遺族の兄が語る弟の生活実態――51歳の男性を孤独死に追い込んだもの

遺族の兄が語る弟の生活実態――51歳の男性を孤独死に追い込んだもの

写真はイメージ ©iStock.com

「犬に一部を食べられた」遺体――独身派遣OLはなぜ孤独死を迎えたのか から続く

 日本の全世帯の中でも単独世帯の割合は年々増加し、2016年には約27%に及んでいる(2018年・厚生労働省)。家族と離れて暮らしていたり死別していたりと状況は様々だが、他人との親しい交流がないまま単独で生活をしていることで、健康状態が急激に悪化しても助けを得られず、死後発見されるまで長い時間が空いてしまう。

 全国で約3万人にものぼる孤独死の現状を追うフリーライター・菅野久美子氏の著書『 家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。 』(角川新書)より、一部を引用する。

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■親亡き後のひきこもりが抱える不安

 親も老いて、いつかは死ぬ。だからといって「そのとき」に、外部に助けを求めることは難しいだろう。親が亡くなった後、金銭面で苦しくなり最悪、餓死というケースも考えられるが、ひきこもりの支援を行っている関係者によると、親の遺産として500万円以上の現金を所有しながら、セルフネグレクトとなり若くして孤独死したひきこもりの人の例もあった。

 私がひきこもりの時は、決して現状でいいと思っているわけではなかった。自分は、このままでいいのか、これから自分はどうなってしまうのか、未来を憂えて焦りばかり募る。なんでこんなことになってしまったのかという、怒りや悲しみ、どうしようもない焦燥感に襲われる。

 社会に置いていかれていると感じる日々は、生きながらにして死んでいるような地獄である。そんな孤立した生活は、益々セルフネグレクトを深めて、不摂生な生活へ向かい、知らず知らずのうちに自らを追い込んでいく。

 いつか、叔母からの仕送りが止まるかもしれない、そのとき自分はどうなってしまうのだろう──。そんな不安が、高橋の頭の片隅にあったのではないだろうか。

 内閣府は2019年4月に初めて、自宅に半年以上閉じこもっている「広義のひきこもり」の40〜64歳が、全国で推計61万3000人いるとの調査結果を出した。

■引きこもり解決の糸口とは

 今後政府が抜本的な対策を打たない限り、8050問題に代表されるように、長期化する中高年のひきこもりが親亡き後に、孤独死や餓死といった最期を迎えるケースも、増えるだろう。

 ひきこもりの当事者や家族をはじめ、生きづらさを抱えている人たちが安心して暮らしていける社会を目指して活動する、一般社団法人「OSD(親が死んだらどうしよう)よりそいネットワーク」(東京都豊島区)の代表理事、馬場佳子さんも、ひきこもる人にとって家族の存在がカギになると訴える。

「ご家族にはまず、本人の今の状態を心の底から受け入れていただきたい。親御さんからの相談で一番多いのは『本人に働いてほしい』ということですが、その前にはいろいろなハードルがあります。まずは、本人が置かれている状態まで下りてきていただきたい。人と会うこと自体が怖い人も多いため、本人がまずどういう状態か、心の底から理解してあげることが大切です。

 共感してくれたり、信頼してくれたりする人がいると、本人から少しずつ歩み寄っていけます。本人は、『安全なのは自分の周りだけで外の世界は怖い、危険だ』と感じていることも多いのです。そのため、近くにいる親御さんが安全な存在になることが大きな一歩になります」

■現役世代の孤独死が4割

 日本少額短期保険協会が発表した第4回孤独死現状レポートによると、孤独死の平均年齢は61歳で、高齢者に満たない年齢での孤独死の割合は5割を超え、60歳未満の現役世代は男女ともに、およそ4割を占めるという。これだけ若くして孤独死してしまう人が多いということだ。

 もちろん、孤独死の内訳がひきこもりだけとは限らない。しかし、その中にはかなりの数のひきこもりが含まれており、年々増えているとの実感がある。「命」に関わることであることから、この現状に危機感を感じずにはいられない。政府が重い腰を上げたことで、ようやく中高年のひきこもりの実態が昨年明らかになった。それならば、その最終地点である孤独死の実態把握とその対策も、急いで取り組むべき喫緊の課題といえるだろう。

■低体温症で亡くなった50代ひきこもり男性

 紺野功(60歳)は、そんなひきこもりの弟を孤独死で亡くした遺族の一人だ。

「弟は、孤独そのものだったと思います。親族だからこそ、あいつは孤独だったという印象を持っていますね。あいつの人生をずっと見てきたから。友達もいないし、仕事もほとんどなくなって、ここ数年は家の中にひきこもっている状態でした」

 そう言って、紺野はうなだれた。

 まだまだ寒さが骨身に染みる2月某日──都内の1LDKのアパートの一室で、システムエンジニアである紺野の弟(51歳)は孤独死していた。

 警察によると、死因は低体温症で死後1週間が経過。警察は「数日間は意識のない状態で生存していた可能性がある」と紺野に告げた。

「低体温症って、雪山に行ったときになるイメージがあったんですけど、部屋の中でも室温や体温が影響して起こることがあるみたいなんです。確かに、弟は部屋に暖房設備も付けていなくて、アルコールばかりでろくに食べてもいなかった。それで衰弱したことが突然死に結びついたみたいです」

