《コロナに直面した「涙の皇后」》令和皇室はいま国民の目にどう“見える”か?

《コロナに直面した「涙の皇后」》令和皇室はいま国民の目にどう“見える”か?

天皇皇后両陛下と愛子さま。新型コロナウイルス問題にどう対応されるのか ©JMPA

 新型コロナウイルスをめぐって、いよいよ日本でも緊急事態宣言が出された。この危機に皇室はどのような役割を担うことができるのか。日本近現代史が専門の名古屋大学大学院人文学研究科准教授、河西秀哉氏に聞いた。

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■初動が遅れた令和皇室

 安倍首相が「緊急事態宣言」を発令したというニュースを見て思い出したのは、東日本大震災のことです。あの時も、津波や原発事故の被害状況についての情報が日々刻々と伝えられ、非日常的な毎日が続いていました。

 大災害と感染症を、同一に語ることは出来ませんが、国民に不安が広がっている点では同じなのかもしれません。そのような状況下で、明らかになりつつあるのが、皇室の行動の違いです。

 東日本大震災のとき、平成の天皇陛下(現上皇)は、震災のわずか5日後の3月16日にビデオメッセージを出されて、国民に語りかけました。その後も被災地を精力的に訪問されました。国民に寄り添う「平成流」の皇室を率先して体現されたのです。年齢を重ねてもなお強い意思を持って公務を続けられる姿がメディアに流れ、多くの人々は敬愛の念を深めました。

 翻って、今回の新型コロナウイルスを巡る事態ではどうでしょうか。

 愛子さまの学習院高等科卒業式に天皇皇后両陛下が出席を控えられたこと、秋篠宮さまが皇嗣になられたことを内外に知らせる「立皇嗣の礼」の延期が調整されていることなどはニュースになりましたが、皇室の姿は表に見えてきません。

 緊急事態宣言が出た3日後の4月10日になって、両陛下が政府専門家会議の尾身茂副座長から感染状況などについて説明を受けられたことが報じられたぐらいです。

 天皇陛下は尾身氏に対し、「私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら、この感染症を抑え込み、現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています」などと述べたと伝えられました。

■なぜ身動きがとれないのか

 この違いはどこから生まれるのでしょうか。まず、今回の新型コロナウイルスという感染症には、明確な“被災地”がありません。いわば日本全土が被害に遭っているわけですから、特定の場所を訪問するという行動はとれません。

 また、両陛下が何か行動で示されようとした場合、皇族や同行するスタッフにも感染の危険があります。実際にイギリスでは、チャールズ皇太子が新型コロナウイルスに感染しました。一般の国民の移動がこれだけ制限されている状況を鑑みても、皇族が外に出て姿を示すことで国民に何かを伝えることは現実的に難しい状況です。

 さらに、前例のない感染症被害であることも行動が取りにくい一因でしょう。

 雲仙普賢岳の噴火、阪神淡路大震災、東日本大震災と、平成の時代は多くの災害に見舞われましたが、自然気象災害が多かった。今回は感染症ですから大きく性質が異なります。近現代の皇室がほぼ直面したことのない事態ですから、対応したマニュアルもありません。周りの職員にもノウハウがなく、迅速に行動しづらいのかもしれません。

■直面した「平成流の限界」

 ただ、これだけ国民生活が揺れているなか、天皇の存在感が薄いまま時間が過ぎゆくことは深刻な問題です。なぜなら天皇がお手本とされる「平成流」の皇室のあり方が、このままでは成り立たなくなってしまうからです。

 平成という時代に、天皇という存在がもつ意味合いは大きく変わりました。

 昭和までの権威を体現する「近寄りがたい」存在とは違い、平成以降は国民にふれあい、寄り添う存在になりました。昨年11月の即位を祝うパレードでは多くの人が両陛下にためらうことなくスマホのカメラを向けましたが、それだけ皇室と国民はずっと「近しい」関係になったのです。

 また、先述の通り平成の両陛下は被災地を高齢になっても懸命に訪問される姿を示すことで、国民から尊敬のまなざしが向けられるようになった。人々はその存在に、強い「道徳性」を感じていったのです。

