったのは「さっき」と答えたが、すでに軽い死後硬直が始まっていた。小さな体には全身にあざがあり、虐待が強く疑われた。翌25日、勇一郎被告は傷害容疑で逮捕され(その後、傷害致死罪などで起訴)、母親も2月4日に逮捕された。

 心愛さんの遺体は司法解剖され、胸骨の骨折が見つかった。死因としては、飢餓や極度のストレス状態などから体内にエネルギーを送りにくくなる「ケトアシドーシス」や、不整脈、溺水の可能性が挙げられる。胃は空っぽで、数日間ほとんど食事をしていなかったことが分かる。

 警察が押収した勇一郎被告のスマートフォンからは、心愛さんを虐待する様子が映った動画が残されていた。勇一郎被告は心愛さんを日常的に虐待していたが、特に2018年の年末から19年の年始にかけて加速。心愛さんが死亡する直前の1月21日ごろから、インフルエンザで仕事を休んで自宅にいる時間が長くなり、さらに虐待は厳しくなった。暖房のない真冬の浴室で長時間、足踏みをさせたり、夜通し立たせたりした。死亡した24日には午後から浴室で、十分な食事や睡眠を与えられず衰弱した心愛さんに対し、「5秒以内に服を脱げ。5、4、3、2、1」と数え、脱げなかった心愛さんにボウルいっぱいの冷水を頭からかけていた。勇一郎被告は逮捕当初の取り調べに「しつけのつもりだった」と供述している。

■「お父さんにぼう力を受けています」

 心愛さんが虐待を受けていたことを「公的機関に所属する大人」が知ったのは、この時が初めてではない。死亡する約1年2カ月前の2017年11月6日、小学3年生だった心愛さんが、当時通っていた野田市立山崎小学校のいじめアンケートで訴えた。

「お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときにけられたりたたかれたりされています。先生、どうにかできませんか」

 これによって小学校は虐待を知り、アンケートの翌日には県柏児童相談所で一時保護した。上記の虐待のほか、勇一郎被告は、「なかなか息が止まらないな」と言いながら心愛さんの口と鼻をふさいだり、布や布団で顔を押し付けたりしていたことが分かった。家族で同年夏まで住んでいた沖縄県では、次女を妊娠中だった母親も暴力を受けていた。

 さらに心愛さんは、夜中に起こされ、ズボンを脱がされ、下着も一緒に脱げてしまったことがあったと児相の児童心理司に告白。心愛さんが「やめて」と言うと、「そんなこと言うとバレるだろう」と返されたという。精神科医は、心愛さんはPTSDの状態と診断した。一方、勇一郎被告は一時保護に納得がいかず、「虐待は心あたりがない」、「家族を壊す気か」と児相や野田市にクレームを入れ続けた。

■勇一郎被告に「恐怖を感じた」市教委の指導課長

 しかし、一時保護は約2カ月で終わってしまう。年の瀬が近づいた12月27日、心愛さんは自宅ではなく父方の祖父母宅で暮らし、勇一郎被告とは2人きりでは会わないことなどを条件に一時保護は解除された。だが父方の祖父母宅と自宅はさほど離れておらず、心愛さんはたびたび無断で自宅に帰っていた。

 年が明けた2018年1月12日、勇一郎被告は妻を連れて小学校へ向かった。心愛さんが虐待を訴えたアンケートの存在を何らかの方法で知り、「家族を引き離された者の気持ちが分からないのか」、「保護が解除されたのは暴力がないという証だろう」などと、現物を見せるよう学校を恫喝。心愛さんの同意がないことを理由にアンケート開示を拒否した学校に対し、自身がひな型を準備した「念書」を書かせた。15日には心愛さんに書かせた同意書を持参し、夫婦で野田市教育委員会を訪れた。あろうことか、市教委は勇一郎被告にアンケートを手渡してしまった。対応した市教委の指導課長は「威圧的な態度に恐怖を感じた」と振り返っている。