 弟の部屋に足を踏み入れると、どこもかしこもパソコン関連のモノで溢れていた。部屋の奥には、天井まで幾重にも段ボールが積み重なり、今にも崩れ落ちんばかりとなっている。パソコンが38台、モニターが20台以上、ホコリをかぶっていた。

 デスクの下には、4リットルのペットボトルの焼酎が二本も置かれていた。弟は仕事が減るにつれてここ2年ほど、お酒を片時も手放さなくなった。大量の新聞紙は片付ける気力すら失ったのか、読んだ形跡もなく、無造作に山となって積み重なっている。

■友人なし、恋人なし、家族との距離も遠い

 紺野が弟と最後に会ったのは、お正月だった。その日、弟は日に日に増えていく酒量を巡って心配した母親と言い争いになった。それが最後に見た弟の生きている姿だった。

 亡くなる数日前にも弟の携帯に電話をしたが、電話口の弟はアルコールのせいか、ろれつが回っていなかった。弟は幼少期から人付き合いが苦手で、内向的で引っ込み思案な性格だった。友達の輪になかなか入ろうとせず、友人の多い紺野とは真逆の性格だった。

 大学卒業後、仕事を転々としたが、20代後半から独立。システムエンジニアとしてフリーで仕事を請け負うようになる。事務所兼自宅として使っていたこの物件はその頃に借りたものだった。

 一時期は通帳残高が1000万円を超えたときもあったが、内向的な性格と時代の流れもあって、その後仕事は徐々に減り、貯金を食いつぶしながらひきこもりに近い生活を送るようになる。しかし、母親には毎年小遣いを渡す心優しい一面もあった。

 紺野が覚えている限り、弟がこれまでに女性とお付き合いした様子はなく、仕事の付き合い以外では、友人もいないようだった。

■医療機関の受診をかたくなに拒む

 社交的な性格である兄に対して羨望もあったのだろう。「兄貴は外面いいよな」と、嫉妬とも取れる言葉を投げかけられたこともある。家庭持ちで一見順風満帆に見える兄が、羨ましかったのかもしれなかった。紺野にとって、今でも忘れられない出来事がある。

 弟は数年前から痛風を患い、立っているのも辛い様子で足を引きずっていたという。

「それだけ体が辛いんだったら病院に行ったほうがいいんじゃないか」と紺野は何度も説得した。しかし、「大丈夫だよ」と言って、医療機関の受診に激しい拒否反応を示し、どんなに症状が悪化しても病院を訪れることはなかった。そもそも弟は健康保険証すら持っていなかったのではないか、と紺野は考えている。

■孤独死者の8割はセルフネグレクト

 孤独死する人の8割に見られるのが、こうしたセルフネグレクトである。部屋がゴミ屋敷化したり、病気にかかったりするなど、どんなに危機的な状況に陥って命を脅かされることがあっても、頑なに介入や治療を拒否する。また偏った食生活や過度な飲酒などによる不摂生で、自らを緩やかな自殺に追い込んでしまう。紺野の弟の場合も、医療の拒否が死期を早めてしまった可能性がある。

 しかし、セルフネグレクトから救い出すことは難しい。当の本人が拒否していることに対して、無理やり介入することはできないからだ。

「弟はひきこもりからセルフネグレクト、そして孤独死と、まさにこの経過をたどったんです。あいつの人生を振り返ったとき、対人関係で良い思いをしたことがないような気がする。

 お金をもらうための仕事はしてたけど、あいつにとって人生の楽しみってなんだったんだろう、と考えてしまうんです。ずっと心の中は孤独で、ひきこもりになって、自分自身の人生を放棄するみたいにお酒に溺れていったんじゃないかな」

■行政のセーフティーネットにかかりづらい現役世代

 友人もいないため、葬儀は母親と紺野の2人のみ立ち会う家族葬となった。幸いにも冬場だったため、遺体の腐敗はなく、棺に納められた弟の顔を見ることができた。

 しかし母親は、弟を一目見ると「これは別人だ」とショックを受けた。生前の面影とは似ても似つかないほど、変貌していたのだ。

「弟の顔は、まだ51歳なのに70代に見えたんです。私も最初に遺体を見た時、こんなに白髪があったの? と驚きました。最後に会ったお正月の時とは比べ物にならないくらい、おじいさんに見えました。衝撃を受けているおふくろを横で見ていて、本当にかわいそうだった。

 こんな亡くなり方をさせてしまったことに対して、兄としてもっとやれることがあったんじゃないか、と思ったんです。おふくろは、親より先に子供が亡くなるのが一番の親不孝だ、と嘆いていました。おふくろのことを思うと、とにかく不憫でした」

 先にも述べたが、孤独死は高齢者の問題だと思われがちだが、実は働き盛りの現役世代のほうがセーフティーネットにかかりづらいということが、筆者の長年の取材からも明らかになっている。

(菅野 久美子)

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