note代表が見届けた真剣勝負「もう1局、指すなんて信じられない」

note代表が見届けた真剣勝負「もう1局、指すなんて信じられない」

2013年、第71期名人戦七番勝負第1局で羽生善治三冠(手前)に勝利した森内俊之名人 ©時事通信社

 7年前、新聞社に名人戦の観戦記を依頼していただいた。ちょうど会社を創業したばかりの猛烈にドタバタしていた時期で、その依頼をどうするかはさんざん悩んだのだが、森内俊之名人対羽生善治三冠、というゴールデンカードの魅力に抗うことは難しく、引き受けることになった。

 東京の椿山荘で行われたその対局は、森内名人が勝利した。

 数日後、観戦記を書く私のために、まだ創業したばかりの弊社オフィスまで、森内名人がわざわざ訪ねて来てくれた。オフィスと書いたが、当時はまだ社員も数人で、20平米くらいの小さなワンルームだった。そこに時の名人が訪ねてきて、自分の将棋を解説してくれたのだ。

 渋谷の片隅の雑居ビルの部屋に、私服の森内名人が座って、私と将棋盤をはさんで将棋を解説してくれている風景は、いま考えても不思議で、わざわざ来てくださった森内さんには感謝してもしきれないと思っていた。

 今回、叡王戦の第3、4局の観戦レポートを、文春オンラインから依頼いただいた。対局者が永瀬拓矢叡王と豊島将之竜王・名人という魅力的なカードなことにも加え、立会人が森内九段だという。それはやらせていただくしかない、ということで、今回このようなことになっている。

■盤上の表現者である棋士というクリエイター

 いま私は、noteというウェブサービスを運営する会社を経営している。noteは、さまざまなひとが、自分の想いを発信する場として使われるサービスだ。いまでは学生や主婦、ビジネスマン、プロの作家、ミュージシャンなど、本当にさまざまなひとが使ってくれている。最近は、棋士・女流棋士の利用も増えていて、 遠山雄亮さん や 山本博志さん 、 上田初美さん 、 山口絵美菜さん などが情報を発信している。

 もともと私は出版社で編集者をしていて、作り手の想いを世に届ける手伝いを仕事にしている。いまの仕事もその延長にあって、ひとびとがどんなことを思っていて、それをどうやってみんなに伝えていくのか、ということに興味があるし、今後もそこを手伝っていけたらと思っている。

 将棋ファン歴は、――いま数えたら30年近くになっていて自分で驚いたが――けっこう長い。飽きっぽい私が、なぜこんなに魅力を感じ続けているのかを考えると、盤上の表現者である棋士というクリエイターに惹かれているのではないかと思う。一手一手の指し手に、棋士の想いや、意地とか人生とか、いろんなものが込められていて、それが対局ごとに正面からぶつかり合う。

■対局の朝はガラガラの新幹線に乗って

 7月19日、日曜日の朝、私はコロナ禍でガラガラの東海道新幹線に乗って、東京の自宅から名古屋へ向かった。叡王戦第3局の対局は、名古屋の大須にある「亀岳林 万松寺」で行われる。

 13時前には、万松寺についた。商店街のアーケードに面しているお寺で、昨年の棋聖戦、一昨年の名人戦でも対局場に選ばれている。

■タイトル戦は本当に多くのスタッフに支えられている

 会場入りのあとは、控室で関係者のみなさんに挨拶をした。今回は主催のドワンゴ社によるニコニコ生放送での中継クルー以外に、ABEMAのスタッフも来ていた。その他には将棋連盟の関係者と記者たちだ。以前の名人戦でも痛感したが、タイトル戦は本当に多くのスタッフに支えられている。

 対局は14時からなので、15分くらい前には控室を出て、階下の対局室に向かった。途中、和服の森内九段と再会したので挨拶をしたところ、7年前の名人戦の観戦記を担当したことを覚えてくださっていて感激した。

 対局者の二人はまだ来ていなく、立会人の森内九段と、記録係の高橋佑二郎三段だけが盤の横に座り、周囲にはカメラを構えた記者が陣取っている。対局者の二人の席には、事前の注文に応えた形でバナナや飲み物がセッティングされていた。

 しばし待つと、挑戦者の豊島竜王・名人、そして防衛する永瀬叡王の順に入室してきた。二人とも、和服だ。永瀬叡王が駒を取り出し、並べていく。盤を並べ終わると沈黙の時間だ。撮影のシャッター音だけが和室の空間に響く。

 14時になり、森内九段が開始を告げた。この対局は、永瀬叡王が先手とあらかじめ決まっている。撮影が許されるのは数分間だけなのだが、おたがいに、相手が指すとすぐに応手を返す。7年前の名人戦では、たしか1手しか進まなかったので、様子がだいぶ異なる。持ち時間の差もあるが、この速さには驚いた。

