新型肺炎 クルーズ船“告発医師”がSARS大流行の北京で経験した「修羅場」とは

新型肺炎 クルーズ船“告発医師”がSARS大流行の北京で経験した「修羅場」とは

ダイヤモンド・プリンセス号。19日までに621人の乗客・乗員の感染が確認されている ©AFLO

 新型コロナウイルスの感染症が集団発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。2月20日には、感染が確認され入院中だった80代の乗客2人が死亡。また、クルーズ船で事務作業をしていた厚労省と内閣官房の職員それぞれ1人の感染も確認された。

「アフリカに居ても中国にいても怖くなかったわけですが、ダイアモンド・プリンセスの中はものすごい悲惨な状態で、心の底から怖いと思いました」――神戸大学感染症内科教授の岩田健太郎氏がクルーズ船内の感染対策に警鐘を鳴らす“告発動画”を公開したのは18日。SNS上で話題が一気に広がり、国会にも波及。20日早朝には「これ以上この議論を続ける理由はなくなった」として動画を削除している。

 岩田教授は2001年アメリカで起きた「炭疽菌バイオテロ」、2003年中国・北京での「SARS」、2009年神戸での「新型インフルエンザ」と感染症の現場で医師として対策にあたってきた、“感染症のエキスパート”だ。

 そのエキスパートの立場から、パニックによる被害拡大を防ぐために記した著書 『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門 』(光文社新書) 。そのなかから、岩田教授の「SARS現場レポート」を振り返る。

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■「北京の繁華街はゴーストタウンになっている」

 5年間のアメリカ暮らしを終えた私は、中国は北京の国際診療所(インターナショナルSOSクリニック)に赴任することになりました。

 本当は途上国医療がやりたくて、(後に定期的に訪問することになる)カンボジアに行くことを希望していました。しかし、ポストの空きがなく、たまたま相談したインターナショナルSOSから、「北京にポストの空きがあるけど、来ない?」と誘われて、私は「ま、北京でもいいか」と軽い気持ちで中国行きを決めました。

 中国はまだ北京オリンピックの前で、経済成長が著しいとはいえ、医療的にはまだ「途上国」でした。当時北京大使館の医務官は勝田吉彰先生でした(現関西福祉大学教授)。フランスやアフリカ暮らしが長かった勝田先生からは、国際医療などについていろいろなことを教わりましたし、SARS対策はじめ、北京でもいっしょにお仕事をする機会が多かったです。

 後に勝田先生は、「新型インフルエンザ」やエボラ出血熱など、さまざまな感染症のリスク・コミュニケーションにおいて日本で重要なお仕事をされるようになり、現在でもたくさんの情報収集や情報発信をされています(勝田先生の情報発信についてはブログ http:// blog.goo.ne.jp/tabibito12 や、ツイッター @tabibito12 をご参照ください)。

 で、中国行きが決まった前後に、このSARSという新しい感染症が広東省で問題になっているらしい、という話が出てきました。引っ越し前には北京で流行が始まっており、北京の繁華街はゴーストタウンのようになっていると聞きました。

■毎日「フル装備」で発熱患者を診療

 赴任先のクリニックは、家庭医療が中心の外国人向け診療所でしたが、感染症のプロ(といってもフェローシップを終えたばかりのルーキーでしたが)は、私ひとりでした。すぐに診療体制を見直し、マニュアルをチェックし、疑い患者は私が基本的に診る、という形をとりました。

 今から考えると、計画立案者が前線に出て患者と対峙するのは賢明なやり方ではなかったのですが、若気の至りというか、「オレがやらなきゃ、誰がやる」的にアドレナリンが高まっていたのでしょう。

 当時の中国は情報統制が強く、状況把握は困難でした。そのため一般の方たちの間にも、デマが飛び交いました。さまざまな噂が流れ、北京に住む日本人たちの多くが、慌てて日本に帰国しました。

