最悪拷問の恐怖…産経新聞記者によって中国“タブーメディア”に名前をさらされた話

最悪拷問の恐怖…産経新聞記者によって中国“タブーメディア”に名前をさらされた話

※写真はイメージです ©iStock.com

 想像してみてほしい。あなたにある日、大手新聞社のベテラン記者から取材依頼のメールが届いた。だが、業務に関係する話題を興味本位に取り上げられたくなかったあなたは断りのメールを返信する。

……ところが数日後、新宗教団体○×教の機関紙のウェブサイトに、あなたの名前や経歴を詳しく記した記事が、あなたと「接触した」と称するその記者のコラムとして掲載された。○×教は教義に政治主張が組み込まれたアクの強い団体であり、その日から上司や同僚・近隣住民があなたを見る目が妙に冷たくなった。

 削除を求めたが、その後も記事はネットを漂い続けた。結果、あなたは○×教と対立する危険な政治団体▲■党の党員から「○×教の回し者」だとみなされ、外出するたびに謎の人物に尾行されたり、職場に中傷ビラを送りつけられたり、電話を露骨に盗聴されたりするようになった。

 そこで辛抱たまらず「私は○×教とは無関係だ」と実名でSNSに書き込んだところ、今度は○×教の信者から「お前は俺たちを差別している」「▲■党の手先だ」と攻撃されるようになった。なぜ、記者の取材依頼に断りの返信をおこなっただけで、こんな大変な目に遭わなくてはならないのか──?

■取材を拒否したのに「接触できた」?

 まるでサイコホラー映画みたいな話だが、中国のある大学で教鞭を執る日本人研究者のH氏は最近、似た状況に置かれかけた。さいわい、現時点までH氏はひとまず無事だが、一歩間違えれば上記以上に危険な事態に陥っても不思議ではなかった。

 今年5月下旬、H氏に取材依頼のメールを送ってきたのは産経新聞社の論説副委員長・佐々木類(ささき・るい)氏である。過去には首相官邸記者クラブキャップ、政治部次長、ワシントン支局長などの要職を歴任したベテラン記者だ。

 H氏は本人のツイッター上でメールの本文を公開している。これによれば、佐々木氏は産経新聞社の肩書きを名乗ったうえで、日本の科学者の頭脳流出問題や、中国政府が進める海外研究者招聘プロジェクト「千人計画」について取材したいと依頼。対してH氏は自身の研究に関係がないからと、即座に断りの連絡を入れた。

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 ところが、なぜか佐々木氏は約1カ月後、「この計画(注.千人計画のこと)に参加した日本人研究者と最近、接触できたので紹介したい」と、H氏の実名をあげて経歴を詳細に紹介する記事を発表する。

 しかも発表媒体はなぜか産経新聞ではなく、『大紀元時報』(Epoch Times)という社外の華人系メディアだった。

■“普通のメディアではなかった”寄稿媒体

 以下、佐々木類氏が『大紀元』に寄稿した記事から問題の部分を引用しよう。なお、文中で(※)とした部分は、本文ではすべて実名である。

“この研究者は、中国・上海にある国立の理科系総合大学のF大学(※)で教鞭をとり、10人の研究員を率いて自らも研究を続けているH教授(※)だ。日本や米国でタンパク質の構造などを研究していたが、2015年に千人計画に応募して中国に渡った。

 H教授(※)は、2005年、T大R学部S科(※)を卒業し、09年にT大(※)で修士、12年まで米O大(※)で博士研究員となり、T大で特任助教を務め、F大で教授を務めている。専門は構造生物学だ。現在、F大から教授職と5年間で1億円以上の研究費を提供され、10人の研究員や学生を率いてタンパク質などの研究を続けている。

 筆者は5月下旬、H教授に取材依頼の電子メールを送った。メールには、取材に応じてもらった場合を前提に、中国に渡った動機やH教授のような日本の頭脳流出などについての簡単な質問を列挙した。すると、誠実な人柄なのだろう。その日のうちに返事が来た。だが、「専門の科学分野以外の取材には応じられない」という丁重に取材を断る内容だった。H教授は2018年に紫綬褒章を受章した東大のN教授(※)の研究室出身なので、N教授にも電子メールで取材をお願いしたのだが、残念ながら返事はまだない”
<佐々木類「世界中の頭脳に触手伸ばす中国の「静かなる侵略」 「千人計画」の甘い罠」『大紀元』WEB日本語版(2020年06月26日 06時00分付)>