■児相職員に「お父さんに叩かれたというのは嘘です」

 心愛さんは2月にも父親に児相職員宛ての“手紙”を書かされている。「お父さんに叩かれたというのは嘘です。山崎小学校の〇〇先生に聞かれて思わず言ってしまいました。お父さん、お母さん、妹、(親族の呼び名)にたくさんの迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい。ずっと前から早く4人で暮らしたいと思っていました。この間のときにも言いました。お父さんに早く会いたいです。児童相談所の人にはもう会いたくないので来ないでください。会うと嫌な気分になるので、今日でやめてください。お願いします」。勇一郎被告が母親にLINEで文面を送り、心愛さんはそれを書き写した。

 2月26日に父方祖父母宅を訪れた児相職員にこの手紙を勇一郎被告が示した。勇一郎被告は「心愛を連れて帰る」と宣言。児相職員は「良いとは言えない」と積極的には制止せず、一時保護解除の条件であった「自宅ではなく、父方祖父母宅で暮らす」という条件は事実上、無効になった。

■同僚に“イクメン”ぶりをアピールしていた勇一郎被告

 小学4年になった9月、母親と買い物をしていた心愛さんは、「家に帰りたくない」とぐずった。父方親族に連絡し、しばらく祖父母宅に避難することになった。母親が12月25日に迎えにくるまで、勇一郎被告とは離れて暮らしていた。

 だが、自宅に戻った直後から虐待は加速。約1カ月後の2019年1月24日、心愛さんは命を落とした。

 報道された勇一郎被告の凄惨な虐待や「モンスターペアレント」ともいうべき行政や学校への威圧的な態度の一方で、被告が働いていた沖縄の観光プロモーションを行う財団法人の同僚は違和感を持った。勇一郎被告は同僚に「娘の学校行事に参加した」、「娘が朝、なかなか起きないんだよね」などと“イクメン”ぶりをアピールしていたからだ。実際、市の職員や学校関係者は、次女の検診にも何度も夫婦で参加したり、心愛さんの授業参観に出席したりして、育児に積極的に参加しているように見せる勇一郎被告の姿を見ている。

■児相職員は実務者会議を中座、有識者のインタビューも拒否

 事件では、千葉県が管轄する柏児童相談所と野田市の連携不足も露呈した。例えば、野田市の検証報告書によると、心愛さんの一時保護解除にあたって、児相が定めた条件の一つが「勇一郎被告と心愛さんを2人きりで会わせない」というものであったにもかかわらず、野田市には「2人を絶対に会わせてはいけない」と誤って伝わり、3カ月以上、間違いに気づかなかった。そもそも一時保護解除自体も、当日になってはじめて解除することを市に連絡があったという。

 事件後、県も野田市も「関係機関との連携を強化する」と繰り返したが、事件後初の要保護児童対策地域協議会の実務者会議で児相職員が中座したり、野田市側の検証のため、有識者が児相職員に再三インタビューを申し込んだが、県の報告書がすでに提出されていることを理由に拒否したりするなど、対立姿勢は続いているようだ。

 野田市が今年1月23日に公表した検証報告書では県の問題点として、「安全が確保されている状況ではないのにもかかわらず、一時保護を解除した」、「『叩かれたのは嘘』の手紙は書かされたものであると聞いたのに、行動を起こしていない」など37項目にわたって指摘した。

 千葉県が昨年11月に発表した検証報告書では、心愛さんが小学校のアンケートで虐待を訴えたことについてこう記している。

「児童本人がこうした訴えをすることは稀であり、勇気をもって訴えた本児は、何としても守られるべきだったし、救える命であった」

 勇一郎被告に対する裁判員裁判は2月21日から始まる。本来、我が子を「守るべき」だった父親の勇一郎被告がなぜ、心愛さんを虐待し、命を奪ったのか。裁判で全てを語ることが期待される。

(村田 珠里/週刊文春デジタル)

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