 北京の診療所で診療しているので、発熱患者は全員、WHOが定義するSARSの「suspected case」に相当します。毎日のように「フル装備」で発熱患者を診療し、疑いの強い患者は「SARS指定病院」に搬送しました。元気な患者は自宅で療養してもらい、そのまま回復を待ちました。

 基本的にSARSはウイルス性の感染症で、抗生物質は効きません。有効な治療薬もないため、入院させるメリットは、重症時の「全身管理」だけなのです。

 しかし、そのような全身管理を「SARS指定医療病院」に全例丸投げすると、医療リソースは枯渇(こかつ)しますし、なによりも医療者内での院内感染のリスクになります。SARSはとりわけ医療者に多く患者が発生したのが特徴でした。

■「なんでもかんでもとりあえず入院」がダメな理由

 SARSの迅速診断キットは存在しないので、「SARS疑い」で後方病院に搬送しても、実は本当にSARSなのかは判然としません。検査の結果が出るのに、当時たしか数日はかかりました。もしSARSでない発熱患者を間違って指定病院に搬送したら、病院内でその患者はSARSコロナウイルスをもらってしまうかもしれません。

 医療者にとっても患者にとっても、疑い例の指定病院への搬送はこのようにトリッキーな行為でした。ですから、元気な患者はできるだけ自宅療養してもらい、電話などで安否の確認や症状の回復を確認したのです。

 このときの体験は2009年の「新型インフルエンザ」の対応でも応用されました。当時、「なんでもかんでもとりあえず入院」という厚生労働省の方針に批判的だったのはそのためでもあります。病原体だけでなく、患者の状態も鑑みて臨床判断はなされなければならないのです。

 SARS疑いの診療は、私自身に対する感染のリスクでもありました。感染、発症したらどうしようと、毎日恐怖感を覚えながら診療していました。2003年の夏になり、患者が発生しなくなり、診療が通常化したときは、本当にほっとしたものです。

■では、SARSとはどんな感染症なのか?

▼どの感染症が

 SARS(サーズと読みます)は、「severe acute respiratory syndrome」の略で、日本語では「重症急性呼吸器症候群」と名付けられています。でも、みんなサーズ、サーズと呼んでいますね。

▼病原微生物は

 SARSコロナウイルスというウイルスです。

▼いつ起きているのか

 現在は起きていません。2002年の1月頃から、中国の広東省で不思議な肺炎が流行しているという報告が「ProMED」などでされるようになりました。当時ニューヨークにいた私は、「へえ」と思ってそうした報告を読んでいるだけでした。1994年に作られた「ProMED」はSARSの報告で一躍有名になったのでした(Yu VL, Madoff LC. ProMED-mail: An Early Warning System for Emerging Diseases. Clin Infect Dis. 2004 Jul 15;B39 [2] :227-32)。

 その後、流行は中国各地(北京含む)、香港、台湾、シンガポール、ベトナムと広がっていきました。カナダやヨーロッパでも患者が発生しました。

 しかし、2003年の夏になって患者はだんだん減り始め、2004年にはどこかにいなくなってしまいました。どこにいったんでしょうね。

▼どこで起きているのか

 現在は流行が確認されていません。

■SARSの死者は774人、死亡率は約10%

▼何人に起きているか

 2002〜2003年の流行では、8098人の患者がSARSと診断されました。

▼死亡者はそのうち何人か

 774人。10%近くの死亡率です。

▼臨床症状は

「呼吸器症候群」と名付けられていることから分かるように、呼吸器症状が主です。すなわち、咳、喉の痛み、発熱や筋肉痛、全身倦怠感とともに起こります。インフルエンザによく似た症状です。後に息切れが起きると、肺炎に近い病態になります。

