西武鉄道の“ナゾ”「なぜ“所沢駅”はターミナル駅になった?」「所沢駅には何がある?」

西武鉄道の所沢駅の“ナゾ”を広報らが回答 「なぜターミナル駅になった?」など

記事まとめ

  • 所沢駅は池袋線と新宿線が交差するターミナルだが、謎が多いという
  • 住宅と商業施設が多く、片方の線が止まっても都心に出られるという利便性も
  • 9月には「グランエミオ所沢」の第2期工事が完成し、さらに賑やかになる見込みだそう

西武鉄道の“ナゾ”「なぜ“所沢駅”はターミナル駅になった?」「所沢駅には何がある?」

西武鉄道の“ナゾ”「なぜ“所沢駅”はターミナル駅になった?」「所沢駅には何がある?」

池袋線と新宿線が交差するターミナル、所沢駅には何があるのか?

 以前、文春オンラインで「ナゾの終着駅」として 西武池袋線の小手指駅を訪れた ことがある。池袋線の多くの列車が「小手指行」を名乗っているものの、そもそも読み方が難しいしどんなところなのか降りたことがある人は少ないのでは……というわけで訪れたのだ。実際に小手指駅がどんなところなのかはその記事を見ていただくとして、そもそも小手指駅よりももっと“ナゾ多き”駅があるではないか、と気がついた。所沢駅である。

 所沢駅はご存知の通り池袋線と新宿線が交差するターミナルだ。西武線ユーザーなら誰でも所沢という駅の存在は知っている。それどころか、埼玉西武ライオンズの本拠地がある地として、所沢(市)の名は全国に轟く。しかし、それだけ有名なのに所沢駅で降りた人はどれだけいるのだろうか。西武ドーム(メットライフドーム)に向かうときに乗り換えで使った、くらいの人も少なくなかろう。そして、何よりナゾなのは、東京から少しだけ埼玉県にはみ出た所沢が池袋線と新宿線が交差する立派なターミナル駅になったワケ。果たして、ナゾのターミナル駅・所沢には一体何があるのだろうか……。

■「西武鉄道さん、所沢駅ってどんなところですか?」

 というわけで、池袋線に揺られて20分少々。所沢駅にやってきた。中央の島式ホームを池袋線の上りと新宿線の上り列車が利用し、それを挟んで池袋線下りと新宿線下りのホーム。その上にコンコースが広がっている橋上駅舎だ。改札内にもいくつかの店舗があり、改札を出て通路を東口に向かって少し歩けば西武の商業施設「グランエミオ所沢」。平日の昼下がりにも関わらず、多くの人が行き交う実に賑やかな駅である。

 で、この所沢駅の東口を出ると、ロータリーの一角に鎮座しているのが西武鉄道の本社だ。せっかくなので所沢駅がどんなところなのか、西武鉄道の人に聞いてみよう……。

 対応してくれたのが、所沢駅管区長の笠間秀行さんと広報部課長の内田智則さん。ナゾの駅扱いして申し訳ないですが、所沢ってどんなところなんですか?

■「1日約10万人、7番目に多いんですね」

「乗降人員でいいますと、1日平均で約10万人。当社の駅では7番目に多いんですね。グランエミオ所沢のような商業施設もありますし、最近では高層マンションも増えてきています。住宅と商業施設が多いということで、こちらから都心方面に通勤するお客さまがメインです。池袋線と新宿線が交わりますから、利便性はとってもいいと思いますよ」(笠間さん)

 確かに、池袋線に乗れば池袋駅はもとより地下鉄直通で都心にもそのまま乗り入れる。さらに新宿線では高田馬場駅で地下鉄東西線に乗り換え可能。利便性という点ではなかなか優れていることは間違いない。

「万が一どちらかの線が止まってしまっても、片方が動いていればそちらに乗ったら都心に出られますからね。お客さまもスムーズに乗り換えています。その点も便利だと思いますよ。だから駅としては池袋線と新宿線の接続に気を使っていますね。特急から各駅停車に乗り換える方も多いですから、ダイヤが乱れたときには特に」(笠間さん)

■「2010年までは比較的小さな駅だったんです」

 ちなみに、特急ラビューに乗れば池袋駅からノンストップで最速19分。新宿駅から中央線で19分というと武蔵境くらいだから、所沢は意外と近いのだ。こうしたこともあって、西武鉄道にとって、所沢は池袋と並ぶ“拠点”。駅ビルの商業施設「グランエミオ所沢」は2018年3月に完成したもの。今年9月には「グランエミオ所沢」の第2期工事が完成し、所沢駅はさらに賑やかになる見込みだという。

「駅舎の改良工事は2010年に着手しました。以前も橋上駅舎でしたが、今のように広いコンコースがあるわけでもない比較的小さな駅だったんです。それを大きくリニューアルして2012年から2013年にかけてまず駅舎が現在のものになりました。次いで駅ビルの工事を進めまして、9月にグランエミオの第2期工事が完了して、所沢駅のリニューアルが完成します」(内田さん)

