東向島で見つけた“下町の中華料理店” 「450円のラーメン」に72歳店主のやさしさを感じた!

東向島で見つけた“下町の中華料理店” 「450円のラーメン」に72歳店主のやさしさを感じた!

©印南敦史

 東武伊勢崎線の東向島駅を出て右に進み、向島消防署前交差点で水戸街道を渡る。そのまま進めばお目当ての店にたどり着く……はずだったのだが、周辺は静かな住宅地である。こんなところに、B中華などあるのだろうか?

 不安に思いながら歩いていると、「らーめん高山」とだけ書かれた黄色い看板が見えてきた。昭和の時代に建てられたのであろう、2階建ての1階である。

■営業している気配が感じられない……

 だが、夕方は17時30分からだと聞いていたのに、暖簾が出ていない。引き戸も閉ざされていて、営業している気配が感じられない。恐る恐る引き戸を開けてみると、意外なことに店主がいた。「開いてますか?」と声をかけると、無言で肯かれる。

 左側に4人がけのテーブル席が3卓並んでいて、突き当たりの席の頭上のテレビはニュースを流している。いちばん手前の席に座ると、向かいには黄色い椅子が並んだカウンターがあり、その向こうが厨房だ。

■嫌いじゃない“塩対応”

 思っていたより広い。きょろきょろと周囲を見回していると、店主が無言で「甲州のおいしい水」というラベルがついたペットボトルとグラスを持ってきてくれる。これなら水には困らないが、やはりビールが飲みたいので頼むと、ほどなくサッポロ黒ラベルが卓上に置かれる。

 ちなみにこの日は友人と一緒だったので、いろいろ頼んでみようじゃないかということになったのだった。

「餃子ひとつと、チンゲン菜炒め」
「チンゲン菜、きょうはない」
「ないですか。残念……じゃあ、あと春巻きをください」
「……」
「ずっと来たかったんですよ」
「……」

 これは、なかなかの強者である。だが正直、こういう塩対応は嫌いではない。

■まずは春巻きと餃子から!

 それにしても、驚かされるのはメニューの豊富さだ。看板こそ「らーめん」だが一品料理も充実しており、むしろ中華料理店に近いかもしれない。料理が運ばれてくるたびに、そんなことを感じた。

 カリッと揚がった春巻きも本格的だし、餃子も「普通」でうまい。今風ではないかもしれないが、奇をてらうことなく、昔ながらのやり方を続けてきただけ、とでもいうような。

 

 ここは当たりかもしれないなぁと思いながら食べていると、作業を終えた店主はいつの間にかホール側に出てきていて、両手を後ろ手に組んで立ち、テレビのニュースを見上げている。もう一度、話しかけてみよう。

「ここはいつからやってるんですか?」
「30年ぐらいになるんじゃないですか?」
「2代目ですか?」
「いや、俺が最初にやり出して、そのままですよ」
「マスターはおいくつですか? お若く見えるんですけど」
「70越えてるんじゃねえのか?」

■マスターの言葉数が増えてきた

 若く見えるのには、ひとつ理由がある。白衣を羽織っているのだが、その下には紺とスカイブルーのチェックのシャツを着ていて、黒いボウタイをしているのだ。ボトムは深いブルーのデニムで、靴は履き込んだワラビー。センスが若いのである。無意識のうちに「マスター」と呼んでいたのはそのせいだ。

「おしゃれですね」

「いえいえ。あるものはなんでも使うよ。いちいち他人のために着てたり、履いたりするわけじゃないから。自分がいいと思うものでいいわけだから。いまの人たちは気を使い過ぎて、みんな大変だろうと思うよ」

 このあたりから言葉数が増える。エンジンが温まってきたようだ。

「たしかに、いま人の目を気にする人は多いかもしれませんね」

「あんまり気にする必要はないよね。不愉快にしなけりゃいいんじゃないの? うちらの商売でいえば、においだとかに気をつけて、あとはきれいなもんを着れば。蝶ネクタイは、自分が首締めとかなきゃダメな人間だから。ひとりでやってるから、誰も注意するやつがいないじゃない。そうすると、切り替えってけっこう必要なのよ。仕事に入る、客を迎えるっていう。そのためのネクタイだから」