■どんな入門書にも「▲同香はうまくいかない」

 記者たちの入室が許された時間が終わり、控室に戻ると、指し手はもう25手目くらいまですすんでいた。両者の研究手順なのだろう。

 叡王戦七番勝負では、1時間、3時間、5時間という異なる持ち時間の対局がそれぞれ2局ずつある(第7局は6時間)。第3、4局はあらかじめ持ち時間1時間で行われることが決まっており、タイトル戦では極めて異例の1日に2局指すというダブルヘッダーになっている。それにしても指し手が早い。

 おたがいほとんど時間を使わずに、40手以上が経過した。平均的な1局の将棋の長さは100手程度なのでずいぶん早い。

 47手目の永瀬の一手に控室が沸いた。

 この形では、▲同銀が普通で、▲同香はうまくいかないというのが、どんな入門書にも書かれている。その手を叡王が指したのだ。控室でもみんなが驚いている。豊島竜王・名人も、手を止めて考えこむ。

 森内九段と、将棋盤を見ながらその後の展開を話していると、突然、控室がどっと沸いた。中継スタッフや関係者がみんな盛り上がっている。

 モニターを見ると、永瀬叡王が和服からスーツに着替えている。「このタイミングで着替えるのまで含めて研究手順なんじゃないの?」という声も流れた。たしかに、この局面で相手が考え込むのはわかりきっている。もしかすると、ほんとうにそうなのかもしれない。

■研究範囲で時間を一切使わずに指した理由を聞くと……

 ちなみに、昔の将棋界では、どんなに序盤でも、お互いに少しずつ考えながら進んでいた。あらかじめ用意した研究範囲に対して、時間を一切使わずに指しはじめた最初の棋士のひとりは森内九段だと思う。

 森内九段に、なぜそういう指し方をはじめたのか聞いた。

「弱いものが勝つにはそれしかないですから。なにしろ、相手が羽生さんですからね」

 切実な言葉を笑顔で語る森内九段に、勝負の世界のきびしさと、同時に、勝負への覚悟のすごさを感じた。

 実際、当時は異端に見られていたこの指し方は、いまでは多くの棋士が採用する、普通の指し方になった。AIで事前に研究して、研究範囲はどんどん指す。こうした時代の流れができたのは、先人が切り開いたからなのだ。

「ここに香車を打たなくちゃいけないようじゃ、豊島さんがつらいですね。本当は香車は、攻めに使いたいですから」と森内九段。モニタの中継画面では、コンピュータが先手の1000点プラスと示している。

 永瀬叡王は、本局一の長考で、持ち時間60分のうち20分を費やして▲7一角と打った。後手の飛車が△5二に逃げたあと、先手の選択肢はふたつあるという。ひとつは▲2五歩からきびしく攻める手順と、▲4七歩からゆっくり攻める手順だ。

 永瀬叡王は、後者の安全な手順を選択した。安全に安全に、じわじわと、真綿で首を絞めるように指すのは、持ち味でもある。一気に勝ちを求めて決めに行くと、やりそこなったときに、一気に負けになってしまう。無理に決めに行かなくても、優勢を保てさえいれば、いずれ勝つ。勝たずに千日手になってしまっても、次もじっくり指し続ければ、そのうち勝つ。そういう思想なのだろう。

■森内九段も対局規定を何度も確認している

 以前、強豪ソフトPonanzaの作者の山本一成氏に、Ponanzaと二枚落ちで指させてもらったことがある。さすがに勝てるだろうと思ったら、とんでもなく強いのだ。Ponanzaには飛車と角がいないので、最初はこちらが圧倒的に優勢ではじまるのだが、踏みとどまる力が猛烈に強く、なぜか勝ちきれない。

 同様に、将棋が強い人は、形勢が悪くなった後に、なかなか差を開かせずについてくる(自分のレベルと比較してたいへん申し訳ないのだが、しかし事実だろう)。

 永瀬叡王有利で進んでいた対局は、手数が伸びるうちに形勢がわからなくなってきた。豊島竜王・名人の粘りによって形勢が接近してきたのだ。第2局がタイトル戦では極めて珍しい持将棋(引き分け)だったので、スタッフもあわてているし、森内九段も対局規定を何度も確認している。

 やがておたがいの「玉」が敵陣深くに攻め上がり、どちらも詰ますことはできなくなった。

 17時49分。207手で持将棋が成立して終局。持ち時間を使い切って1手60秒以内に指す「1分将棋」が2時間近く続いたことになる。

 ……とにかく疲れた。見てるだけでもこれくらい疲れるのに、もう1局、指すなんて信じられない。というのが第3局を見た直後の率直な感想だ。対局直後のニコニコ生放送のインタビューで、永瀬叡王が「スピーディーな将棋でした」と笑顔で話していたのには笑ってしまった。視聴者のコメントも沸いていた。

永瀬拓矢叡王VS豊島将之竜王・名人 ロジカルな棋士が、感性と意地をぶつけあった へ続く

(加藤 貞顕)

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