 この「近しさ」と「道徳性」こそが、平成流の皇室を成り立たせる大きな原動力でした。

 ところが、今回の新型コロナウイルス問題では、被災地訪問という形で国民の近くに寄ることが物理的に出来ません。国民とふれあう機会が否応なしに制限され、「近しさ」も「道徳性」も国民に示すことができない。「平成流」の限界に直面しているのです。

■雲仙普賢岳噴火の被災地での「賭け」

 昨年5月1日に始まった「令和」という元号も、間もなく1年となります。令和の皇室はスムーズな滑り出しをみせていました。

 昨年9月に両陛下が秋田県をご訪問された際には、雅子さまが保護犬に触れあう微笑ましい姿が報じられました。11月の即位を祝う行事では、アイドルグループの嵐が「奉祝曲」を披露する様子をご覧になっている両陛下の姿、両陛下が手を取り合い支え合う姿に国民の視線が集まりました。特に、即位パレードで雅子さまの涙ぐまれた姿は、これまで以上に「親しみやすい開かれた皇室」のあり方を示したとも言えます。

 そんな順調な船出から一転して、新型コロナウイルスの問題に対応できていないように見えるのは、東日本大震災の時に比べて天皇の在任期間に差があることも大きい。東日本大震災は平成23年に起こりました。在位20年以上の平成の天皇陛下が対応したわけです。しかし、いまの天皇陛下はようやく在位1年を迎えようとしている状態なのです。

 思い起こせば、平成の時代も即位して間もなく、大災害に直面しています。それは、平成3年の雲仙普賢岳噴火です。

 実はこのときの被災地訪問で初めて、天皇が自ら避難所の床に膝をつかれ、国民と同じ目線で言葉を交わされました。いまでこそ、被災地では見慣れた光景かも知れませんが、その当時は異例中の異例の出来事だったのです。

 なぜそのような決断を迫られたのか。そこの背景には、今では想像もできないような、皇室に対する世間からの「冷ややかな目」がありました。

 昭和天皇という大きな存在がこの世を去られて、天皇制そのものに対しても懐疑的な人が多かった。国民の多くから愛される存在とはとても言えませんでした。その危機感が天皇に大胆な行動をとらせたのではないかと、私は考えています。言い換えれば、天皇が「賭け」に出なければならない局面だったのです。

 しかしいま皇室が置かれている状況は、まだそこまではないと見られているのかもしれません。とはいえ、対応をすぐにしないと、当時と同じような局面になると考えてもいいかと思います。

■重大局面を乗り越えれば…

 では、いまの皇室に何が求められているのでしょうか。

 新型コロナウイルスという感染症が相手だけに、これまで説明したように、物理的に国民の近くに寄り添うことは難しい。大切なのは、これまでの物理的な「近しさ」の表し方に代わる何かを打ち出して、「国民の精神に寄り添う存在であること」を伝えていくことです。

 ひとつの解決策は、〈私たちは一丸となってこの病気と戦っています。団結して強い意志を持ち続ければ、必ず病を克服できます〉とビデオメッセージを公開し、国を鼓舞したイギリスのエリザベス女王のように、国民に向かって直接語りかけることでしょう。

 とはいえ日本では、女王のようなナショナリズムに踏み込んだメッセージは出しにくい。イギリスはあくまで君主制の国だからできたことです。

 日本の象徴天皇制においては、平成の天皇が退位のお気持ちを表明された「おことば」のように、憲法で決められた範囲に留まりながら言葉を注意深く選んで国民に語りかけることが求められます。

 これだけ状況が刻一刻と変わっていくなかで、慎重に言葉を選びながら絶妙なタイミングでメッセージを伝えることは困難を極めます。しかし、現在の象徴天皇制の大きなポイントは、メディアを通じて天皇の存在を見せるということにあります。

 被災地訪問ひとつとっても、国民は天皇陛下のその姿をメディアで見かけるたびに、まるで自分のところに来てもらえたように感じ、共感や敬愛の念を抱いていった。目に見えない遠い存在ではなく、自分のすぐそばにいるかのような距離に感じられること。いわば国民の目に“見える”ということが、現代日本の天皇制の重要なキーになっています。

 今回の事態は、まさに令和の皇室にとっての最初の試練です。ただ、平成の時代のように、ここで国民に寄り添う新しい形が作れたのなら、令和皇室のあり方を示すひとつの契機にもなりえます。その舵取りが皇室の未来に大きな影響を与える大事な局面なのです。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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