まさに業界の“全裸監督”? サウナ王と呼ばれる男が「温浴施設コンサルタント」を選んだ理由

まさに業界の“全裸監督”? サウナ王と呼ばれる男が「温浴施設コンサルタント」を選んだ理由

「かるまる池袋」の看板ともいえるケロサウナ。温度も高くセルフロウリュも可能

 超低温水温シングルの“サンダートルネード”、水温25度の“やすらぎ”、33度のジェット風呂”昇天”、14度の“アクリルアヴァント”。

 これは、全て池袋に昨年末にオープンしたサウナ&ホテル「かるまる池袋」にある水風呂である。4つのサウナに4つの水風呂。客の好みに合わせた様々なバリエーションを取りそろえたここではサウナ初級者も上級者も関係ない。あるのは極上の悦楽だけだ。

 この施設の仕掛人が温浴コンサルタント、太田広。サウナ王と呼ばれる男だ。

 ダンディな顔立ちと村西とおるばりのよどみない応酬話法は、一度あったら絶対に忘れないインパクトを相手に残す。コンサルを手がけた施設は400超。サウナ王の名に恥じないサウナビジネスのプロフェッショナルだが、そんな彼の人生もまた、波乱万蒸だった――。

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■夜の世界で知った「サウナの入り方」

「実年齢ですか? 53歳です。血管年齢は29歳ですが。

 自分の人生を振り返ると、自分の経済を自分で回すことに面白さを感じていたように思います。小さい頃から田舎で食用ガエルやカブトムシを採集しては売ったり(笑)。高校時代もスーパーのバイトで、クリスマスケーキとかみかんとかをとにかく売りまくって記録を作ってました」。

 とにかく商売が好きだったという太田だが、大学時代に選んだアルバイトは新宿のナイトクラブ。ここで先輩やお客さんに連れて行ってもらったのが、当時新宿にあった男性専用カプセルホテル&サウナ「グリーンプラザ」だった。

「当時は、サウナでちゃんと身だしなみを整えてからクラブに行ったり、同伴したりする流れがあったんです。『グリーンプラザ』もサラリーマンだけではなく、会社の社長や自営業者なんかで賑わっていました。」

 かつては政治家、実業家もサウナでととのってから夜の会合に出向いた。これはサウナを語る上で避け通れない史実であり、古き良き昭和を偲ばせるエピソードだ。しかし、今やサウナ王と呼ばれる太田は当時サウナの魅力が全く分からなかったという。

「先輩に連れられて初めて行った時はとにかく嫌で(笑)。サウナも『よくこんな暑苦しいところに長くいられるな』とか思ってたんですよ。でも、なぜかいつも繁昌しているわけです。それで、連れて行ってもらったある日に、しばらくあるおじさんを観察してみた。そしたらサウナから出たら必ず水風呂に入って、それからまたサウナに戻っていることが分かったんです。

 それで自分も頑張って試してみたらすごく気持ちよくて。それまではバイト先の関係者と一緒に行く以外行ってなかったんですけど、魅力に気づいてからは給料日とかチップもらった時とかに自分のお金で行くようになりました」

■「色々な業界を見たかった」同時に4種類のバイトをかけもちして……

 サウナの魅力に取り憑かれたと同時に、働くことに生きがいを見つけた太田は、学生時代に20種類以上の様々な職業を経験したという。

「とにかくたくさんの業界を見てみたかったんですよ。当時は同時に3種類から4種類のバイトをかけもちしていたこともありましたね」

 人一倍好奇心旺盛な太田だが、思い出したくもないアルバイトでの出来事を教えてくれた。それは葬儀屋でのこと。

「ある日、いつも通り、ご遺体の飾りつけとか、棺の飾りつけとかをやっていたら、お亡くなりになられた方がずっと私のことを見ているような気がしてきたんですよね。そしたらその晩に金縛りに遭っちゃって、翌日、社長に話したら『そんなのこの業界では当たり前だから』って言われて。しかもその後『それよりお前あそこ見ろ。あそこにいるの見えるだろう』って……。もうこれは無理だと思って、次の日に辞めさせてもらいました(笑)」

■“温浴コンサルタント”という仕事を選んで

 霊には憑りつかれないで済んだ太田だが、その後も様々な職業を経験し、コンサルティング会社に入社。数々の施設に携わった後、温浴コンサルタントという仕事に自分の使命を感じ、独立を決意する。ちなみに、“サウナ王”という呼び名は前に勤めていた会社で生まれたものだという。

