闇サイト殺人事件 残虐な犯行に対する「死刑判決」はなぜ覆ったのか

闇サイト殺人事件 残虐な犯行に対する「死刑判決」はなぜ覆ったのか

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 ネット掲示板「闇の職業安定所」で集まった互いに素性を知らない男たちが起こした凄惨な事件「闇サイト殺人事件」。何の落ち度もない被害者女性に対し、金目的で無差別に牙を剥くという無軌道な犯罪を起こしていながら、実行犯3人のうち2人は無期懲役判決が確定し、被害者遺族を落胆させた。この判決に至った理由とは一体何だったのだろうか。

『死刑賛成弁護士』 (文春新書)より、さまざまな事件に携わってきた弁護士による死刑制度への思いを引用し、紹介する。

筆:宇田幸生(弁護士)

◇◇◇

■犯人の執拗な脅しのなかで利かせた機転

 いわゆる「闇サイト殺人事件」とは、2007年8月24日に名古屋市千種区の閑静な住宅街で帰宅途中の磯谷利恵さん(当時31歳)が、3人の男に突如、拉致されて、金品を奪われたうえに、残虐な方法によって殺害され、亡骸を山林に遺棄された事件を言います。この事件の特殊性は、犯人らが犯罪仲間を募るインターネット上の掲示板「闇の職業安定所」を通じて知り合ったことでした。

 それまでは互いに見ず知らずだった男らが、犯行の数日前に闇サイトを通じてグループを結成したうえで短期間で凶悪な犯行に及んだことは、社会を震撼させ、メディアにおいても度々報じられました。

 犯人らは犯行グループを形成するにあたり、互いが少しでも他のメンバーよりも優位に立とうと虚勢を含めた様々な犯罪歴を披露し自らの力を誇示しあいました。そして、犯行計画についても、それぞれの過去の犯行経験を共有しながら次第に巧妙で凶悪な計画を推し進める方向になりました。その結果、手っ取り早く楽にお金を稼げる手段として、真面目で貯金をしていそうなOLを標的にした強盗殺人を計画するに至ったのです。

 犯人らは、金槌やロープ、包丁などの凶器を事前に準備したうえで、利恵さんに狙いを定めて犯行を実行に移しました。利恵さんを車内に拉致すると、キャッシュカード類の金品を奪い、カードの暗証番号を聞き出すべく脅迫行為を続けました。その脅迫文言は、覚せい剤を用いたレイプを仄めかすものや、包丁をちらつかせて切れ味の悪い包丁だから簡単には絶命しないだろうと脅すもの、命を奪うまでのカウントダウンをするなどという内容であり、車内で長時間に渡って屈強な犯人らに囲まれた利恵さんの恐怖は想像を絶するものでした。

■偽の暗証番号に込められた思い

 しかし、利恵さんはそんな犯人らの執拗な脅しに屈することなく、預金払戻しを阻止するため、最後には機転を利かせて事実と異なる暗証番号「2960」を犯人らに告げたのでした。この「2960(ニクムワ=憎むわ)」の番号の意味するところについては、極限状況におかれたなかでの利恵さんの思いが込められたダイイングメッセージとして、これまでにもメディアで繰り返し取り上げられています。

 暗証番号を聞き出した犯人らは、これほどの脅迫で聞き出した番号にまさか間違いはあるまいと思い込み、その場で預金の払戻しを試すこともなく、もはや用済みとばかりに、車内で命乞いをする利恵さんの首を腕で絞めつけ、金槌で頭部を何度も殴打し、ロープを頸に巻き付けてさらに頸を締め付けるなどして、最後まで生きようとし続けた利恵さんを絶命させ、その亡骸を山中に遺棄したのです。その犯行態様は凄惨かつ容赦のないものであり戦慄を覚えざるを得ないものでした。

 その後、事実と異なる暗証番号のために預金の払戻しに失敗した犯人らは、グループ内で仲違いをはじめ、犯人の1人が減刑のために自首をしたことによって犯行は発覚し、他の2人も逮捕されました。

■罪をなすりつけ合う犯人たち

 2008年9月から始まった刑事裁判では、犠牲となった被害者数が1名であったとしても死刑が適用されるかが大きな焦点となりました。

 当時はまだ、被害者やその遺族が法廷内で刑事裁判に参加できるという被害者参加制度は存在していません。そのため、利恵さんの母親である富美子さんは、被害者やその家族にとって余りにも少ない制度の枠組の中で刑事裁判に関わるほかありませんでした。それでも、富美子さんは法廷傍聴を続けられ、犯人らが互いに罪をなすりつけ合ったり、逮捕された原因を非難しあうといった醜い争いに直面しながらも、自らの想いを訴えるべく、ときには検察官側の証人として、ときには被害者遺族として法廷に立たれてきました。