▼感染経路は

 SARSの最大の問題点は、ヒト-ヒト感染することです。もともとはハクビシンのような動物から、なんらかの形で人に感染したと考えられますが、その後は、人との接触や咳、くしゃみなどで感染します(接触感染、飛沫感染)。また、香港ではマンションの下水を介して異なる階に住んでいる住人に感染が起きたりもしました。

▼潜伏期間は

 2〜10日です。

▼感染期間は

 はっきりとは分かっていません。最大では発症から21日くらいと言われていますが、だいたい10日くらいと考えられています。当時私はSARSを「10の病気」と覚えていました。死亡率10%、潜伏期間最大10日、感染期間発症後10日、と。

▼日本で、あるいは日本の特定の地域におよぼす影響はあるのか。あるとすればどのくらいか

 今後、いつどのような形でSARSが再度流行するのかについては全く分かりません。2002〜2003年の流行では、日本国内のSARS発症はありませんでしたが、あれは単に「ラッキーだったから」と私は思っています。

▼診断方法は

 喀痰のPCR(遺伝子検査)で診断するのが一番よくあるやり方です。

■中国ではSARSにステロイド治療が行われていた

▼どのように治療するのか

 治療方法は確立されておらず、対症療法のみです。中国ではステロイドを実験的に用いるケースが多かったですが、そのせいで骨壊死の合併症が増えました。お勧めできないようです。

▼治療効果はどれくらいか

 前述のように死亡率は10%程度。有効な治療法はなく、かなり厳しい病気のひとつです。

■「ガウン、帽子、N95、手袋、シューカバー、ゴーグル」のフル装備

▼どのように予防するのか

 残念ながら有効な予防接種はありません。

 SARSはヒト-ヒト感染をしやすいのが厄介なところです。とくに2002〜2003年の流行では、医療従事者の院内感染が多く、問題になりました。高い死亡率も鑑み、かなりガードを上げた徹底的な感染防御が必要になると思います。

 私も北京時代は、SARS疑いはフル装備で診ていました。ガウン、帽子、N95という特殊マスク、手袋、シューカバーをし、必要に応じてゴーグルも着けました。

 患者は陰圧のかかった個室で管理し、室外にウイルスが出ないようにします。医療者はN95と呼ばれる特殊な呼吸器感染防御用のマスクをし、ガウンをし、手袋をし、シューカバーをし、帽子をかぶります。気管内挿管などが必要になったら、目を守るためにアイシールドも必要です。アルコールによる手洗い(手指消毒)も必須ですし、検体の管理や患者の吐物や下痢便の管理なども徹底的に、プロフェッショナルに行ないます。

 一方、患者を隔離しながら搬送するテントのような器具はまったく使いませんでした。患者を横にして(不謹慎な表現ですが)棺桶のような大きさのテントに入れるのですが、これだと点滴一本落とすのも難しいですし、気道の確保も心臓マッサージもできません。「机上の空論」で考えられた無用の長物だと我々は判断し、倉庫に放置されたままでした。

 2014年のエボラ出血熱においても、日本にやってきた患者をこの「テント」で搬送する計画があるようですが、やめておいた方がよいと私は思います。運転手と後方だけ目張りなどで隔絶し、あとはPPE(個人用防護具)をきちんと着用して搬送する方が現実的です。

▼予防効果はどのくらいか

 通常医療機関で用いる不織布のサージカルマスクよりも、結核患者などに使う特殊なN95のほうが予防効果は高いとされます(Loeb M et al. SARS among critical care nurses, Toronto. Emerging Infect Dis. 2004 Feb;10 [2] : 251-5)。徹底した感染管理により、院内感染は最小限に抑えることが期待できると思います。

▼どうやって今回の問題を終息させるのか。その見通しは

 現在は問題になっていませんが、将来の見通しは立っていません。

▼法律的な分類

 これは2類の感染症になります。指定医療期間に搬送、治療となります。

岩田健太郎(いわたけんたろう)

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学病院感染症内科診療科長。

(岩田 健太郎)

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