「以前、報道番組に、『温浴施設の仕掛人』みたいな感じで出演してるんですけど、その時に『社内であだ名あるんですよね』と振られて、『サウナ王って呼ばれてるんです』と返したのが始まりだったと思います。実際に社内で呼ばれてたんですよ。いつも会社からいなくなると、『どうせサウナ行ってんだろ』と言われたり……。まあ、ほんとにサウナに行ってたんですけどね(笑)」

 数々の温浴施設を手掛けてきた太田だったが、起業当初はかなり苦労したという。

「独立したての頃はすごく苦労しましたね。前の会社では退職後3年間はコンサル業務をしてはいけないという縛りがあったんです。なので、当面は温浴施設の総支配人をしたりしていました。フロントに立ったり厨房に入ったり風呂掃除をしたり、スタッフの面接採用とトレーニング、取引先との仕入交渉などもすべて私がしていました。店舗の管理業務だけではなく実際にすべての部門で現場スタッフとして働いていましたので、それが今も役立っているんです。結果、いくつもの視点で、売上向上や業務改善などの提案をすることができるようになりました。

 例えば飲食のメニュー1つとってもそこへの気遣いってすごく大事なんです。サウナに入ると、汗で体内の塩分が出ていくので、通常より少し塩分濃度を上げる。お子様ランチのおまけを強化すれば、おじいちゃんおばあちゃんが孫を連れてきて、それだけで客単価が上がります。サウナーが気に入るような店を作りつつ、かつファミリーでも来られるような店にしたら苦戦していたお店でも収益が上がり始めたり。すごく細かいようですが、ひとつひとつの積み重ねが、今の私にノウハウとして蓄積されています」

 20種類以上の職業経験に裏打ちされたユニークなサウナづくり。自らの理想とするサウナに行きつくまでに、太田は長く険しい道のりをひたすら前に進んできた。そしてその想いがついに結実したのが、「かるまる池袋」である。ここには、太田のこれまでのノウハウがふんだんに盛り込まれている。

■池袋で『サウナ4つ・水風呂4つ完備』は決してマニアックではない

「最初はオーナーから『サウナをやりたいから手伝ってもらえないか』という普通の依頼でした。いつも通り『じゃあこういう風なサウナにしましょう』というところから始まったんです。でも、実はサウナづくりの何が大事かって一番はこの段階で。僕がこれまでの経験則で『サウナを4つ入れましょう』とか提案すると、『いや、そんなにいらないから温泉増やさない?』と言われてしまうことが常なんです。でも、『かるまる池袋』のオーナーは違った。僕が『サウナ4つで、水風呂も4つ作りましょう』と提案したら『いいですね』ってあっさりOKしてくれたんです(笑)。そういう方は本当に少ない。ちなみにMADMAXボタンでおなじみの熊本にある温浴施設『湯らっくす』の西生社長も数少ないそんな方ですよ(笑)。

 この事業って2年3年で終わる事業じゃなくて、10年20年続いていく事業なんです。しかも1回設備を作っちゃうと、途中で変えるのはすごくお金がかかるから簡単にはできない。だからできるだけベストな状態で造り上げる必要があるんです。最初が本当に肝心なんです」

 一番重要なのは、お客さんが来たいと思うような店を造れるかどうか――。中途半端なものを造ってはいけないと熱く語る太田は、「かるまる池袋」のお食事処でのインタビュー中も常に周囲を見渡し、お客への観察を怠らない。

「私はサウナに入っている時も、お客さんはどういうパターンで動くのか、常にどう楽しんでいるかを見ています。サウナづくりにおいて私は自分の趣味や好みよりも、私とは対極にいる一般の人たちの気持ちを優先しています。彼らが何を求めているか。それをずっと観察して、提案しているんです。だから『かるまる池袋』の“サウナ4つ・水風呂4つ”はマニアックに見えて全く違うんです。サウナも水風呂も好みは細分化しています。だから初心者からベテランまで様々なお客様のニーズに対応できるようにしただけなんです。私のようなマニアックなサウナーだけを対象にした施設を造ったらビジネスとしては確実に失敗しますよ(笑)」