 また、裁判外においても、犯人らの極刑を求める署名活動を街頭やご自身のホームページ上で続けられました。自らの個人情報を明らかにして活動を続けられたため、ときには、見ず知らずの者が突然、自宅に訪れたこともあります。しかし、そういった心身に危険が及ぶ事態すら想定されるなかでも、娘の利恵さんの無念を晴らし、犯人らの極刑を望むという一心が、富美子さんの活動の原動力となっていたのです。

■遺族の思いは退けられた

 そして、その富美子さんの思いに多くの方々が賛同し、最終的には33万2806筆もの署名が集まりました。それらの署名は刑事裁判の中でも証拠として提出がなされ、裁判官にも届けられました。

 2009年3月の第1審の地方裁判所では、自首をした被告人のみ無期懲役、他の2人の被告人には死刑の判決が下されました。その後、3人は控訴しましたが、死刑判決を受けていた被告人のうちの1人は、自ら控訴を取り下げたことにより死刑が確定しました。

 その結果、第2審の高等裁判所では自首をした被告人ともう1人のみについて裁判が続けられることになったのですが、ここで第1審の判決が覆されてしまいます。

 第2審の判決では、自首をした犯人だけでなく、もう1人の犯人もまた「犯罪傾向は進んでいない」「被害者は1名である」などを理由として無期懲役の判決が言い渡されました。

 そして、最終的に最高裁判所にて2012年7月に無期懲役が確定しました。

■同じ死刑基準でも結論に大きな差

 今回の事件では、第1審・第2審ともに判決の中で、死刑適用の判断にあたって、いわゆる「永山基準」と同様の基準を用いることが明言されていました。ここで言う、死刑基準とは次のことを指します。

「犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない」

 このなかに出てくる「一般予防」とは、罪を犯した者を処罰することで、世間一般に警告して再び犯罪が発生しないよう戒める、いわゆる「見せしめ」的な考え方を指します。

 このように第1審・第2審ともに、同じ死刑基準を採用すると明言していたにもかかわらず、結論に大きな差が生まれた理由は、「インターネットを通じて短期間の間に残虐な凶悪犯罪を計画して遂行した」という今回の事件の特徴的・象徴的な部分についての評価や、被害者数が1名であることについての評価について、第1審と第2審で考え方が分かれたことに大きな原因があるように思われます。

 まず、インターネットを通じて知り合った犯行グループによる犯罪という今回の事件の特徴的・象徴的な部分について見ていきたいと思います。

■第一審では厳罰な処置が検討された

 第1審判決では、見ず知らずの者同士が虚勢をはったり、悪知恵を出し合うなどして互いの力を利用しあうことで、1人ではできない犯罪が遂行できるようになり、犯罪の凶悪化、巧妙化に繋がる危険性が高いと指摘しました。そして、今回の事件はまさに、犯罪の凶悪化・巧妙化に繋がる危険性が現実化した事件であると判断したのです。

 さらに、相互に素性を知らない匿名性の強い集団であるために、犯行グループが解消され、お互いに連絡手段を絶ってしまえば、犯人を発見し、逮捕することは極めて困難になることが予想されます。第1審ではこうした事態を考慮して、判決で「犯罪が模倣されるおそれも高く、社会の安全に与える影響も大きく、今後同様の犯罪の発生を防止するためにも、他の強盗殺人事件に比べて厳罰をもって臨む必要がある」ことが強調されました。

■「犯罪傾向が進んでいない」というための不可思議な論理展開

 これに対して、第2審判決では、おおむね次の点を指摘しました。

(1)見ず知らずの者同士の犯行の場合には、意思疎通の不十分さから計画も不十分となり、犯行が失敗に終わりやすい面があること

(2)今回の事件でも利恵さんが、富美子さんのために必死に預金を守ろうとして真実とは異なる暗証番号を伝えた結果、犯人らが奪ったキャッシュカードでの預金の払戻しに失敗するなど、犯行がさほど巧妙ではなかったこと

(3)素性を知らない者同士ゆえに結束力の乏しさから早期の検挙にも繋がったこと

 さらには、第1審で挙げられた「インターネットを通じて集まった素性を知らない者同士が短期間で犯罪を計画遂行する場合に、お互いに虚勢を張り合うなどして、犯罪が凶悪化しやすい」点については、「そのような状況であるがゆえに、犯罪傾向が進んでおらず矯正可能性がある者であっても今回のような罪を犯しかねない」と指摘したのです。

