収入65%減「それでも鉄道に希望はあるのか?」 熊本地震から復活したJR九州の“数奇な運命”

収入65%減「それでも鉄道に希望はあるのか?」 熊本地震から復活したJR九州の“数奇な運命”

2016年4月、地震で止まったままになったJR豊肥本線の車両(4月24日、阿蘇市で撮影) ©時事通信社

 今日8月8日、阿蘇山を見ながら熊本と大分を結んで走るJR豊肥本線の肥後大津〜阿蘇間が運転を再開した。2016年の熊本地震で被災してから長らく不通だったが、このたびようやく復旧したというわけだ。阿蘇を列車が走るのは、実に4年ぶりのことである――。

 災害で被災した鉄道路線が無事に復旧するという話題は明るいニュースのひとつだ。実際、JR九州でも7月1日から来年1月11日にかけて「スイッチオン!豊肥本線全線開通プロジェクト」と題するキャンペーンを開催。久々に特急「あそぼーい!」が熊本〜大分・別府間で運転されるようになるなど、沿線住民とともに盛り上げようと気運が高まっているようだ。

 豊肥本線は九州の東西を横断する大動脈であると同時に、阿蘇の外輪山の中(つまりはカルデラの中)を走る屈指の観光路線でもある。あの豪華クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」が通るルートでもあり、とりわけ今回運転を再開した区間は立野駅から赤水駅の間の三段スイッチバックや阿蘇山の美しい眺めなど見どころにあふれている。そうした豊肥本線の全線復旧となれば、地元の人たちの喜びや期待も相当なものだろう。

■収入65%減、7月豪雨「なんとか明るい話題を……」

 けれど、喜んでばかりもいられない。本当ならば2020年の夏はオリンピックの夏。外国人観光客がこぞって日本にやってきて、ジャパン・レール・パスが飛ぶように売れ、お祭りムードのなか日本人も全国各地に観光に繰り出す。それでもって“観光列車大国”の九州も大いに賑わうはずだった。が、突如やってきた新型コロナウイルスで世は一変し、外国人観光客での賑わいは雲散霧消、4〜6月期のJR九州の鉄道旅客運輸収入は前年同期と比べて65.1%減という厳しい結果になった。

 さらに世の中は残酷なもので、7月初旬に九州を襲ったのが令和2年7月豪雨。豊肥本線と並んで九州屈指の観光路線であった肥薩線をはじめ、多くの路線が甚大な被害を受けた。久大本線にいたっては、2017年の九州北部豪雨で不通になった区間を1年かけて復旧させたのにも関わらず、またも橋梁流失するなど大きく被災してしまった。

 だからこそ、数少ない明るい話題の豊肥本線全線復旧が喜ばしい、ということなのだろう。運転再開に先立って、JR九州は被災現場の復旧の模様と試運転初日の2度に渡って報道公開。同社に聞いても、「なんとか明るい話題を提供して九州を盛り上げたい一念で……」。その気持ち、よくわかります……。

■「正直、直せるのかな……」4年間に何があったか

 ところで、気になるのが被災路線はどのようにして復旧されるのか、だ。豊肥本線が被災したのは2016年。実に4年以上もかけて復旧にこぎつけた。その間、どのような流れをたどったのだろうか。

 まず、ここまで“熊本地震で被災”などと書いてきたが、実際には少し正確性を欠いている。もちろん2016年4月の熊本地震で大きな被害を受けたのだが、同年6月に地震でゆるんだ山の斜面が豪雨によって崩壊。これによって瀬田〜立野〜赤水間は並行する国道57号ともども土砂に埋め尽くされてしまったのだ。災害後の被災状況確認は徒歩や列車の徐行運転によって行われるのが一般的だが、この豊肥本線ではそれすらままならないほどの被害だったという。豊肥本線復旧事務所の諸田勝也所長は「正直、鉄道として直すことができるのかと思いました」と振り返る。

■鉄道会社だけでどうにかなる問題ではなかった

 大規模な自然災害ではほとんどがそうだが、豊肥本線でも被害を受けたのは鉄道施設だけではなかった。先述の通り、線路のすぐ裏手にそびえる山が崩れて線路も道路も一緒くたに土砂が埋め尽くした。

 極端に言えば、鉄道施設の復旧だけならば土砂をどけて線路を敷き直せばそれで済む。しかし、熊本地震では鉄道のみならず周辺の道路や山、住宅地なども含めて被害を受けており、鉄道会社だけでどうにかなる問題ではなかった。

「周辺道路も被災したため、国や県と一緒に工事内容を調整しました。効率的に復旧工事を進めるため、治山事業を先行してそれが完了してから当社の鉄道施設の工事に取り掛かっています。電気工事についても九州電力さんと調整して進めました」(JR九州広報)

 実際には地震から約1年後の2017年4月にJR九州が豊肥本線復旧事務所を設置、翌5月に熊本県によって崩れた山の斜面の工事や土砂の撤去などがはじまっている。線路の上に覆いかぶさった土砂の撤去は、県による斜面の安定対策が施されたことを確認の上で、同年11月に着手。それ以降、ようやく本格的な“鉄道の復旧工事”がスタートしたというわけだ。

■「代替ルートの検討もしましたが……」

 まず県による工事が先行して一定の安全が確保されてからようやく鉄道の復旧工事を進めることができる。ただでさえ山間部で急峻な山が迫る区間であるのに加えてこうした事情もあるがゆえ、足掛け4年という大工事になったのである。ちなみに、治山事業については鉄道施設の復旧工事がはじまっても続けられ、おおむね完了したのは2020年3月のことだった。

「この区間は代替ルートの検討も行いましたが、安全性や経済性などを踏まえて基本的に従来のルートのままで復旧することになりました」(諸田所長)

 その結果、豊肥線名物の三段スイッチバックも蘇ったということになる。が、もちろん完全に“もとに戻した”わけではなく、山側の斜面に安全対策を施したり、線路の勾配がわずかに変わるなどの変化もあった。さらに、排水機能を強化するなどより一層の安全性強化も行っている。

 また、こうした復旧工事には多くの資材を必要とする。そこで工事は被災区間のおおよそ中間に位置する立野駅を拠点として行われた。比較的被害が軽かったこともあり、2018年には立野駅構内の復旧を完了させてそこからレールなどの資材を運搬したという。。2019年11月には土砂の撤去や線路を敷設する地盤となる盛土の工事を終えて、2020年4月までに線路の敷設をすべて完了。以降、信号通信工事を進めて運転再開にいたったのである。

「当社の用地内だけでも土砂の撤去量は約9000立方メートルに及んでいます。国や県などさまざまな関係者の方のおかげで復旧にこぎつけることができました」(JR九州広報)

■災害が襲おうが疫病が流行ろうが、人は必ず立ち上がる

 このように、まさに艱難辛苦、あらゆる関係者が手を携えることによって、被災した鉄道路線は復旧に至る。まだ詳細が明らかになってはいないが、令和2年7月豪雨で被災した肥薩線などもそうした形での復旧になるのだろうか。

豊肥本線の復旧はコロナ禍や豪雨災害で弱り目に祟り目の九州にとって数少ない明るい話題。これを起爆剤にして一気にV字回復……とはなかなかいかなさそうな社会情勢ではあるが、少なくともひとつのきっかけになることは間違いないだろう。思わぬ災害が襲おうが疫病が流行ろうが、人は必ず立ち上がる。それを敢然と示すがごとく、阿蘇のカルデラに4年ぶりに列車が走るのである――。

写真=鼠入昌史

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(鼠入 昌史)

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