「いいことですね」

「ただ、俺なんかはもうこの歳になるとさ、別に嫌われてもいいやと思っているから、別に気を使うことはないけどね。でも、まあ、最低限ははずせないところがあるだろうから」

■最後は“普通の餃子”に戻ってくる

 人柄は外見に出るものだ。そして身だしなみをきちんとしている人は、仕事もきちんとしているものである。そう考えると、春巻きや餃子がおいしいことにも納得できる。

「うまいですね、餃子」

「ああ、そうですか。いまはみんな、皮にホウレンソウ入れたりとか、いろいろ努力してるとは思うんですけどね。でも最終的には、オーソドックスなほうに戻ってくると思いますよ」

「そうそう、普通が一番いいんですよね」

「食い物なんて、100人が100人おいしいと言うとは限りません。だから、『ああ、俺、こういうの好き』と思って食べられれば一番いいんじゃない?」

■「特別なものがあるわけじゃないから」

「うちなんか、特別なものがあるわけじゃないから。まあ基本的に、ひとつのものをずっとつくってるところが、いちばんわかってるんじゃないかなあ。老舗といわれてるところは、必ず1つか2つ、長年続けてるものがあるじゃない」

 かつて近所にあったB中華の店の店主(当時86歳)も、まったく同じことを話していたことを思い出す。たしかにそのとおりで、100人全員が絶賛するような店のほうが、逆に疑わしいのかもしれない。

 ところでマスターは、どこかの名店で修業を積んできた経験がおありなのだろうか?

■30代半ばまで銀座のバーテンだった

「別に、俺、有名なところは渡り歩いてないですよ。いろんなものを食べ歩きはしましたけどね。調理師学校にも行ってないです。調理師免許は本で勉強して、一発試験で受けて取ったんです。調理師免許試験用のマニュアルみたいな本があるから、それをちゃんと読んでれば誰でも取れますよ。ただ、取るために1年か2年ぐらいどこかに勤めて修業しましたという証明をもらわなければならないから、知ってるやつのところを手伝って証明書を書かしただけ」

 だとすれば、もともとは別の仕事をされていたのだろうか?

「俺はバーテンです。バーテンの世界のほうが厳しかったですね。日本で最初にホテルのバーをつくったのは横浜のホテルニューグランドだと思うんですけど、そこの系列だから、ものすごく厳しかったです。店があったのは銀座の8丁目でね。それが30代の半ばぐらい。俺は1948年生まれだから今年で72なんですけど、この店を出したときが30年前で、40歳ぐらいのときですから。それぐらいまでは銀座で、一番楽しい時代をずっと過ごしてましたから」

 でも、どうしてバーテンから中華の世界に移ったのだろう?

「まあ、女で失敗したっていう。まわりに女性ばっかりじゃない。浮かれてさ、女性ばっか追っかけてましたから、だからダメになっちゃった。もう最低の男でしたよ、俺なんか、逆に(笑)」

■朝は7時前から仕込みを始める

「それがどうして中華につながるんですか?」

「知り合いが八重洲で店をやってたから、さっき言ったように手伝いしたり。なりゆきですよ、ただ。基本的に俺はなりゆきでずっと生きてきてるようなところがあるから、あんまり深く考えてないんですよね。手伝ったりしてたら、『ああ、意外と安い資本でできるよね』とかって思って。だから、若い人によく言うんだけど、『俺は努力しないよ』って。壁にぶつかったら、なんとか横から逃げていけって。なんでわざわざ壁登って、前へ進まなきゃなんねえんだって。いくらでも楽な道はあるだろっていうの」

