オリンピックに「大規模派遣団」を送る北朝鮮の意図とは

オリンピックに「大規模派遣団」を送る北朝鮮の意図とは

北京訪問時のモランボン楽団 ©Getty

 韓国代表団を迎える口元にはうっすら笑みを浮かべているが、アイラインがくっきりと引かれた目はまるで相手を射貫くようだ。服装は清楚な藍色のスーツに、足下はハイヒール。持っていた深緑のカバンはエルメスの2500万ウォン(約250万円)とネットで騒がれたが、エルメスが自社製品ではないと否定する一幕も。

 1月15日の南北実務協議でひときわ目を引いたのが、北朝鮮代表団で紅一点の玄松月・牡丹峰(モランボン)楽団長兼労働党中央委員会候補委員だった。

■もともとポチョンボ電子楽団のスター歌手だった

 9日に行われた南北実務会談にて、北朝鮮は平昌冬季オリンピック参加を正式に表明。400〜500人という大規模の派遣団も送ると大言し、とりわけ関心を引いたのは、高位幹部を含むとされた派遣団のメンバーだった。

 北朝鮮の「ナンバー2」といわれる崔竜海・党組織指導部部長などの名前が挙がる中でにわかに浮上したのは、金正恩・朝鮮労働党委員長の妹の金与正・朝鮮労働党宣伝煽動部副部長と冒頭の玄楽団長だった。

 玄楽団長は、もともと金正恩党委員長の李雪主夫人が所属していたポチョンボ電子楽団のスター歌手で、金正恩党委員長とは親密な関係にあったと噂された。昨年10月には、歌手出身者としては初めて朝鮮労働党の中央委員会入りし、出世の背景などとともにさらに注目が集まっていた。

「親密な関係にあったのは実は金正恩党委員長ではなく、故・金正日総書記といわれています」と語るのは、韓国の北朝鮮専門家だ。

「芸術家が党中央委員会入りするのは異例で、背後に相当な後押しがある。いずれにしても、金正恩委員長にとってはスキャンダルに再び火がつくことが予想されることから、玄楽団長を平昌冬季オリンピックに派遣させる可能性は低いと考えられていました。それが、実務協議で国際舞台にデビューさせた。オリンピックに派遣される可能性は極めて高くなった」

■金正恩党委員長を礼賛するための楽団

 玄楽団長率いるモランボン楽団といえば、2012年7月に金正恩党委員長肝いりで作られた北朝鮮の“ガールズグループ”。歌で北朝鮮体制や金正恩党委員長を讃える役割を担う。2015年12月に訪中した際には、公演直前に撤収し、バスに乗り込む姿などがとらえられたが、ドタキャンの背景とともにメンバーの美貌がクローズアップされた。

 しかし、15日の実務協議では「三池淵管弦楽団」をはじめとする140人の芸術団が派遣されると発表された。

「三池淵管弦楽団については詳細がわかっていません。15日の実務協議前に韓国側に提出された名簿には、玄楽団長の肩書きは『管弦楽団団長』となっていました。この肩書きが謎でしたが、三池淵管弦楽団に参加させる伏線だったのか……。

 モランボン楽団は、金正恩党委員長を礼賛するための楽団ですから、もし韓国に派遣されることになった場合、当局が演奏曲に神経をとがらせていました。三池淵管弦楽団では民謡などを演奏するとしていますが、まだ油断はできません」(同前)

■金正恩の妹・金与正の役割とは

 そして、最大のキーマンはなんといっても金与正・朝鮮労働党宣伝煽動部副部長だ。

 金副部長が訪韓すればトランプ米大統領の娘、イバンカ氏とのツーショットもあるかもしれないという浮かれた声も聞かれたが、「訪韓の可能性は極めて低い」と別の北朝鮮専門家はばっさり切る。

「金与正副部長は、北朝鮮にとって切り札となる存在です。そう簡単には出さない。

 南北の軍事会談もまもなく始まるといわれますが、これが順調に進むかどうかも分からない。また、平昌オリンピック・パラリンピックが終わった後の4月には韓米軍事合同演習が始まるでしょうし、そうした不透明な先行きを見据えても大事なカードを出すはずがない。

 そもそも、金与正副部長は、金正恩党委員長の偶像化に注力し、内部権力の監視をする内政的な役割を担っている。国際舞台にはおそらく姿を現さないでしょうし、まして、スポーツの大会に出てくるはずがない。

 北朝鮮で体育分野のトップは体育指導委員長といわれていますから、訪韓でもっとも有力視されるのは、チェ・フィ国家体育指導委員長でしょう」

■イニシアチブをとろうとしている北朝鮮

 こうした動きの裏で、北朝鮮は、実務会談を終えた2日後の11日には、米韓合同軍事演習の中断などを韓国に要求した。

 前出の北朝鮮専門家の話。

「平昌冬季オリンピック参加と引き替えに、北朝鮮が“請求書”を早々に出し始めました。

 離散家族再会行事についても、引き替えに中国にあった北朝鮮の食堂から亡命してきた従業員の引き渡しを要求しています。

 15日の実務協議は、もともと韓国側が次官クラスの実務会談を行おうと提案したのに対し、北朝鮮が芸術団についての協議を先にしようと言い出して韓国が受け入れたもの。北朝鮮がイニシアチブをとろうとしている思惑が透けて見えます。

 北朝鮮が平昌オリンピックに参加すること自体は喜ばしいですが、北朝鮮に利用されるだけにならないよう、韓国は細心の警戒が必要です。

 オリンピック、パラリンピックを無事切り抜けても、4月には故・金日成主席の誕生日などもあり、北朝鮮がまたミサイルや核実験を行う可能性は高い。韓国としてはこのままなんとか対話へ持ち込みたいところですが……」

 祭りは踊らにゃ損だが、浮かれたままでは足を掬われかねない。

(菅野 朋子)

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