 取材を断られたにもかかわらず、記事中で実名を出して「接触した」と主張することや、産経新聞の肩書きでメールを送ったのに断りなく他の媒体で記事を書いていることも、コンプライアンス面では非常に大きな問題だ。

 しかし、これらが吹き飛ぶほど深刻な問題は、佐々木氏が寄稿した媒体が『大紀元』だったことである。なぜならH氏のように中国国内で暮らす日本人が、『大紀元』紙上で記者から「接触した」と名指しで書かれることは、身の安全が保証されなくなることとほぼイコールだからだ。

■「強烈な反中共の組織」法輪功

『大紀元』は中国国内で禁じられている法輪功(法輪大法)の系列メディアである。おおもとである法輪功は、神秘性の強い教義をかかげる気功修練団体(事実上は新宗教団体に近い)だ。トップは中国吉林省出身の李洪志で、信者(学習者・修練者)たちの間ではカリスマ的な崇拝対象となっている。

 法輪功は1990年代には中国全土で億単位の信者を集め、共産党内や人民解放軍内にも強い影響力を持った。しかし1999年からは勢力の拡大を懸念した中国政府によって徹底的な迫害を受けるようになった。

 いっぽう、李洪志の亡命先であるニューヨークに拠点を移した法輪功は復讐心に燃え、強烈な反中共イデオロギーを教義のなかに事実上組み込むようになる。

 彼らは傘下の『大紀元』『新唐人テレビ』『希望の声ラジオ』などの各メディアを組織して、虚実入り交じったショッキングな情報を流し、中国共産党や江沢民(法輪功迫害当時の党総書記)を徹底的に攻撃、さらに中国共産党員の脱党勧告運動をおこなったり海外の中国民主化運動関係者と提携したりと、党体制に真正面から牙を剥くようになった。

■法輪功系メディアの取材を受けると電気棒で拷問

 ゆえに法輪功に対する中国国内での弾圧も深刻になった。法輪功側は、中国国内で多数の信者が当局の「臓器狩り」に遭い、臓器売買の犠牲者になっていると主張している。その真偽は不明としても、少なくとも法輪功の信者やシンパが当局による不当な拘束を受け、取り調べ段階で暴力を加えられる例があるのは事実である。

 たとえば、筆者が過去に取材した姜野飛という亡命中の男性は法輪功の信者ではなかったが、四川大地震が発生した2008年5月に法輪功系メディアの電話インタビューに実名で応じたことで、当局から法輪功シンパの疑いをかけられた(拙著『 八九六四 』参照)。

 やがて、派出所に連行された彼は「中国の誤った情報を国外に流した」と非難され、数日間睡眠を与えられず天井から半裸で吊り下げられて、電気棒を何度も肌に押し付けられる拷問を受けている。

 当時の姜野飛はただの労働者で、警官から荒っぽい取り調べを受けやすい社会階層の人物だったのは確かだ。とはいえ当局の法輪功に対する憎悪は強い。中国国内の在住者が法輪功系のメディアと「接触」することは、最悪の場合はこうした仕打ちすら受けかねない危険な行為なのである。

■「宇宙の真理」を知った者

 ちなみに筆者は今年2月、『中央公論』の 短期連載記事 の取材のため、都内で開かれた法輪功の修練に参加してみたことがある。翌日は朝から腰痛と肩こりがすっかり消え、一時的にものすごく体調がよくなったので、(教義や政治的なイデオロギーはさておき)法輪功がかつて中国本土で大ブームになった理由については身をもって納得した。

 いっぽう、法輪功は教義の面においては、修練によって体内で霊性を持つ高エネルギー体「法輪」が回転しはじめ、宇宙の真理に近づき特別な存在になれるとする、一種の超人化思想を説いている。そのためか、「宇宙の真理」を知った者としての高いプライドを持つ信者も少なくない。

 ゆえに法輪功の一部の信者は、教団や『大紀元』に対する批判に非常に敏感だ。たとえ中国の体制に親和的な立場ではなくても、ネット上を含めた公の場で法輪功を批判する行為は、ある程度は腹をくくる必要がある──。

