オシャレすぎるサウナ「SaunaLab」を生んだボンクラ音楽青年が、業界の“ゴッドファーザー"になるまで

オシャレすぎるサウナ「SaunaLab」を生んだボンクラ音楽青年が、業界の“ゴッドファーザー"になるまで

「SaunaLab」1人用から8人用まで。全てのサウナでロウリュが可能

 名古屋市、栄。

 飲食店の入った大きなビルをエレベータで8階まで上がると、扉の先にはとくさしけんごの極上サウナ音楽「MUSIC FOR SAUNA」が流れ、ほのかにアロマの香りが広がる。ロビーに入ると世界各国のサウナ関連本が並べられ、フィンランドの地ビールやスープ、ソーセージなども楽しむことができる。さらに奥に進むと、大きな空間におとぎ話に登場するような可愛い木のお家が点在し、そのすべてがサウナになっている。クリエイティビティそしてホスピタリティを併せ持つ唯一無二のサウナ――。それが「SaunaLab」だ。

 この「SaunaLab」を創ったのが米田行孝。通称・サウナ界のゴッドファーザーと呼ばれる男だ。

 サウナ・カプセルホテルチェーンのウェルビーをはじめ、SAUNA FES JAPANなどのイベントを行うなど、常に革新的なサウナとは何かを追い求める傍ら、サウナ・スパ協会の理事としても常に業界をけん引してきた。また従兄弟の米田篤史は神戸サウナ&スパの社長を務めるなど、サウナ業界きってのサラブレッドでもある。そんな華麗なるサウナ一族に生まれ育った米田の人生もまた波乱万蒸なものだった。

◆◆◆

■祖父は戦後日本の“サウナの父”

「とにかく徹底的なビジネスマンだったんです、うちのおじいちゃんは。サウナ事業を始めた理由は“儲かるから”に尽きると思います」

 戦後、大阪でガスの配管工事の仕事をしていたという米田の祖父は「戦後復興が進めば、日本人はレジャーにお金を使うようになる」と、神戸に土地を買ってサウナ事業を始めた。その見立ては見事に的中し、神戸サウナは大ヒットする。

 一代でサウナ事業を軌道に乗せ、大成功した祖父。とにかく行動力があって、豪快だった。そんな祖父には、サウナ通の中でも都市伝説のように語られている“ある噂”がある。

「おじいちゃんは庭でゾウを飼ってました、人間ぐらいの大きさの小象を。とにかく動物好きで色んな動物を飼っていて。他にもライオンやトラの子供もいましたね。そうそう、一度北海道旅行でクマ牧場を訪れた時に『あのクマ、飼うぞ』って言い出して、さすがに家族全員で止めたことがありました」

 昭和の大物実業家らしいエピソードだが、米田の祖父はこの動物にも“事業の種”を見出していたという。

「有馬とか淡路島に土地を買って、そこで動物たちを放し飼いにして世話していた時期があったんです。今考えると、サファリパークみたいなものを作ろうとしていたのかなって」

■ボンクラ音楽青年、しぶしぶサウナ経営の道へ

 独創的で革新的なサウナを作り出してきた米田は、豪快な祖父を目の当たりにし、その帝王学を学んできたのかもしれない。だが「サウナ業界に入るまで」を米田に聞くと、意外な答えが返ってきた。

「ボーッとしているボンボンでしたね。サウナどころか、家の事業自体に興味も関心もありませんでした。大学を卒業するってなった時も、自分の将来に危機感なんて全くなくて。それどころか就職活動もろくにしてないですよ。

 音楽が好きでずっとギターを弾いていたんですけど、飲み屋のおじさんに合わせて弾くだけで5000円くれたんです。それで『あれ、俺これで食えるんじゃないかな』って勘違いして(笑)。そこから1年ぐらい、無職でフラフラして生活していました」

 しかし、バブルが崩壊し、そんな生活にも終わりがやってくる。アルバイト先を突然クビになったのだ。

「ついに親父に『お前、いい加減にしろ!』と怒られて。さすがに頭にきたんでしょうね。僕も意地をはってたんですが、しばらくしてどうにもならなくなって『なんでもやるから会社に入れてくれ』と頭下げたんです」

 こうして米田は、実家のサウナ事業を手伝うことに。

「最初に修行に行ったのは『健康ひろば加古川』という施設でした。タオルを畳んで、袋に入れる、いわゆる健康ランドのセットを作るのが一番最初の仕事でしたね。毎日必死で仕事をしていて、最後にお客さんが『お兄ちゃんありがとね』って声をかけてくれるんです。それに鳥肌が立ちまして。『サービス業としてこんな素晴らしい商売はない』というのをすごく感じたんです。これが僕の原点ですね」

■突然の中国行き 現地で日本式サウナを作ることに

 この健康ひろば加古川を“原点”として、米田はウェルビー各店の要職を任されるようになる。しかし1995年、突如、中国行きを父から命ぜられる。

「突然、親父に呼び出されまして『来月から中国に行け』と。親父の知り合いが中国の国営ホテルの社長に就任して『ホテルにサウナを作りたいからコンサルしてくれ』っていう話だったんです。当時は、中国にサウナが普及してなくて、ホテルのなかに作るだけで、政府からホテルの評価を上げてもらえたんです。多分、中国で日本式・都市型サウナはこれが第1号だったんじゃないかな」

?“?好(ニーハオ)”すら言えなかった米田を有無を言わさず中国に送る……。これぞ米田一族の常人離れした帝王学だ。

「当時の中国でサウナに来られる人は超富裕層のお金持ちだけ。だからすごく儲かったんです。その時に祖父が『戦後復興のこれからはレジャーが流行る』と言ってサウナ事業を始めたことを思い出しました。まさに、発展途上の国で経済が回りだすと、レジャーが儲かるっていうのを実感しましたね」