 このグランエミオ所沢の誕生によって、それまでは駅前の商店街やワルツ所沢というショッピングセンターだけだった商業施設が拡充し、さらにマンションも増えて利用者が伸びてきているというわけだ。

 では、このグランエミオができるまではどんな駅だったのだろうか。

「駅周辺の再開発は1985年ごろに行われているんですよね。西口のワルツ所沢ができたのもそのくらいですし、東口も区画整理されて1986年に西武鉄道の本社も池袋から移転してきました。特に東口は『くすのき台』という新しい地域で、区画整理以降主に住宅地として開発が進んできました」(内田さん)

■所沢駅が開業したのは1895年

……そんな話を聞きながら、駅の周りを歩いてみることにする。西口に出ると、立派なロータリーとそれを取り囲むペデストリアンデッキとワルツ所沢。さらに北西に向かって「プロペ通り」と名乗る商店街が伸びている。商店街は人通りも多く、実に賑やかだ。

「この商店街を抜けてさらに歩くと、高層マンションがいくつも建っているエリアがあるんです。そのあたりは“旧市街”とも呼ばれていて、昔からの所沢の中心地で、以前は所沢市役所もありました」(内田さん)

 なるほど、古くからの町の中心と駅を結ぶ動線の途中に商店街が生まれて賑わうようになったのだろう。ここで気になるのは、どうして所沢が2路線の交わるターミナルになったのか。所沢駅が開業したのは1895年。国分寺と川越を結ぶ川越鉄道の駅として誕生した。次いで1915年に武蔵野鉄道が開業し、所沢駅に乗り入れる。川越鉄道は現在の西武新宿線、武蔵野鉄道は西武池袋線で、現在の“ターミナル”としての形は1915年に完成していたことになる。

■江戸時代も“物流拠点”だった

 川越鉄道がなぜ所沢に駅を設けたのか、調べてみると鉄道敷設計画を聞きつけた所沢の人々(当時は所沢町)が駅誘致の請願を行って開業にこぎつけたものだという。さらに“鉄道以前”にさかのぼってみると、所沢は秩父方面と川越方面の街道が分かれる地点。江戸時代には周辺の物資が集まり六斎市が開かれるなど“商業都市”として賑わった。幕末から明治にかけては所沢絣と呼ばれた木綿製品の集積地にもなっていたようだ。つまり、所沢は近世以来の物流拠点であった。そうした歴史を踏まえれば、鉄道の時代に入って複数の路線が乗り入れてターミナル化したのは必然といっていい。

 さらに1910年に陸軍の臨時軍用気球研究会試験場が設けられて以来、所沢は“航空の町”として発展していった。1911年には所沢飛行場が開設され、1913年には陸軍飛行大隊が設置、さらに陸軍航空学校も開校するなど、航空産業の一大拠点になったのだ。これら施設は終戦後は米軍に接収、返還後には所沢航空記念公園などとして整備されている。その最寄駅は新宿線の航空公園駅だが、所沢駅前のロータリーにも「航空発祥の地」と誇らしげに書かれている。

■駅の南西側、大きな空き地の“正体”は?

 と、そんな所沢の賑やかな西口を歩いていると、駅の南西側に大きな空き地があった。これは何かと内田さんに聞けば、「2000年まで当社の所沢車両工場があったところなんです」と教えてくれた。西武鉄道では所沢に工場を設けて自社で電車を製造していたことがあった。国鉄などにも採用された「ST式戸閉機構」を開発するなど、高い技術力を誇っていたという。

「所沢駅からの引き込み線も通っていたんです。今でもよく見るとその跡がわかるんですよ。今後は2020年代半ばを目処に大型商業施設がオープンする予定になっています」(内田さん)

 どうやら、所沢は東京都心から30分にも満たない近さと2路線が交わるターミナルという利便性を背景に居住者を増やし、さらには商業の中心地として成長しつつあるようだ。西武鉄道でも今後一層の発展に期待しているという。

「特に最近はコロナの影響もあって、都心に出て買い物をするのがちょっと怖い。そういう方がご自宅から近い所沢で買い物をされるケースが増えているように感じます。肌感覚ですが、コロナ前と比べても池袋より所沢のほうがお客さまが戻ってきている。グランエミオもだいたいコロナ前の8割くらいまでに戻っていると聞いています」(笠間さん)

 確かに、コロナ感染者が増えている中で都心に買い物に出るのはちょっとリスクを感じてしまう。そこで自宅から近い郊外に所沢のような“商業の拠点”があれば大助かり。それに、近くにはメットライフドームや西武園ゆうえんちのようなレジャー施設、緑豊かな狭山丘陵という環境もまた良し。平日の昼下がりに訪れたにもかかわらず、駅やその周辺が賑やかなのはこうした事情もあるのだろう。所沢、ナゾの駅なんていってスミマセンね……。

写真=鼠入昌史

(鼠入 昌史)

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