■漫画はサウナ施設では“キラーコンテンツ”である

 太田が温浴施設づくりにおいて大事にしているのはサウナや浴槽などの温浴設備だけではない。サウナやお風呂から出た後の館内での過ごし方に、他の施設との差別化を図る秘密があるという。

「食事や休憩スペースなど数え上げればきりがないんですが、その一つとしてキーになるのが漫画ですね。食事の改善は手間も時間も凄くかかるんですが、漫画はすぐに効果が出やすいんです。実は1万冊の漫画のラインナップも私が選定しています。漫画は戦略上、大変重要なんです。

 ライナップが重要で、20代から50代以降までそれぞれの層に対してしっかりとアプローチするものを考えて揃えていかないダメなんです。よく『5000冊置きました! 1万冊置きました!』って売り出している店も見かけますが、ただ置いてもお客さんは呼べない。品揃えだけではなく、陳列方法も重要なんです」

 大事なことは細部に宿る。太田の話を聞いていると、確かに様々な職種で体得した客への細かい気遣いが端々に感じられる。漫画の陳列もネットカフェのように出版社ごとにカテゴライズせずに「野球」「サッカー」とジャンルごとで陳列するのが太田流。そうすると、若い人や漫画好きでない人でも手に取りやすく、リピーターを作りやすくなるという。

「漫画が好きじゃなくても野球が好きな人は野球漫画だけは読んだりするんです。大事にしているのはネットカフェに行き慣れていない人達、特に40代以上の漫画は好きだけどネットカフェには行きたくない人達なんですよ。実は男性サウナなのに少女漫画もセレクトしたりとマンガ読みが見つけたら読みたくなるような、細かいニーズにも応えられるようにしています。それがツボに入ると客単価が上がったりするんです。

 漫画の力で、週に1回の人が2回来てくれたり、月に1回の人が2〜3回来てくれるようになる。漫画は私にとってはお客様の来店頻度を高めるキラーコンテンツなんですね」

■都会で“フィンランド式薪サウナ”の凄さ

「かるまる池袋」の白眉、それは都会のサウナの中に“フィンランド式薪サウナ”を設置するという前人未到の挑戦だった。薪=都会のビルの中で火を燃やすこと。消防法により、許可取りが難しいと言われるなか、実現したのは驚くべきことだった。

「東京のど真ん中のビルの中ですから、難しいなと思っていたんですけど。結果OKを出してくれたんですね。細かい折衝を繰り返し、結果的にはOKを出していただけました。これは可能性が広がる歴史的な第一歩だと思います。これが通ったということは、たぶん全国どこでもできるんですよ。あの東京消防庁がOKをしたんですから」

■阪神淡路大震災で感じた、サウナのありがたさ

 数々の業種を経験し、温浴コンサルとして結果を残してきた太田。彼がこれほどまでにサウナにこだわり続けるのにはある理由があった。

「1995年、神戸で阪神淡路大震災を経験しました。道路もライフラインも遮断され、1ヵ月以上経ってようやく東京に帰れることになり、途中、きれいにしようと思って横浜でサウナに寄ったんです。1ヵ月間まともに風呂にも入っていませんでしたから。

 久しぶりのサウナに『なんてありがたいんだろう』と涙が止まらなくて、まさに、生きていることを実感しました。と同時に、『お風呂やサウナは人間に必要不可欠な存在だ』と確信したんです。絶対になくしちゃいけないと」

 阪神淡路大震災から25年。今度は新型コロナウイルスという未曽有の災害にこの国は見舞われている。

「今までは“奇をてらう”施設が人気を集めていましたが、これからの時代はまず第一に“安全であること”が求められてくる。それも状況に応じてよりよい安全対策、衛生対策を徹底する必要があります。私も、ライフラインとしての温浴施設は新しい時代にどうあるべきかということを常に考えたいと思っています。

 でもお客さんファーストであることは変わりません。様々な有識者が様々なことを言っていると思います。でも答えは現場にしかないんですよ。サウナづくりの神髄は、お客様が今求めているもの・お客様が将来的に求めるであろうもの、この2つを提供できるか。すべてはそれに集約されるんです」

 今日もお客様の「ナイス!」のために――。太田のあくなき挑戦は続く。

INFORMATION

Sauna & Hotel かるまる池袋

住所 東京都豊島区池袋2丁目7−7 6階

※営業時間などの最新情報は公式HPをご確認ください。

https://karumaru.jp/ikebukuro/

(五箇 公貴)

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