 この店の営業時間は、11:30〜13:30と17:30〜21:00。昼は2時間しか開けないことになるのだが、それにも理由があるらしい。

「こういう商売って、仕込みと片づけがなかったら楽だもん。仕込みと片づけがあるから時間帯が長くなっちゃうんで、だから仕事で縛っとかなきゃダメな人間にはちょうどいい。俺みたいのがね。でも、だいたいいつも店には朝の6時45分から50分に入ってる」

 つまり、基本的には真面目なのだ。だが人に指図はされたくないようで、だからこの店はずっと1人で切り盛りしている。地元もこのあたりで、住まいは押上。店の周辺は、だいぶ様変わりしたという。

「表通りでは大変だろうから、わざわざ目立たないところを探してここへ来たの。だから、暖簾も出さない。でも、30年ぐらい前は忙しくて大変でしたよ。この辺は昔、プレスだとか金型だとかの小さな工場があったんですよ。そういうところはいつも残業してるから、うちも遅くなっちゃう。9時に閉めてるのに、片づけ終わるのが11時、12時ですよ。それで仕事が終わって、飲む時間も少なくなるじゃないですか。仕方がないから吉原に電話して、汗流させてもらう。

 ああいうところへ行くと馴染みがいて、ちゃんとお酒を用意しといてくれるんだ。電話入れると、『12時までに入れるの?』とかって言われて。だから帰りはいつも、後ろの出口。前はシャッターが下りるから、従業員が最後に出るところへ靴持って出てくるの。ああいうところの女の子も、おもしろかったねえ。飲ましてくれるし、店に入れる入浴料以外はお金いらないとか言われて。俺がモテたんじゃなくて、それだけ粋だったんですよ、店の女の子もね」

■締めは煮干しベースのラーメンで!

 息子さんと娘さんは独立していて、孫もいる。40代の息子さんはずっと同じ会社に勤めており、跡を継いでほしいと思ったこともなかった。

「全然思わなかったですよ。息子の人生、他人の人生ですから。親がこうだからじゃなく、おまえががんばって好きなように進めば、それでいいじゃないかと。まあ、生きてきたら最低限、自分で飯を食うぐらいは仕事しなきゃダメだ。でも、どんな仕事だっていいんですよ。俺は基本的にはもう子どもが20歳過ぎて、親の責任は果たしたと思ってる。だから、おまえはこうしろ、ああしろと言ったことはないですもん」

 話がおもしろすぎてつい聴き込んでしまったが、最後には締めのラーメンをいただいた。具はチャーシューが2枚と、わかめ、玉子、メンマ、そしてネギ。麺は柔らかめだが、締めにはちょうどいい気がする。スープは煮干しベースで、やさしい味わいだ。マスターの人柄が表れているなどと言ったら、「かっこつけすぎだ」と突っ込まれてしまうだろうか。

■「書いてくださいとも言わないし、ダメとも言わないし」

 ところで、お店のことを書いていいかとお尋ねしたら、とても印象的な答えが返ってきた。

「俺、基本的には宣伝してもらうことは好きじゃないですよ。でも、書いてくださいとも言わないし、ダメとも言わないし。それはお客さんが自分で判断することで」
「だったら、書かせてください」
「それはね、俺に言わないほうがいいですよ。勝手にしていただいて。別に名前出さなきゃいいじゃないですか。うちの名前を出さなきゃいいわけだから」
「いや、それは出したいんですけど」
「それは基本的に、聞かれると、ダメですって言いますよ。聞かれないで出されたとしたら、別になんとも。俺は断わってないから、怒りもしませんけどね」
「じゃあ、聞いてないことにします(笑)」
「だから、聞かれたらダメって言いますよ」

 というわけで、顔写真を撮らせていただくことは遠慮した。しかし帰りがけには出口まで見送ってくれたり、どうしても人柄のよさが滲み出てくる方なのだった。

 撮影=印南敦史

INFORMATION

らーめん 高山
東京都墨田区東向島6-29-1
営業時間 11:30〜13:30、17:30〜21:00
定休日 日曜日

餃子 450円
春巻 500円
らーめん 450円
ビール 450円

(印南 敦史)

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