JR京浜東北線の“ナゾの終着駅”「大船」には何がある?――日本初のサンドイッチ駅弁とは

JR京浜東北線の“ナゾの終着駅”「大船」には何がある?――日本初のサンドイッチ駅弁とは

JR京浜東北線の終着駅「大船」には何がある?

 神奈川県に大船という駅がある。東海道線の駅のひとつだから聞いたことがある人も少なくないだろう。そして京浜東北線の南行に乗ろうとすると、「大船行」という行き先で現れることでもおなじみである。では、いったいどんな駅なのか。

 先日、大船駅に関して友人からあることを言われた。

■「大船って、大宮と見間違えるんだよね」

「大船行ってあるけど、一見大宮と見間違えるんだよね。で、一度だけ間違えて乗ったこともあるんだ」

 ホントなのかとツッコみたくなる話だったが、品川駅の京浜東北線のりばに立ってみたら、たしかに大船行と大宮行がそれぞれ対面のホームから交互に出発してゆく。「大」の文字が共通しているから首都圏の地理に不案内で乗りなれていない人だと、ついうっかり乗り間違えてしまうのもわからなくはない。そして、大宮駅と大船駅でいえば、大船駅は実にナゾの多い駅なのである。

 大宮駅だったら新幹線も停まるし埼玉県を代表するターミナルだから地方出身者でもわかるだろう。ただ大船駅となるとそうはいかない。京浜東北線の行き先、すなわち終着駅であることくらいしかわからない。東海道線の駅のひとつだといっても、例えば藤沢とか小田原とかを目指すときにはウトウトしているうちに通り過ぎてしまうから、大船駅の存在を感じることもない。それでいて、京浜東北線に乗るときに決まって目にする駅名なのだから気になってしまうのだ。

 というわけで、今回は大船駅を訪れることにした。品川駅から京浜東北線の大船行に乗って約1時間。ただ、正確には大船駅は京浜東北線の駅ではなく、直通している根岸線の終着駅である。根岸線は横浜〜大船間を結んでいる路線で、桜木町や関内、磯子などを経て海岸寄りをぐるりと回って大船に向かう。

 じつは同じ区間を東海道線も走っているが、こちらは一目散に大船方面を目指すので所要時間は品川からでも35分ほど。京浜東北線で大船に向かうのは実に効率が悪いのだ。が、まあ今回は京浜東北線の終着駅、というテーマなのでのんびり京浜東北線に乗っていくことにする。

 そうして品川から1時間。横浜からの根岸線区間ともなるとだいぶお客も少なくなって、ようやく大船駅についた。階段を登ってコンコースに出ると……いやはや「ナゾの終着駅」扱いをしてしまってスミマセン。

■では、大船駅前には何がある?

 コンコースには飲食店やらおしゃれなパン屋さんから銀だこハイボール酒場まで、いわゆる駅ナカ商業施設がずらりと並んでいるのだ。もちろんコンコースは充分に広く、ふたつある改札口のうち南側を出るとその先では駅ビルのルミネウィングに通じている。とまあ、実に賑やかで華やかで、ナゾとはほど遠い立派な駅なのである。

 駅の外に出てみる。出入り口は3ヶ所あって、南改札からは西口と東口、北改札からは笠間口。人通りの流れを見ると東口に向かう人が多いようなので、とりあえずそちらについていく。階段を降りて地上に出ると、駅前広場のようなものはなく、2車線のさほど広くもない道路が線路に並行するように南北に通っている。そしてその道路の左右に何軒もの飲食店が軒を連ねている。北改札から通じている笠間口もこの道路沿い。

 さらに人の流れに注目してみると、どうやらこの駅前の通りからさらに奥に入って行く人が多いようだ。ここでもまたついていくと、路地のような細い道が伸びていて、そこには地元感たっぷりのスーパーマーケットから八百屋さん、魚屋さんに居酒屋や定食屋などが軒を連ねている。歩いているのは地元に住んでいると思しきオジサンやオバサンはもちろん、学生と思われる若い人も含めてさまざまだ。つまりは大船駅とその周辺は実に庶民的な生活感あふれる、気持ちのいい町なのである。

