被害者の娘・3歳の幼児にも通電した残忍さの陰で「初めて見せた“親の顔”」

被害者の娘・3歳の幼児にも通電した残忍さの陰で「初めて見せた“親の顔”」

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 将来の結婚をちらつかせて夫と離婚させた末に同居し、カネを騙し取っていた原武裕子さん(仮名)に対して、松永太の態度が豹変したのは、1996年10月下旬のことだ。

 松永と緒方純子の第2回公判での冒頭陳述において、検察官は以下の言葉で当時の状況を再現した(冒頭陳述の引用は〈 〉内に記載)。

■態度を豹変させ、本性を?き出しに

〈夕方ころ、『曽根アパート』(仮名)において、同被害者(裕子さん=公判では「被害者乙」との呼称)に対し、いきなりその顔面を平手打ちにし、その髪の毛をわしづかみにして振り回し、その着衣を引きちぎるなどの暴行を加え始め、態度を豹変させて本性を?き出しにした。

 そして、被告人緒方も、その間、上記共謀の下、被害者乙に対し、「抵抗しない方が良いよ。」と言って突き放すなどして、同被害者の抵抗意欲を阻害し、これに加勢した。

 引き続き、被告人松永は、そのころから翌日早朝ころまでの間、『曽根アパート』において、被告人緒方に命じて、電線に金属製クリップを装着させた電気コードを用意させ、同クリップで被害者乙の指、腕、脇の下及び耳等を順次挟ませた上、同被害者に対し、延々と、その身体に通電させる暴行を加え続けるなどした。

 これに対し、被害者乙は、被告人松永の豹変ぶりに驚愕・混乱させられ、また、通電の際の強烈な痛みに激しいショック状態となり、加えて、いつ終わるとも知れない通電への恐怖感からパニック状態となり、以後、抵抗不能状態に置かれた〉

■事前に器具を用意していた“通電”による虐待

 裕子さんと同じく監禁致傷の被害者である少女・広田清美さん(仮名)やその父・広田由紀夫さん(仮名)に対して、かつて行われていたのと同じ“通電”による虐待がここでも登場する。裕子さんへの暴行を始めて、すぐに器具が出てきたということは、松永と緒方がその日に使用することを想定して、事前に用意していたということだ。

 冒頭陳述によれば、松永は裕子さんに暴力を振るうようになってから、それまで『片野マンション』(仮名)で生活させていた少女・清美さんを、裕子さんがいる『曽根アパート』に連れて来たという。そして清美さんを裕子さんと一緒に四畳半和室に閉じ込め、外側から南京錠で施錠し、寝起きをともにさせていた。このようにして清美さんに、裕子さんの行動を見張らせていたのである。同時に裕子さんと3歳の娘を引き離し、娘を緒方の手許に置くことで人質にした。

■恐怖で思考停止、さらに3歳の娘を人質に

 娘を人質に取っていたこともあり、松永はホテルで働く裕子さんに、通勤を続けさせている。ただし、十分な所持金は与えずに500円程度の小銭しか持たせず、携帯電話でこまめに連絡を入れるように命じていた。そして裕子さんが『曽根アパート』に帰宅すると、連日のように午前4時頃まで通電の虐待を繰り返したのである。

 平時であれば、警察に駆け込むなり、外部に助けを求めるといった解決方法があるのではと考えられるが、松永への恐怖はその思考が停止するほどのものだったということが窺える。冒頭陳述では、通電の被害が裕子さんに止まらなかったことにも触れている。

〈時には上記3歳の二女に対し、前同様に通電させ、あるいは、通電する旨同被害者(裕子さん)に告げるなどして恐怖感を増大させて、同被害者を意のままに従わせた〉

 その結果、松永と緒方は裕子さんにクレジットカードで、合計約50万円相当の貴金属の購入を命じて質屋で換金させたり、カードローンで50万円を借り入れさせた。また、裕子さんの私物であるカシミヤコートや、松永から貰った女性用ペアウォッチなども入質して現金化させられている。

■犯行が露呈しないように偽装工作も

 このように裕子さんを暴力と脅しで支配下に置いていた松永と緒方は、犯行が露呈しないように、新たな偽装工作も行っていた。

〈平成8年(96年)11月中旬ころから同年12月中旬ころにかけて、2回にわたり、同被害者に対し、「前夫や義母と会って幸せにやっていると伝えてこい。この時計を前夫に渡して来い。」などと命じ、携帯電話機を持たせてこまめに連絡を取らせるなどして監視下に置いた状態で、同被害者を前夫らと面会させた上、上記同様の思い出の品である男性用ペアウォッチを単品で購入したものと装わせて前夫にプレゼントさせるなどして、同被害者が経済的にも満ち足りた幸福な生活をしているように偽装させ〉ていたのである。

 こうしたなか、12月中旬に虐待の苦痛に耐えかねた裕子さんが、「『曽根アパート』を出たい」と本音を漏らしたことから、彼女の逃走を阻止する必要があると感じた松永は、12月29日の未明に通電を行いながら、勤務先への辞表を書くように命じて従わせた。そして、その日の午前中のうちに職場に提出させたのである。

