出所する囚人に整形手術をすると……けっきょく“見た目がすべて”なのか

出所する囚人に整形手術をすると……けっきょく“見た目がすべて”なのか

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心とからだ、どっちの浮気がより傷つく?――嫉妬には男女でこれだけ差がある から続く

作家・橘玲さんの「週刊文春」連載が『 女と男 なぜわかりあえないのか 』(文春新書)として書籍化。その一部を紹介する。女と男、この厄介な関係性の正体とは――。

■性格や成績はモテとほとんど関係がない

 あらためていうほどのことでもないのだが、外見は第一印象に大きな影響を与える。

 1960年代の有名な実験では、アメリカ、ミネソタ大学の一年生を対象に研究者が「お見合い」を主催した。

 学生たちは最初に性格検査を受け、上級生がひそかに外見的魅力を測定した。その後、コンピュータがランダムに選んだ相手とペアになって2時間半ほどのパーティに参加し、「このときのパートナーともういちどデートしたいか」を訊ねられた。

 研究者の手元には、参加者の性格、大学の成績、外見的魅力のデータが揃った。これらの要素と「モテ」がどう関係しているのかを調べるのが実験の狙いだ。

 その結果を要約すると、「男らしさ/女らしさ」を含め性格はモテとほとんど関係なく、成績がいいか悪いかも同じだった。男子学生も女子学生も、もういちどデートしたいと判断した基準は、唯一「外見の魅力」だった。

 この実験は大きな衝撃を与え、その後、さまざまな検証が行なわれたが、その結果は残念なものだった。

「恋活パーティ」方式でつき合いたい相手を自由に選択させたところ、外見とモテの相関関係はさらに上がって圧倒的になった。性格が似ているカップルと似ていないカップルを組み合わせた実験では、性格の一致はたしかに好感度を高めたが、外見さえよければ性格不一致でも同じくらいモテた。

 相手の内面を知れば外見は重要ではなくなると考えた研究者もいたが、デートを5回繰り返しても外見の魅力の影響力は変わらず、内面はまったく考慮されていないかのようだった。女性の写真を使った日本の実験でも、「デートに誘いたい」「恋人にしたい」理由は美しさが飛びぬけていた(※1)。

■「外見」より重要な要素

 だがここで絶望することはない。これらの実験はすべて大学生を被験者にしていて、さまざまな年齢や職業の男女が出会う状況を再現できているわけではないからだ。

 だとしたら、大人の恋愛ではどうなのか? これは婚活サイトのビッグデータを使った研究があって、そこでは「外見」より重要な要素があることが示されている。それが、女の「若さ」と男の「カネ」だ。

 美人の女も、年をとるとモテなくなる。イケメンの男も、失業していたり低収入だったりすると女から相手にされない。──これがなぐさめになるかはわからないが。

 外見の魅力は「モテ」だけでなく、人生のさまざまな場面に及んでいる。今回はそれを驚くべき方法で確認した研究を紹介しよう。

 最初に断っておくと、1966年に発表されたオリジナルの論文は残念ながら入手できなかったので、この研究を取り上げた1974年の書籍からの孫引きになる(※2)。

■醜い囚人に整形手術をすると

 研究者は、外見の社会的影響を知るために、刑務所の囚人に整形手術を行なった。なぜこんなことをしたかというと、「醜い者が犯罪者になりやすく、外見がよくなれば罪を犯しにくい」という仮説が正しいかどうかを調べるためだ。

 実験の対象はニューヨーク市刑務所に収監され、釈放を目前に控えた「醜い囚人」だ。被験者は(1)整形手術のみを受ける、(2)整形手術と(職業訓練など)社会復帰の支援を受ける、(3)社会復帰の支援のみを受ける、(4)なにもしない(対照群)、の4つのグループに割り振られ、さらに薬物(ヘロイン)依存症かそうでないかでも分類された。

 囚人が釈放されると、研究者は1年後にどうなったかを調べた。その結果は、薬物依存症者については、整形手術を受けても、社会復帰の支援を受けても、再犯率にほとんどちがいはなかった(なにをしてもムダだった)。

■整形手術の効果

 だが、それ以外の被験者には信じがたいほどの効果があった。整形手術を受けた囚人は(社会復帰の支援を受けたかどうかにかかわらず)、なにもしない囚人に比べて再犯率が36%も低かったのだ。

 その一方で、関係者が困惑するような結果もあった。社会復帰の支援のみを受けた囚人の再犯率は、なにもしない囚人より33%も高かったのだ。

 なぜこんなことになったのだろうか。第一印象の大きな影響力を考えれば、整形手術の効果については説明が可能だ。

 研究者の定義する「醜さ」とは、ナイフでつけられた傷、喧嘩で欠けた耳、薬物の注射痕、刺青などだ。これは、「私は犯罪者(薬物依存症者)です」という看板をぶら下げているようなもので、社会に戻っても(犯罪者仲間以外には)誰にも相手にされず、生きるために犯罪を繰り返すしかなくなるのだろう。

 薬物依存症者に(注射痕を消す)整形の効果がなかったのは、それが脳の報酬系のトラブルだからだろう。薬物への渇望は、外見を変えたくらいではどうしようもないのだ。

■負の烙印からの解放

 研究者は、スカーフェイス(刀傷のある顔)のような「顔貌の醜さ」を整形する方が、刺青のような「ボディの醜さ」を変えるよりも効果が高いと述べている。これも、「顔」が第一印象の大部分を占めることから理解できるだろう。

 窃盗や恐喝などで収監されていた囚人は、整形手術によって「犯罪者」の看板が外れたことで、社会復帰がずっと容易になった。醜さがスティグマ(負の烙印)になっていたひとたちが、そこから解放されて自尊心を取り戻したということもあるだろう。

 社会復帰の支援のみを受けた囚人の再犯率が対照群より3割も高くなった理由は、この実験からはわからない。ただしこのグループは、「社会的関係性が貧しく、それによって社会からより排除される傾向があった」とされる。

 職業訓練などの囚人向けのプログラムに問題があって、支援の趣旨とは逆に、「更生なんかできっこない」という絶望を植えつけたのだろうか。しかしそうなると、整形手術と社会復帰の支援を両方受けた囚人の再犯率が低くなった理由が説明できない。

■整形手術は更生の手段となり得るか

 この実験が示したのは、スティグマを負ったまま社会復帰の訓練を受けるのは逆効果だが、「犯罪者」の看板を外すと負の効果は消えるらしいということだ。「出所を間近に控えた囚人に社会復帰の支援はしない方がいい」というのは関係者には受け入れがたいだろうが、職業訓練によって逆に社会から排除される意識が強まるのかもしれない。

「半世紀も前の実験に科学的な価値があるのか」という批判は当然あるだろう。「囚人への整形手術が有効だとの客観的なエビデンスはほとんど確認できない」との報告もある。しかしその一方で、陪審員(あるいは裁判官)の判決が被告の外見によって変わることが繰り返し示されている。

 この実験を主導した研究者は、これほど効果があったにもかかわらず、「整形の費用を考えれば、それに見合う利益があるかは疑問だ」と結論している。だがいまでは整形技術は大きく進歩し、費用は安くなった。だからといって「囚人に整形手術をしろ」とはいわないが、日本でもエビデンス(証拠)に基づいた議論ができれば、罪を犯したひとたちの更生の道も開けるのではないだろうか。

(※1)越智啓太『美人の正体 外見的魅力をめぐる心理学』実務教育出版
(※2)Ellen Berscheid and Elaine Walster(1974)Physical Attractiveness, Advances in Experimental Social Psychology

(橘 玲)

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