「スカーレット」八郎の「僕にとって喜美子は女や」発言と、杏・東出に見る「同業者夫婦」の困難さ

「スカーレット」八郎の「僕にとって喜美子は女や」発言と、杏・東出に見る「同業者夫婦」の困難さ

戸田恵梨香 ©時事通信社

*以下の記事では、NHK連続テレビ小説「スカーレット」の詳しい内容について述べられていますのでご注意ください。

「僕にとって喜美子は女や。陶芸家やない。これまでも、これからも」

「スカーレット」104話(2月4日放送)。八郎が放った言葉に、思わず「やばいな」と声が出てしまった。

■朝ドラかつ同業者夫婦で思い出す杏・東出夫妻

 現在放送中の連続テレビ小説「スカーレット」は、不屈の女性、川原喜美子(戸田恵梨香)が陶芸家になるまでの道のりを描くと同時に、同じく陶芸家の夫・八郎(松下洸平)との「同業者夫婦」の物語でもある。朝ドラかつ同業者夫婦というと、今ならば「ごちそうさん」で共演した杏・東出昌大夫妻を思い出す方も多いかもしれない。

 そしてライターの同業夫婦である私たちも毎朝、味噌汁をすすりながら見る「スカーレット」でヒヤッとしている。

 話をもとに戻すと、冒頭のように八郎が吐露するに至った経緯はこうだ。

 どうしても表現したい陶器の色がある喜美子は、金と手間のかかる「穴窯」方式で作品を生み出そうとしていた。

■「僕にとって喜美子は女や。これまでも、これからも」

 一方、八郎は家計を圧迫するほど穴窯に入れ込む彼女に納得できない。そのうえ喜美子は穴窯を2週間、1150度で焚き続ける危険な作陶に入ろうとしていた。

 強行すれば、巨費を投じた窯が崩れ落ちる可能性もあるばかりか、家に火が燃え移り、火事になってしまうかもしれない。そんな危険を冒そうとする喜美子に対し、堪忍袋の緒が切れたとばかりに、八郎が吐き出した。

「前に言うたな。同じ陶芸家やのになんで気持ちわからへんのって。僕にとって喜美子は女や。陶芸家やない。ずっと男と女やった。これまでも、これからも。危ないことせんといてほしい」

 家族を守り、夫婦として10年以上経った今も自分を女としてみてくれる男らしい夫……の言葉とはもちろん、思えなかった。

■「稼いではほしいけど、自分より売れてほしくない」

 八郎は、妻が自分と同じ「陶芸」という土俵に上がってくることを嫌い、喜美子を土俵の上から蹴落としにいっている。2019年に上野千鶴子先生が東大入学式の祝辞で引用したマララさんのお父さん的に言えば、彼女の翼を折りにいったのだ。「これまでも、これからも」という言葉は特に絶望的で、がっくりくる。

 家計が助かるから稼いではほしいけど、自分より売れてほしくない。有名になってほしくない。嫁に才能があってもらっては困る……。この問題は、同業者夫婦ならいつ同じようなことが勃発してもおかしくない。だからこそ毎朝、夫婦の間に緊張が走るのだ。

 実際、あるデザイナー夫婦は嫁が売れだした途端に夫がすねはじめ、「君がやっているのは商業で、俺は違う」と、突如アート系に転身。フィールドを変えることで夫としてのメンツを保っているという。

■妻が“穴窯”を見つけた時、夫は……

 では我が家の場合。

 夫は10歳上で、ライター歴も私より長い。10年以上前、私が出版社勤務の編集者としてはじめて会った時にはすでに映画という専門ジャンルで評論などを書いていた。そしてまもなく結婚。私もフリーランスのライターとして活動を始めた。

 ここまでは、陶芸の先輩として八郎の仕事ぶりや人柄に惹かれ、恋仲になり、自身も陶芸家としての道を進んでいく喜美子の歩みとほぼ同じだ。

 さらに先ほどのデザイナー夫婦の話でいうと、夫には映画という専門分野があるが、私には胸を張れるほど得意なものがなにもない。たとえ映画のことを書いたとしても、『ワイルド・スピード』が好きな彼と『プラダを着た悪魔』を好む私ではジャンルがまったく違うので、かぶることもない。

 そんなフィールドの違いと、互いに売れないライターであるがゆえ、特に喧嘩することもなかった我が家だが、最近、私が「穴窯」を発見してしまったのだ。

 喜美子が自身の代名詞となる作品を生み出すことに成功したのは、手のかかる穴窯での制作を曲げなかったからである。何が何でも自分の陶芸をやるんだという信念の現れが、穴窯なのだ。

■「これだけは絶対に書いてやる!」

 そんな信念も専門もなかった私が、1年前に“がん”になった。

 その時、「これだけは絶対に書いてやる!」と、私の中に穴窯が出現。ボッと火が灯った。

 とはいえ、「同じAYA世代の患者に勇気を持ってほしい」とか、「がんの早期発見を呼びかけたい」などという志は皆無で、書くことで自分を茶化さなければ、怖すぎていても立ってもいられないという、非常に身勝手な理由からだった。

 しかも体験を原稿にするならすべてを公開しようと思ったので、家族の話、夫婦の話も盛り込もうと思っていた。写真もガンガン使うつもりで。

 いつ打ち明けたのか定かではないが、病気がわかってわりとすぐ、夫に「書こうと思う」と告げた。

 すると、それまでずっとしょんぼりしたりしていた夫の目にみるみる力がみなぎるのがわかった。「言えなかったけど、実は俺もそう思ってた」と、すごく嬉しそうに言ってくれた。「書く」と言った私をとても誇らしく思っていることが伝わってきて、本気でじーんときてしまった。

 彼はその後も「危険だからやめろ」とか、「治療に専念したほうがいい」とは決して言わなかった。抗がん剤を打った翌日、下痢が止まらない中、大人用おむつを穿いて取材に行った時はさすがに呆れていたが、やっぱり止めなかった。

■夫が薪をくべ続け、穴窯は静かに燃え続けている

 そうして私はがんの原稿を何本か書いた。とはいえ喜美子のように有名になったわけでもなく、売れっ子ライターになったわけでもない。でも、穴窯は静かに燃え続けている。

 火が灯り続けているのは、あの手この手で薪をくべ続けてくれる夫のおかげだ。今この原稿を書いている後ろでは、子供と一緒にプラレールをしてくれている。

 今後、夫に穴窯が出現した時、私は火の番をできるだろうか。昨日も、ワードしか使わないのにハイスペックなiMacをほしがる彼にキレてしまったばかりだ。

 それとも、互いに売れていないからうまくいっているだけだろうか。夫に尋ねてみると、「俺は一文字も打ちたくないから、君が売れてくれていいよ」という答えが返ってきたのだった。

(小泉 なつみ)

関連記事(外部サイト)