■生活も制限され通電暴行による制裁

 外部との接触を断ち切られた裕子さんは、南京錠をつけた四畳半の和室に閉じ込められた。さらには翌30日夕方から31日未明まで延々と通電され続け、「逃げようとしたら捕まえて電気を通す」と脅された。その日以降は、日中も松永の気分次第で通電が行われ、室内で立たされ続けるなどの苦行も強いられた。そして、通勤用の制服を勤務先に送り返させられた彼女は、自由な着替えを許されず、スウェットの上下のみの着用を強制されていた。そのうえで生活にも制限が設けられている。

〈入浴は、約2週間に1回程度、被告人松永の気が向いた時にしか許さず、排便にも、逐一被告人松永の許可を必要とし、小便は、同和室内に用意したペットボトルに排出させることもあった。

 さらに、被告人両名は、その間、被害者乙に対し、満足な食事は一切与えず、被告人緒方が用意したラードを塗った食パン約8枚と水のみを与え、被告人松永が、「20分以内に食べろ。」などと命じ、同パンを口の中に詰め込ませて水で流し込ませるという拷問的な苦行を強いた上、これが出来ない場合には、上記同様の通電暴行により制裁を加えるなどしていた。

 加えて、被告人両名は、被害者乙に対し、二女を同被害者から引き離して被告人緒方の監視下に置き、両名の自由な会話さえ許さず、時には、同被害者の面前で二女の身体に通電させ、あるいは、通電する旨被害者に告げるなどして、その恐怖感を増大させた〉

■生命の危険を感じ、アパートの2階窓から飛び降りて……

 法廷では、検察官が淡々とその状況を読み上げるなか、3歳の幼児を巻き込む残酷な犯行内容に、傍聴人は一様に息を呑む。被告人席で微動だにしない緒方とは対照的に、松永は体を小刻みに動かし、ときにそれは違うと言いたげに首を横に振ったりしている。

 松永と緒方は、前述の虐待を繰り返しながら、起訴状の付表について取り上げた内容で、96年12月29日から97年3月10日までの間に7回にわたって、裕子さんから現金計198万9000円を強取したのだった。

 なお、冒頭陳述で裕子さんは、97年1月頃に松永と緒方から「あんたにサラ金から借りてもらったカネは使ってしまい、もう残っていない。あんたの生活費に使ったのだから、自分たちには責任がない。あんたは内縁でもなんでもなく、赤の他人なんだから」などと冷たく言い放たれたことで、当初からふたりが自分をカネづるにするつもりで近づいてきたこと、松永には結婚の意思など毛頭なかったことを悟ったとある。

〈しかし、被害者乙は、既に精神的にも肉体的にもボロボロで、涙も枯れ果てており、被告人松永から裏切られていたことをなじる言葉すら発することができなかった〉

 そのような状態が2カ月近く続いた97年3月中旬。裕子さんに通電をしながら松永が、「電気を通して死んだ馬鹿な奴がいる」や「自分を脅迫した相手が踏切事故で死んだ」と恐怖感をさらに煽る言葉を口にしたことから、彼女は生命の危険を感じるようになった。そして3月16日の午前3時頃、『曽根アパート』の2階窓から飛び降りて逃走。入院加療約133日間を要する重傷を負ったというものだ。

■長男・次男の実名が出たことに抗議した緒方

 これらに被告人のふたりを逮捕した経緯などを加え、1時間あまりかけた検察側の冒頭陳述は終了した。すると、緒方が手を上げて発言を求める。

「どうして私の子の実名が出なければならないんでしょうか。被害者の方は名前が伏せられています」

 冒頭陳述で「被告人両名の身上、経歴等」について触れた際に、彼らの長男、次男の実名が出たことに抗議の声を上げたのである。その緒方の言葉を受け、すぐに松永が「子供のことについて、純子が言うように問題があるんじゃないですか」と大声で追従した。

 ふたりの弁護団が、被害者が匿名となるのと同様、子供についても配慮すべきだと抗議するなどした結果、裁判長は「これからは長男、次男とします」と新たな方針を表明した。

■裕子さんによる調書類については「不同意」

 その後、検察側が申請した証拠書類について、弁護側が被害者甲(清美さん)による供述調書などは「同意」とし、被害者乙(裕子さん)による調書類については、その多くが「不同意」であるということを示した。

 最後に、次回の第3回公判は10月7日の予定であると日時を指定してから、午後5時25分に裁判長が閉廷を告げた。

 同公判が終了したとき、刑務官に手錠をかけられた緒方は、先に立ち上がって出口に進む途中で、まだ座っていた松永の目の前に顔を近づけ、「大丈夫?」とでもいうような笑顔を見せた。それから弁護団の前を通る際にも、なにかを語りかけると、ふたたび笑顔を見せた。第1回公判の終了時と同じく、いくぶんこわばった表情の松永と、笑顔を見せた緒方の姿は対照的だった。

 この段階でふたりは、捜査員による殺人容疑の追及について、依然として“黙秘”を貫いていた。

(小野 一光)

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