 そして、あろうことか、殺害の態様が残虐になったのは、利恵さんが簡単に絶命しなかったためであるという驚くべき判断をしたのでした。

 つまり、2審の判決は、被告人らは犯罪傾向が進んでおらず、矯正可能性もある者であり、この凶悪犯罪が起こった原因は、犯行当時の状況によるものだと言っているに等しいのです。

■死刑回避を前提にした不合理さ

 とりわけ不合理さを感じたのは、「犯行がさほど巧妙ではなかった」「殺害態様が残虐になったのは被害者が簡単に絶命しなかったため、殺害の手段を次々に変えた結果」などという点を死刑回避の事情の一つとして指摘していたことです。

 利恵さんが預金を必死に守ろうと機転を利かせて異なる暗証番号を告げたために犯行が失敗に終わったこと、そして、生きることを最後まで諦めなかったために凄惨な方法で殺害されたという、その経緯が死刑判決を回避するための方便として使われてしまっています。

 そのこと自体、利恵さんや遺されたご家族の想いを踏みにじるものであり、二次被害そのものではないでしょうか。

 第1審判決と第2審判決の判決理由を比較するたびに、死刑を選択した第1審判決の方が説得力を持っていると感じざるを得ません。

 自首をした犯人については、第1審・第2審を通じて自首による減刑を認め、無期懲役の判決が下され確定しています。

■死刑執行が「一歩前に足を踏み出す区切りに」

 2008年9月から開始された刑事裁判は、最高裁判所で判決が確定する2012年7月まで約4年にわたって続きました。この間、2008年12月には被害者参加制度が開始され、2009年5月には裁判員裁判も始まり、刑事裁判をめぐる制度は大きく変貌を遂げています。そんな制度の変革期のなかで、富美子さん自身も、精力的に講演活動を続けられ、被害者や被害者のご家族が置かれた状況、死刑基準の問題点を社会に訴え続けられています。

 この間、第1審の死刑判決が確定した犯人は、2015年6月に死刑が執行されています。このとき富美子さんは、「一つの命が消えたと思うと、普通の人間なので嬉しいという気持はありませんでした。ただ、一つ大きなことが終ったという気持ちはしました。ホッとしました。娘の惨い姿につながる事件の事は忘れて、笑顔の娘だけを思い出に生きていきたいと思っている私にとって、死刑執行は、事件を離れて一歩前に足を踏み出す大きな区切りになりました」と想いを述べられています。

 一方、死刑から無期懲役となった犯人の1人は、その後、闇サイト殺人事件以前に犯していた別の強盗殺人事件で検挙され、2019年8月に改めて最高裁判所で死刑が確定するに至っています。「矯正可能性がある」などとして死刑を回避した当時の第2審判決は、あくまでも今回の事件の刑事裁判で提出された証拠に基づいて判断されたものです。しかし、実際には当時発覚していなかった余罪が既にあり、今回の事件もまた複数実行されていた凶悪犯罪の一つでしかなかったことが明らかになるにつれ、「矯正可能性がある」とした当時の第2審の判決理由には虚しさを覚えざるを得ません。実際のところは「被害者数が1名である」場合には死刑を回避することを前提に、不合理とも呼べる理由を積み重ねて、判決が下されていたとしか思えないことは、これまで述べたとおりです。

■1人だけの殺害なら刑務所に入るだけで済む?

 犠牲になられた被害者が複数でなければ死刑にはならないという誤った認識のもと、刑務所に入ることを希望して、意図的に犠牲者数を調整のうえ、事件を犯したのではないかと疑いを持たざるを得ない、いわゆる2018年新幹線殺傷事件のような事件も起きています。

 死刑基準がひとり歩きすれば、1人だけなら殺害しても刑務所に入るだけで済むという誤ったメッセージを社会に垂れ流すことになりかねません。

 人の生命を1人でも奪う凶悪犯罪には、死刑をもって臨むのが原則であるという毅然とした姿勢を社会に発信し続けていくことが、犯行を防止するとともに、社会に対する大きな戒めにもなり、本当に国民にとって安全安心な社会が実現する礎になるのではないかと思わずにはいられません。

「娘は虫けらのように殺された」闇サイト殺人事件の遺族が3人の死刑を求めた理由 へ続く

(犯罪被害者支援弁護士フォーラム)

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