■「追い詰められないと本気出ないからな」と言い遺して死んだ父

 米田の人生における試練の始まりともいえる中国行き。しかし3年目、急遽父に呼び戻され帰国。そして……さらなる試練が訪れる。

「親父の調子が悪くなって病院に行ったら、お医者さんに『あと半年です』と告げられて、とにかく慌てました。ギター弾いてプラプラして、会社に入って一通りの仕事は経験したけど、そのあと3年半も中国でしょ。そんな俺が会社をどうにかできるわけないし……」

 日に日に悪化していく父の容体。とにかく困り果てていた米田に追い打ちをかけたのは、父の最期の言葉だった。

「親父の遺言が『行孝な、お前はお坊ちゃんで何も物事がわかっていない。人間というのは追い詰められないと本気出ないからな。お前にはたっぷりの借金残して死ぬからな』って。

 あとで慌てて決算書を見たら見たことない数字が並んでいて。本当に逃げようかなと思いましたよ(笑)。でもしばらくすると、あまりの額にお金という認識を超えましたね。しかも世界は当たり前のように回っていく。社員もいてサウナも変わらない。お金に対して達観する感覚はその時に芽生えました」

 その後すぐに父は他界。米田には会社と膨大な借金が残された。時は90年代末から2000年代。同時多発テロに始まり、リーマンショック、東日本大震災と、世界中が未曽有の危機に直面していた。

■「自然とつながる」フィンランドでの不思議な体験

「その時は他にも悪いことが同時にたくさん重なって。なんとか頑張って一つ一つ対処していく日々でストレスもピークに達したとき、たまたまフィンランドに行ったんです。大自然の中で、スモークサウナに入って湖に浮かんだ時に、“自然とつながる”という不思議な感覚に出会いました」

 心も体も追い詰められていた米田にフィンランドのサウナがもたらした体験は、その後の米田の人生を一変させる。

「地球をランドセルみたいに背負った感覚だったんですよね。その時に“はた”と気付きました。『サウナというものに真剣に向き合ってみよう』と。それから10年は、借金返すとかが目的じゃなくて、『サウナで世の中に何かできないか』を考えるようになったんです」

 そして、米田の思考の変化にさらに大きく寄与したのが、タナカカツキの『サ道』の存在だ。その出現は、“以前・以後”で語り継がれるほど、サウナ業界にとってエポックメーキングな出来事だった。

「サウナが今の世の中に本当に必要だと明確に言語化できたのは、『サ道』に出会って以降なんですよね。そこから『お金のためじゃなく、サウナで喜んでもらう人たちをどうやって増やすか』ということに集中した結果、会社の経営もうまく回るようになったんですよ。

 仲間も増えて、もはや競合を気にするという感覚もなくなっていきました。『自分がいいな』と思うサウナを作ることが大事。だからこそ、いま、独自のサウナを皆さんにお届けできています」

■「街の中に木を植えるような感覚」でサウナを作る

 サウナ経営者として常に進化を続ける米田の手により完成した、ビルの1フロアを改装して作った「SaunaLab」は、従来の施設とは一線を画す北欧的センスと革新性を併せ持った存在となった。

「女性から『ウェルビーは何で男性専用なんだ』と怒られた時に気づいたんです。働き方、子育て……女性には女性ならではの大変なことがあるんだなって。

 だからこそ女性も男性も関係なく、世の中の苦しいことに向かう人々に、少しでもサウナが役立つんじゃないかなと僕は思っています。ビジネス先行の発想では、多分『SaunaLab』は作れなかったと思います」

 現世での苦しみをいかにサウナで減らして生きていくかという米田の発想は、仏教の教えにも相通ずる哲学を感じる。そして、その経営哲学はウェルビーのHPからもうかがい知れる。

「自然が失われ、デジタル化していく世界というのは便利でいい世界なんですけど、ならではの苦しみが増えています。そんな時代だからこそ、『SaunaLab』は街の中に木を植えるような感覚でビルの中に自然の木材を使って作りました。

 今は世の中の苦しみに対して必要とされているものは何だろうかと、常に自問自答しながらサウナを作っているんです」

 米田の哲学を聞くと、サウナ道の悟りを開いた高僧の説法を聞いている気になってくる。

■「今こそ世界中の人々がサウナで自然と繋がるべき」

 サウナ界のゴットファーザーはこのコロナ禍に何を想うのか。

「今はウイルスの収束に向け、世界中が戦っています。真の脅威はウイルスそのものよりも、むしろ恐れから来る分断。人々が閉鎖的になって、見えない壁が次々に立ち上がり、やがてそれは世界中に蔓延していくのではないでしょうか。

 恐れもまた人の心が作る幻影であるならば、それぞれが自分自身の身体的感覚による正しい物の見方を身につけていかないと私たちの未来はとても息苦しいものになってしまいます。今こそ世界中の人々がサウナで自然と繋がる体験をすることは、人類が新たな時代を生きる上で大事な指針になると思います」

 サウナのカリスマは、どんな時代が来ようと一切ブレることなく世界規模でサウナの未来を見据えている。私はこのゴッドファーザーに一生ついていこうと心に決めた。

撮影=五箇公貴

INFORMATION

SaunaLab

住所 愛知県名古屋市中区栄3-9-22?グランドビル8F

5月中の営業再開を目指し、準備を進めています。最新情報は公式HPをご確認ください。

http://saunalab.jp/

WELLBE

住所 愛知県名古屋市中区栄3-13-12

https://www.wellbe.co.jp/ ??

(五箇 公貴)

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