 つまり、法輪功を褒めれば中国当局にマークされ、場合によっては拷問すらも受けかねないが、かといって法輪功を批判すれば信者から抗議を受ける可能性がある。法輪功に対して良くも悪くも関心がない人物が法輪功系メディアで取り上げられることが、いかにやっかいな問題を生むのかは、こうした点からも想像していただきたい。

■「日本のメディアとの接触を一切断つしかない」

 ところで、名のある新聞記者が会社の許可を得た上で他社の媒体に寄稿したり著書を書いたりする事例はしばしば見られる。今回、産経新聞社の論説副委員長である佐々木類氏が『大紀元』に寄稿していた件も、文春オンライン編集部が産経新聞社広報部に問い合わせたところでは「社内規定に基づき社外メディアへの執筆申請が出され、許可しました」とのことだった。

 佐々木氏がわざわざ『大紀元』を寄稿先に選んだのは、同氏の『日本が消える日──ここまで進んだ中国の日本侵略』(ハート出版)などの複数の著書や論考から判断する限り、おそらく「反中共」の面で法輪功と問題意識が一致したためだろう。

 もちろん、日本では信教と思想信条の自由が保障されている。佐々木氏が法輪功にシンパシーを抱き『大紀元』に寄稿する行為も、本人が責任をもっておこなうなら問題はない(産経新聞社の中国総局が吹っ飛ぶ可能性はあるが、それは同社が判断する問題である)。

 とはいえ、それでもH氏の件について悪質なのは、佐々木氏が本当の寄稿先である『大紀元』の名を伏せて産経新聞記者として連絡をおこなった点と、取材を拒否したのに「接触した」としてH氏の実名や経歴を記事中で詳細に記述したことだ。

「今回の件に衝撃をうけています。日本国内からの取材依頼について同様のリスクがあり、再発防止策も取られないとすれば、科学系の記者を含めてメディアとの接触を一切断つしかない。中国メディアよりも日本のメディアに対しておびえるのは理不尽な話ですが、身の安全の確保と、研究・教育環境の維持を考えればやむを得ません」

 上海市内の大学に籍を置く別の日本人研究者はこう話す。

■在中国の日本人を「後ろから刺す」行為

「佐々木氏の手でH氏の名前が『大紀元』に掲載されたのは、H氏が中国におけるラボ開設事情を学会誌に寄稿するなど、研究者内部で積極的に情報を出すタイプの人だったことで、日本のメディアの目に止まったことが一因。今後、日本語ではできるだけ情報を発信しない、自分の名前が日本語で報じられるイベントに出ないなど、自衛をはかるよりほかはありません」(同)

 そもそも、中国にいる日本人研究者はたとえ中国側のプロジェクトに応じて渡中していたとしても、帰国後は日本の教育や学術研究にも貢献する人材となる。また、中国での研究成果を発表した日本人研究者の論文は、国境をこえて人類全体で共有されていく。当然、中国で学んだり働いたり研究活動をおこなっていることと、中国共産党体制を積極的に擁護することがイコールになるわけでもない。

 本来、研究者としての社会的責務には、メディアの取材に積極的に応じて、最先端の知を一般社会に対して伝えていくことも含まれている。しかし、日本の大手メディアの記者と「接触」するだけで法輪功系メディアに名前が出るリスクがあるとすれば、容易にそれもできない。海外にいる日本人研究者を後ろから刺すようなメディア関係者の行動は、日本の国益を毀損するものだと言うしかないだろう。

 なお、文春オンライン編集部は佐々木類氏の著書の出版元であるハート出版に、今回の事態について説明を求めるメールを送り同氏宛てで文面を転送してもらったが、期日までに回答を得られなかった。そこで佐々木氏の勤務先である産経新聞社にも同様の書面を送り、7月6日までに本人に質問内容が伝わったことを確認したが、やはり佐々木氏からの反応はなかった。

 著書のプロフィールでは「徹底した現場主義を貫く」「産経新聞屈指の論客」とされる敏腕ジャーナリスト・佐々木類氏。だが、どうやら文春オンライン編集部と「接触する」ことはお好みではないようである。

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※なお渦中のH氏については、編集部が連絡をとった結果、今回の事件について事情を公開しているツイッターアカウントが本人のものであることを確認。ならびに、ツイッター上で公開された画像の使用許可を得た。

(安田 峰俊)

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