「どこに行っても入口で体温測定」「ハンドソープも完売」新型肺炎で“異常事態” 北京で何が起きているのか【現地レポート】

「どこに行っても入口で体温測定」「ハンドソープも完売」新型肺炎で“異常事態” 北京で何が起きているのか【現地レポート】

春節の大型連休初日の1月24日の北京駅。大半の人がマスク姿だった(筆者撮影)

 新型コロナウイルスの感染が、中国の内外で拡大を続けている。

 特に中国国内における状況は深刻で、中国国家衛生健康委員会によると累計感染者は2月4日までに2万人を突破。中国本土における感染者と死者の数は、2002〜03年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)を既に上回る。

「震源地」となっているのは湖北省武漢市だが、そこから1000キロ以上離れた首都・北京でも死者1人と200人を超える感染者が出るなど緊張感が高まっている。

 春節(旧正月)の大型連休を終えたばかりの北京から、新型肺炎に直面する中国の人々の様子を報告する。

■店頭から消えたのは……

「あなたの家族を守るためにも、来店時にはマスクを着用してください!」

 春節休暇が明けた3日朝、自宅近くのコンビニの前を通ると殴り書きのような文字でこのように書かれていた。このコンビニに限らず、多くの店の入口には同じような注意書きが張られている。言うまでもなく新型肺炎の感染防止のためだ。ただ現在は注意されるまでもなく、北京市内では9割超の人が屋外でマスクを着けているというのが実感だ。

 特に人気なのは、医療従事者らが使う防護性の高い「N95」規格という本格的なものだ。大半のコンビニでは既にマスクは売り切れているが、まれに残っているマスクは「花粉対策」をうたっているようなウイルス対策の機能に欠けるとみられるものばかり。北京の人々が、性能をよく吟味してマスクを買っていることが分かる。

「液体ハンドソープはない! マスクはない! アルコール消毒液はない!」

 よほど来店客に聞かれることが多くて嫌になっているのか、店舗入口にこのような張り紙をしているコンビニも複数あった。ここでも書かれているように、マスクと並んで手に入りにくくなっているのが、新型肺炎の対策に効果があるとされているアルコール消毒液だ。

■長澤まさみの出演映画が公開延期

 3日、中国ではおなじみとなっているシェア自転車に乗って、北京市内を回った。

 まず一目で分かったのは人の少なさだ。最初に、政府機関や各国の大使館などが周囲に集まる中心部の地下鉄駅「建国門」に向かったが、朝の出勤時間帯にも関わらず利用客はまばらだった。印象では平常時の10分の1程度だ。駅から出てくる人は、ほぼ全員がマスクを着用していた。

 人が少ないのには訳がある。そもそも春節の大型連休は当初1月30日までだったが、中国政府はこれを2月2日まで延長する異例の措置をとった。さらに北京市は、医療やインフラ産業などを除く市内の企業に対し、9日まで出勤を控えるよう求める通知を出しているのだ。職場に人が集まって感染が拡大することを回避するため、電話やインターネットを活用した在宅勤務などを行うよう要請している。

 中国メディアによると、上海市や広東省など多くの地域で同様の措置がとられている。春節休暇が明けても、企業活動が大幅な制限を受ける異常事態が続いている形だ。

 次に向かったのは、国内外の銀行オフィスなどが並ぶ金融街だ。天安門広場からは数キロの場所にある。3日には株式など金融市場が再開されていたものの、ここも普段と比べて人の姿が極端に少ない。目立つのは、中国語で「外売(ワイマイ)」と呼ばれるスマートフォンを利用した料理のデリバリーサービスの宅配員の姿ばかりだった。どうやら付近の飲食店の多くが休業を続けているため、いつも以上に「ワイマイ」を使っている人が多いということのようだった。

 そして、最後に向かったのは北京を代表する繁華街「王府井(ワンフーチン)」。普段は買い物客らでにぎわっているが、平日の昼間ということを差し引いても人が少ない。

 ショッピングモールの中に入ると多くの飲食店や服飾店がシャッターを下ろしたままで、店先には「疾病の予防・管理への協力のため臨時休業します」といった張り紙があった。また、ランチタイムにもかかわらずフードコートも来店客はまばらだ。

