「帰省は慎重に判断を」コロナ分科会・尾身茂会長が独自取材で吐露した“迷いと苦心”

「帰省は慎重に判断を」コロナ分科会・尾身茂会長が独自取材で吐露した“迷いと苦心”

尾身茂氏

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会会長を務める尾身茂氏(71、地域医療機能推進機構理事長)に、再び、注目が集まっている。

 感染者数が増加し続ける東京問題、「Go To トラベルキャンペーン」に続いて直面した「お盆の帰省」については5日夕、週後半に予定されていた分科会を待たずに自ら急遽、会見を開いて「感染防止策の徹底を」「そうした対応が難しい場合には感染が収まるまで当分の間、オンライン帰省を含め慎重に考慮してほしい」と発信。経済再開を急ぐ官邸と、慎重論を唱える地方の知事との間の微妙な温度差を、巧みに交通整理して見せた。

 あえて「帰省しない選択肢」を示した決断の背景を辿ると、専門家の判断をどうしたら国民に届けることができるのか、という苦心が透けて見えてくる。

■“経済と感染症対策の両立”を担う助言機関

 分科会は、経済と感染症対策の両立という重い責務を担う政府の助言機関だ。感染症の専門家を中心に6月まで政府に提言を重ねた専門家会議に代わり、エコノミストや地方の知事を加えたかたちで7月初めに発足した。

 発足当初、中心課題は東京都など首都圏の感染状況だった。都内では7月、感染者はほぼ月を通して3桁で推移し、下旬には300人台、400人台に上る日もあった。感染拡大の速度と競うように、分科会もハイスピードで開かれており、公式会合だけでひと月で4回、週1回のペース。その合間にも連日、非公式の勉強会がある、とインタビューで尾身氏は明かした。

「もちろん会議が重要ですが、そこでの議論はもう、政府の助言組織の最終結論になるので、無責任なことはできません。だから、そこに至るまでの準備が重要。いろんなデータを集めたり、意見をすり合わせておかないと」

■「面」ではなく「線」で感染が広がっている

 感染状況の推移について、分科会は7月22日、「爆発的感染には至っていないが、感染が徐々に拡大している」との評価を下した。尾身氏が解説する。

「状況分析とその説明には熟慮を要しました。理由の一つは、集計された感染者データがいまだに不完全であること。自治体によって個人情報の取り扱いのルールが違うことに加え、都道府県と政令都市の関係が制約になっていることもある。接待を伴う飲食店(夜の街)との関連では、行動履歴を語ってくれない感染者も少なくありません。保健師さんが『誰にも言わないから』と説得した上で実情を聞かせてもらっていたりすると、公開すれば信頼関係にひびが入りかねないから、難しいんです」

 尾身氏によれば現状は、市中感染といっても、不特定多数から不特定多数に「面」で拡大しているのでなく、夜の街で感染した従業員や客が、友人や家族に感染させ、さらに、その家族がお見舞いに足を運んだ親族の入院先で感染を広げている――というように「線」でつながって広がっている状況だという。

■「政府の追認機関だ」との批判にどう答える?

 ただ、感染が広がる大都市部からの往来は、これから地方に拡散するリスクを伴う。「お盆の帰省」を前に地方の知事から危機感の表明が相次ぐなか、「Go To トラベル」を推進してきた菅義偉官房長官は、移動の一律自粛には一貫して否定的。そんな政治的“風圧”の強い局面で、分科会は判断を求められた。7月16日の第2回会合で了承したが、問題はその開催が、政府が「東京を除外する」と公表した直後だったため、「分科会は政府の追認機関ではないか」という批判が寄せられたのだ。

 当時の経緯について尾身氏はこう答えた。

「16日の分科会の数日前には、『もう少し感染状況を分析してしっかり議論した上で決めるべきだ』と、政府には建言していました。ところが会合の直前に、政府が『東京を除外した上でやはり22日から実施する』と決定した。建言は採用されなかったということです。分科会の場では、構成員の一人から『大阪府は除外しないのか』という疑問が出されましたが、『東京除外』については、メンバーから異論は出ませんでした」

「分科会は、経済も動かしながら、医療体制の破綻も防ぐこと、その両方を成り立たせるこの『細い道』を探らなければならず、完璧な答えがあるわけではありません」

■伝播は〈3密+大声〉の場に集中している

 その手がかりになるのは、これまでに蓄積された疫学データだ。

「伝播が起きるのは、夜の街やライブハウス、小劇場など、基本的には密集、密接、密閉の〈3密〉プラス〈大声〉の状況下に集中していて、新幹線や飛行機の中で感染したという例は、今のところ1件も報告がありません。
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 つまり、旅行先で〈3密+大声〉の場に足を運ばない限り、旅行そのものが感染を広げることはない、と考えています。一方で、東京が全国各地の感染の“出発点”となっており、特に夜の街から飛び火している、という認識は共有されていたのです」

 ただ政府の方針決定が先んじたことに、「結論ありきではないか」という不満が分科会内部からも漏れた。

■「専門家の提言が採用されないことはある」

 確かに、前身の専門家会議を閉じるにあたって、座長だった脇田隆字国立感染症研究所長や尾身氏らが記者会見し、〈専門家は助言を行い、政府はこれを参考としつつ政策決定を行う〉とあるべき役割分担を描いて見せたのは、わずか1か月前の6月24日のことだ。

 Go To トラベルの決定プロセスがその理想から外れたことに、困惑があったことは想像に難くない。だが、尾身氏は「政策を判断するのも責任を負うのも政府である以上、意見を採用される側の専門家の提言が採用されないことはある」と割り切って言った。だからこそ、専門家としての判断は今後も遠慮なく伝える、と。

「お盆の帰省」を一律に自粛要請はしない、でも感染症対策ができそうになければ控えて――尾身氏の5日のメッセージは官邸にも配慮しつつ、帰省しない選択肢をあえて書き込んだ。国民の実際の行動選択につながるよう、会議開催を待たず、メールでメンバーに合意を取りつけ、会見した。これらは、機を逸せば伝わらない、という専門家の決意の現れにも映る。

■再びの緊急事態宣言もありうるのか?

 尾身氏は青春時代、小林秀雄の「無私の精神」に影響を受けたと、私の取材に対して明らかにしたことがある(拙稿「 ドキュメント 感染症『専門家会議』 」参照)。その小林が1960年に発表したそのエッセイに、こんな一節がある。

〈実行家として成功する人は、自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られ勝ちだが、実は、反対に、彼には一種の無私がある〉(『小林秀雄全集第12巻』新潮社刊)

 各方面の専門家を束ね、政治と向き合う尾身氏は、経済を機能させながら感染を抑えるという難題を解決し、「実行家」としてその役割を果たすことができるのだろうか――その決意を尾身氏に問い、感染状況によっては緊急事態宣言を再び出すこともありうるのか、具体策も訊いた。そのインタビューをもとにした手記「 緊急事態『再宣言』はありうる 」は「文藝春秋」9月号及び「文藝春秋digital」に掲載されている。

 その語り口は、「私も間違うことがあるかも知れない」と、時折口にしながら言いたいことを言う、独特の“尾身節”だ。

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(広野 真嗣/文藝春秋 2020年9月号)

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