育児疲れで「10年で一番の不調」だった女流棋士の私が復活するまで

育児疲れで「10年で一番の不調」だった女流棋士の私が復活するまで

2012年、2回目の女王就位式にて

 この度、文春オンラインにて月に1回コラムを載せていただくことになりました。女流棋士の上田初美です。昨年初めより個人でnoteを更新しているのですが、その延長のような内容でいいとのことでお引き受けしました。いつまで続けるという区切りはまだ設定されていないのですが、アクセス数が少なかったら打ち切りとかになるかな?(笑)

 何はともあれ緩い感じで更新していくと思いますので、同じく緩くお付き合いいただければ幸いです。どうぞよろしくお願い致します。

 さて、初回ですので私自身のことを少し話したいと思います。

 5歳で将棋を始め、7歳で当時の女流棋士育成機関であった女流育成会に入会しました。2001年に女流2級としてデビュー。12歳の中学1年生でした。当時は見た目も性格も男の子。将棋を指す女の子は今よりもずっと少なく、自分以外が全員男の子という状況に自然に溶け込めない女の子はなかなか強くなりにくい環境でした。

■何をして生きていくのか、自分で考えて決めよう

 女流棋士になった中学1年生の私は、学校でよく書く「将来の夢」に困りました。目標の大学に合格すること・好きな会社に入ること、どの世界でも同じだと思いますが、ゴールしたらその次のゴールを目指します。しかし私は女流棋士になった更に先の目標を持っていなかったのです。そもそも女流棋士を目指したのも、一緒に将棋を指していた友達が「周りも入っているから」というふんわりとした理由で奨励会を目指したように、自分は女の子だから強くなったら女流棋士になるものなのだと、実に曖昧な理由で道を決めてしまいました。当時の環境も作用していますが、自分で考えて決断するには余りにも幼く、真っすぐだったのです。

 今までずっと一緒に将棋を指してきた友達は奨励会に入り、私は女流棋士として対局をしました。定期的に友達と会うこともまったくなくなり、私は本当に将棋が好きなのかと疑問を持ち始めます。将棋自体が好きというより、友達と将棋を指すことが好きだったのではないか。この辺りから自分探しの旅が始まりました。何をして生きていくのか、今度は自分で考えて決めようと思ったのです。格好良く書いていますが中学生ですからね。思い出すのも恥ずかしい位、生きることにもがいていました。

■夢は加藤一二三九段よりも長く現役生活を送ること

 高校3年生、学業か将棋か、選択のタイムリミットの時期に複数の出会いや再会がありました。その1つは今の夫でもあるのですが、どれもが私と将棋を繋ぎ、将棋の世界で生きる事を選ぶには十分でした。中学1年生でデビューし、高校3年生でようやくスタートライン。ずいぶん遠回りをしましたが、私にとっては「自分で選ぶ」ということが何よりも大事でした。自分で将棋を指して生きていくことを選んだのです。

 それから10年程して今に至ります。その間、女王のタイトルを獲得したり、失冠したり、女流棋士会の役員を務めたり、結婚したり、出産を2回したり、それはまぁ色々ありました。最近の一番の幸せはもうすぐ2歳の次女を抱っこしながら一緒にお昼寝をすることです。最高の癒し。ちなみに夢は加藤一二三九段の現役棋士生活よりも長く現役女流棋士生活を送ることです。あと何年???

 女流棋士生活も気がつけば来年で丸々20年。コラムと称して長々と自己紹介をする位には図太くなった訳ですが、そんな私が第2期ヒューリック杯清麗戦の挑戦権を獲得しました。我が家は(主に夫が)騒然。それもそのはずで1年も経たないほど最近まで、私はここ10年で一番と言っていいほどの不調だったのです。

■もうトーナメントプロの道には戻れないかも

 原因は2人育児に想定よりも時間と体力を持っていかれることでした。子どもが小さい間は、自分の時間というのは本当に限られます。更にその限られた時間に将棋の勉強をするためには、体力がなければいけません。文字だけでは伝わらないかもしれませんが、これは相当頑張らないと「将棋の勉強をやろう」という気力自体が湧かないのです。

 昨年度前半に負けが込みました。ある程度は仕方がないと覚悟はしていたのですが、負け方が思っていた以上にどんどんと酷くなっていきます。このままではもうトーナメントプロとしての道には戻れなくなるという不安も出てくる程、自分の将棋の状態が悪いことを自覚しました。

■「何回倒れても立ち上がってくるゾンビみたいだね」

 いわゆる“寝ない子”である次女も1歳を過ぎて少しずつ寝てくれ始め、自分の時間を少し持てるようになったのと同時に、意識的に自分の将棋を戻すトレーニングを始めました。読む力が足りないなら詰将棋を、現代の感覚を養うためにソフト研究を取り入れるなど、自分を分析し、最も足りない部分から徹底的に埋めていく作業を続けました。私個人のnote( 将棋から離れた頭をリハビリしていくお話し )に詳しく書いてあるので、ご興味があればぜひそちらも読んでください。

 少しずつ結果が出始めたのがこの半年程。まさかこんなに早く挑戦権を得られるとは、とても考えられないことです。2回の出産でそれぞれ約4ケ月ずつ休んでいますが、どちらも復帰してそれ程経たずタイトルへの挑戦権を得られました。「何回倒れても立ち上がってくるゾンビみたいだね」なんて夫と話していますが、よくよく考えるとゾンビって失礼じゃない? まぁでも不死鳥とかっていう柄でもないから、ゾンビでいいか(笑)。

■里見香奈清麗は将棋に対して誠実な人

 3年ぶりのタイトル戦、お相手は里見香奈清麗です。前回の産休後に挑戦したのは女流名人戦でやっぱり里見女流名人。里見さんとはこれで4回目のタイトル戦になります。2−3のフルセットが2回ありますが、タイトル戦をひとつの勝負と見れば一度も勝ったことがありません。当たり前ですが、強い人に3回勝つのは大変です(負けるのは簡単なのに)。今回も今まで以上に厳しい勝負が待っているのは間違いありません。ちなみに2回目の女流名人戦フルセットは女流棋界の中でトップクラスに質の高いシリーズだと思っています。女流名人戦中継ブログで見られますので、ご興味があればこちらもぜひ。

 里見さんは感想戦以外であまりお話しをしたことがないのですが、将棋に対していつも誠実です。強さもですが、それよりもその誠実さやひたむきさを眩しく思います。里見さんを目標に、たくさんの人が上に引っ張ってもらっているでしょう。壁は分厚いのですが、それを気にしていても仕方ありません。まずは自分の全力を出し切れなければ勝負にならないのです。その結果として、良いシリーズになればいいなと思っています。 清麗戦五番勝負 は7月4日(土)に開幕します。ご観戦どうぞよろしくお願いいたします!

(上田 初美)

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