 ショッピングモールの入口では体温検査が行われている。ちなみに今や体温検査は、地下鉄駅、オフィスビルやスーパーマーケットの入口など多くの場所で見られる「日常風景」。中には、医療用防護服のような重装備を着けた検温担当者もいて、ぎょっとさせられることも少なくない。これではショッピング気分も失せるというものだろうし、そもそも感染を防ぐため繁華街に出てくる人は少ないのが現状だ。

 新型肺炎は春節商戦を直撃したこともあり、とりわけ消費産業への影響が大きいとみられている。映画、飲食・小売り、旅行業だけでも春節期間中の経済損失が1兆元(約15兆6000億円)を上回るという、中国の民間シンクタンクの試算もある。

 映画産業では、春節に合わせて公開予定だった7作品の上映が延期された。妻夫木聡さんや長澤まさみさんら日本人俳優も多数出演するという中国産探偵映画「唐人街探案3」も含まれている。

■カーナビが「マスクを着けましょう」と警告

 ここで、ちょっと時間を戻そう。

 新型肺炎の存在が知られるようになったのは年末年始のことだ。昨年12月から中国のインターネット上では「SARSが再発生した」といった情報が流れていたが、12月31日になって武漢市の衛生当局が市内で発生している原因不明の肺炎感染者の存在を正式公表している。

 だが、今年1月に入っても武漢市当局の発表は抑制的だった。1月9日に新型のコロナウイルスが発症者から検出されたことが明らかになり、日本など海外で大きく報道されるようになっても中国メディアの扱いは目立つものではなかった。

 そのため一般的な関心が高まらず、その頃に北京市内の様子を見てもまったく変化がなかったのが印象的だった。ちょっと前には「PM2.5」が深刻だった北京だが、最近では空気の質が大きく改善されているためマスク姿の人は平常時には1%にも満たない。新型のコロナウイルスの感染が武漢でじわじわと拡大するようになっても、北京市内のマスク着用率が上がることはなかった。

 それが一変したのが1月20日だ。この日、習近平国家主席が感染拡大を阻止するよう重要指示を出した。この中で、感染に関する情報についても「直ちに発表しなければならない」と指示しており、これを機に各地の当局が競うように感染状況を発表するようになった。中国メディアやSNSなどでも、新型肺炎に関する情報が文字通りあふれるようになった。

 習氏の指示の影響は、すぐに北京の街にも形となって表れた。翌21日夜までには、自宅近くのコンビニではマスクが売り切れていた。そして、22日の出勤時間帯に周囲を見渡すと、少なくとも半分以上の人はマスク姿だ。薬局に行くとレジの前に行列ができていて、女性店員が「もう在庫が少ないから家族の人数分しかマスクは売らない」と叫ぶように押し寄せる来店客をさばいていた。

 さらに、タクシーに乗るとスマートフォンのカーナビが「シートベルトを締めてください。マスクも着けましょう」と告げてきた! 混乱とまではいかないが、北京も「危機モード」に入ったことを実感させられた瞬間だった。

 その後はご存じの通り、感染拡大の阻止に向けて次々と強硬策が打ち出されていった。武漢市の事実上の封鎖(1月23日)、海外への団体旅行の停止措置発表(1月25日)、春節の大型連休の延長表明(1月27日)。だが、初動の遅れはいかんともしがたく、感染拡大に歯止めがかからない状況が今も続いている。

■「2週間以内は中国に来ないで」

 現在、北京市民が最も心配しているのが「本格的に人が戻った後に何が起きるのか」ということだ。今も多くの企業が従業員の出勤を控えているうえ、春節休暇のUターンも分散化されているため、春節休暇が本格的に明けたという実感はない。人の量が平常時に戻ったときに、感染が拡大しないか懸念されている。

 中国版の「LINE」とも呼ばれる通信アプリ「微信(ウィーチャット)」には、北京に住む中国人の知人から私宛に次のようなメッセージが届いた。

「中国にいない人は2週間以内にはできるだけ来ないでください。中国にいる人は食品を多めにためて、できるだけ外出しないでください」

 まだ進行中の異常事態を前に、北京市民の警戒は高まったままだ。

(三塚 聖平/週刊文春デジタル)

関連記事(外部サイト)