クマの口に顔が入り、舌のヌルッとした感触が……「クマに噛まれた!」《青森・大尽山》

クマの口に顔が入り、舌のヌルッとした感触が……「クマに噛まれた!」《青森・大尽山》

もみ合いになり右腕、右足、そして顔を……(写真はイメージ) ©?iStock.com

 人間は命の危機を感じる状況に追い込まれたとき、どんな行動をとるのか。そして、何を思うのか??。つり人社の「マジで死ぬかと思ったシリーズ」から、衝撃的な体験談を紹介する(出典:『 釣り人の「マジで死ぬかと思った」体験談5 』)。(全4回の1回目/ #2 、 #3 、 #4を 読む)

 クマの口の中には、私の顔面が入っていた。クマの舌のヌルッとした感触が気味悪かった。入れ歯がガシャと壊れ、「やられた」と思った。

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体験者:T.H 最近は本流の大ヤマメをねらっている。鳴瀬川のほか、近くの広瀬川にも何回か通うが今年も不毛。

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マジで死ぬかと思った度 ★★★★

■おとなしいはずのツキノワグマが

 40数年におよぶ登山と渓流釣りの経験と、さまざまの文献から、ツキノワグマが遠方から突進してきて人間を攻撃することなどあり得ないと思っていた。ツキノワグマは野生動物としてはおとなしく、非常に臆病な性質だという。それは実際に山で目撃したり出会ったりした、20回以上の経験からも間違いないことだった。クマに襲われる事故の多くは、出会いがしらで動物の防衛本能のなせる業であると思っていた。ところが、まさかの例外があることを、不運にも私自身で経験してしまったのである。

 それは、忘れもしない昨年(2009)の5月16日。青森県下北半島、大尽(おおづくし)山でのことである。登山のガイドブック『東北百名山地図帳』の写真撮影と現地踏査のため、前日の吹越烏帽子岳に続き大尽山(828m)に登った。新緑の山と山頂からの宇曾利(うそり)山湖や恐山の俯瞰を撮影し帰路につく。早く下山して、噂に聞く川内川へイワナ釣りに行こうとの魂胆で、帰路を急いでいた。

 登山口までおよそ600mの地点、作業道跡の傾斜が緩く歩きやすい直線状の道を快適に下っていた時である。前方10数mから、突進して来る黒い動物を発見した。すぐにクマと分かったが、どうしてクマが遠方から自分に向かって走って来るのか、不可解でならなかった。とにかく衝突を避けるめ、登山道脇のヤブに逃げる。そのまま登山道を直進してほしい、との願いもむなしく、クマは方向を変え私の顔を目がけて飛びかかってきた。この攻撃は、私は左へ避けてかわした。この時に「クマを巴投げで投げ飛ばし、難を逃れた話を聞いたことがあるな。でもこの状況ではどうしようもないなあ……」などと、意外にも冷静に考えている自分がいた。少し余裕があったのだろう。

■もみ合いになり右腕、右足、そして顔を噛まれ……

 次の瞬間、クマは振り向くと同時にふたたび顔を目がけて攻撃してきた。竹ヤブの中で逃げきれず顔を守るため左腕で防御、左腕の関節付近を噛まれてしまう。どうしようもなかった。その後はもみ合いになり右腕、右足、そして顔を噛まれてしまった。顔を噛まれた時の、クマの舌のヌルッとした感触が気味悪かった。入れ歯がガジャと壊れ、「やられた」と思った。

 顔を攻撃した後、クマはヤブの中へ退散していった。この時は全くの素手で、何かしらの武器(ストック・棒きれなど)があったら、かなり対抗できると思った。子どもの頃、イヌと喧嘩した記憶があるが、彼らは俊敏で噛み付いたら離さない。クマは、獰(どう)猛な肉食獣とは異なると感じたのである。

■バランスを失い転倒、死を意識するほどの出血

 クマが去った後、ヤブの中から2mほどの登山道へ上がろうと1歩踏み出した。ところが、登山道側と思った方向が実際は脇のほうで、バランスを失い転倒してしまった。気を落ち着かせ、慎重に道に這い上がる。顔の右側を激しく噛みつかれており、右目は開けられなかったが、左目は物を見ることができた。しかし左目は、若い頃のケガで視力が0.03程度しかなく、物をはっきり視認することはできなかった。

 顔面からの出血が流れるような感じで著しい。ただちにタオルで顔を縛り止血を試みる。この時、手で触れた顔の右側がズタズタに裂けているのが分かった。不思議なことに痛みはほとんど感じない。ところが、タオルで縛っても出血は少なくならなかった。初めて「この出血状態で何分持つだろうか……」と、“失血死”を意識する。

 失血状態になる前に、との思いから急いで携帯電話で119番通報し救急車を依頼する。電話器の数字がよく見えないため、ダイヤルに苦労してやっとの思いでつなげた。ところが場所を説明しても通じない。現場はむつ市なのだが、携帯電話に出たのは野辺地の消防だった。むつ市の消防へ連絡し対応するとのことで、いったん電話を切る。東北の山では携帯の通じない所がまだまだ多いが、通じて一安心する。