■「昔はね、映画の撮影所があったんですよ」

 と、つまり大船はナゾどころか老若男女たくさんの人で賑わっている、楽しげな町であった。そんな賑やかな町で見かけたオジサンに尋ねてみた。

「昔はね、この先の大学があるところに映画の撮影所があったんですよ。工場もたくさんありました。それでいっぱい人が来るようになったんです。撮影所はなくなったけど、その跡地が大学になって若い学生さんも増えた」

 そこで調べてみると、現在鎌倉女子大学のキャンパスとなっている場所にはかつて松竹大船撮影所があった。その名の通り松竹のスタジオで、1936年に蒲田撮影所から移転してきたのがはじまり、以来、長らくさまざまな作品がこの地で生み出され、その中には『男はつらいよ』シリーズもあるという。撮影所は2000年をもって閉鎖され、跡地に大学やイトーヨーカドーなどの商業施設が誕生し、今に至るというわけだ。

 ではなぜ大船に映画の撮影所ができたのか。もう少し歴史をさかのぼってみる。

 そもそもの大船駅の開業は1888年。のちに東海道線となる官設鉄道の駅として開業した。東海道線の駅は、その多くが旧東海道の宿場町の近くに設けられている。古くから人が多く暮らす町があったのだから、とうぜんのことだろう。

 ただ、大船駅は宿場町とは違う場所。周囲は民家もまばらな寒村だったという。それが変わったきっかけが1889年の横須賀線開業。横須賀線は大船駅で東海道線から分岐して横須賀方面に伸びた。戦前の横須賀は日本有数の軍港で、横須賀線は軍事輸送において力を発揮した。大動脈たる東海道線はいわずもがな。そうした重要路線が分かれている駅が栄えないはずもない。そうして少しずつ大船の町が発展して賑やかになっていった。

■大船で日本初のサンドイッチ駅弁が生まれた

 大船と言えば駅弁「鯵の押寿し」で有名な大船軒があるが、大船駅開業にあわせて駅前に旅館を開業、1898年に弁当販売を開始したという。1899年には日本ではじめて駅弁としてサンドイッチを売り出して歴史にも名を残し、湘南地方の名物のひとつになった。そんな大船軒の尽力もあってか大船は“鉄道の町”として成長。そこに映画の撮影所がやってきたことで俳優らが居を構えることもあり、ますます開発が進んだのである。

 そういう歴史を知ると、大船駅の周辺がかなり賑やかであることにはなんの不思議もないことがわかる。こうした歴史の古い町は近年廃れがちになる例もまま見かけるが、大船の場合は東京都心から1時間という距離もあって、ベッドタウンにもなることで賑やかさが維持されたのだろう。

 道行く女子大生に聞くと、「カフェとか安い店も多いから意外と大船って楽しい」のだとか。並んでいる店舗を見ると、チェーン店と個人店がおおよそ半々くらい。きっと、映画の撮影所時代から続く老舗の居酒屋もあるのだろう。もしかするとナゾの終着駅・大船は、歩けば歩くほど奥が深い町なのかもしれない。

■忘れてはいけない「大船観音」

 と、ここで終わるとお叱りを受けてしまいそうである。大船といえば、大船観音を忘れてはいけない。東海道線の車窓から見ることもできる、真っ白くて巨大な観音様だ。これは大船駅のすぐ西側にあって、南改札から西口を出て向かう。1929年からつくられ始め、中断を挟んで1960年に完成したものだ。東海道線の車窓を眺めていて大船観音を見ると、いよいよ湘南、と感じる人もいるだろう。

 もうひとつ、大船駅の東口の少し先には湘南モノレールの駅がある。ここから起伏に富んだ三浦半島の付け根を通って湘南江の島までを結ぶ懸垂式(つまりはぶら下がり)のモノレールだ。モノレールながらトンネルもあり急な上り坂もありでなかなかダイナミックなのだ。大船を訪れたなら、ぜひこのモノレールにも乗ってみてはいかがだろうか。

写真=鼠入昌史

(鼠入 昌史)

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