■自力で下山を決意

 電話の後、少しでも救急車へ収容されるまでの時間を短縮し、死亡するリスクを少なくしようと自力での下山を開始する。15分ほど歩き、13時20分登山口の車に到着する。流れるような激しい出血は、かなり治まっていた。車のミラーで怪我のようすを確認しようとしたが、左目の視力では確認できなかった。

 むつ消防の救急車から電話が入り、こちらに向かっているとのこと。少しの時間待っていたが、視力の弱い左目でも林道の路肩は確認できる。往路の状況から、脱輪さえしなければ危険は少ないと判断。血液でシートが汚れないよう車中泊用のタオルケットでシートを包み、車を運転して登山口を出発する。少しでも早く救急車に収容してもらいたいとの思いだった。

 20分ほど運転した13時40分、救急車に合流できた。もし、登山口で待っていたら40分は遅れたと思われる。自分の車を邪魔にならない路肩に停め、救急車に収容してもらう。止血・酸素吸入等の応急処置をしてもらいながら、むつ総合病院へ向かう。病院到着後、ただちに処置室(手術室)へ入り、5時間近くもかけ、縫合手術を行なってもらった。頭は脳外科、顔は耳鼻咽喉科、手足は整形外科の各医師が手術を行ない、眼科の医師も診てくれたとのことだ。

■幸いにもすべて急所を外れていた

 この時の怪我は、結果的にすべて急所を外れており、話す、聴く、見る、歩く、の身体の機能へのダメージか小さかったので、救助依頼、徒歩下山、運転ができた。また、通常であれば激痛によって身体の自由が奪われてしまうのだが、さほどの痛みは感じなく、行動の支障になることはなかった。生命維持のために、感覚が非常時モードになり、通常感じる痛みは感じない状況になっていたものと思われる。こうした機能により、短時間で病院へ搬送してもらうことができた。人間の身体の神秘さと頼もしさも感じた経験だった。

 そして、この時の出血量はどれほどだったか知る由もないが、医師の話によると「赤血球数が異常に多かった」とのこと。約1ヵ月前にネパールへトレッキングに行き、高度順化した状態の身体だったことも幸いしたと思われる。

 手術後の経過は、懸念された野生動物の細菌等による感染症もなく、順調に回復した。5月26日抜糸した後の午後、むつ総合病院を退院、迎えにきた妻と車で仙台の自宅へ帰った。

■なぜクマは攻撃してきたのか

 今年は、これまでにないほど各地にツキノワグマが出没し、人間の被害も多発している。最大の原因は食料のブナの実の不作と思われる。私が歩いた山で今年はブナの実を一粒も見なかった。山形のある熊猟師は「クマを解体すると独特の脂のにおいがするが、今年獲ったクマは臭わない」と言っていた。今年増えた人家へのクマの出没は、「山里が少なくなり、結果として人間とクマの住処が隣接してしまったから」とも言われている。

 ただ私の事故は、これらとは異質であると思う。なぜ攻撃してきたのか、素人であるが自分なりに考えてみた。動物がほかの動物を攻撃する主な理由は、防御と排除といわれている。防御は、出会い頭に出会うなどで驚いた時に自分を守るために、とっさに攻撃してくるパターン。クマに襲われる多くはこの例と思われる。排除は、子連れの母グマが子を守るため。または、発情期に自分のねらっているメスとの間に邪魔者が入った場合などの、オスの攻撃パターンとのこと。今回私が攻撃された理由で考えられることは、(1)母グマと子グマの間に入ってしまった。(2)発情期のオスグマとメスグマの間に入ってしまった(季節的には(1)、(2)どちらもありうる)という、この2つのどちらかではないかと推測される。

■存在を、遠方から早くクマに伝えること

 確実にいえることは、クマにも個性(個体差)があり「さまざまなレアケースがある」ということである。以前2頭の子を連れた母グマと遭遇したことがあったが、その時は子グマを置いて母グマのほうが真っ先に逃げて行った。子連れだから必ず攻撃してくるわけではなく、反対に攻撃的なクマの存在も否定できない。

 クマ対策に100%はないが、事故時、鈴などは付けていなかった。人間(自分)の存在を遠方から極力早くクマに伝えることが、事故の減少につながることは確実である。人間のあまり入ることのない、渓流ではなおさらだ。あの日以来、私も鈴を付けて歩いている。

(続き 【第2回】「怒り狂った母グマが猛然と私に向かってきて……『クマを蹴落とす!』《秋田・堀内沢》」 を読む)

怒り狂った母グマが猛然と私に向かってきて……「クマを蹴落とす!」《秋田・堀内沢》 へ続く

(つり人社/Webオリジナル(特集班))

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