保育園で「最近ママ見かけないけど元気?」と言われて……10歳年下の妻が「がん」46歳男の惨めさ――2020上半期BEST5

保育園で「最近ママ見かけないけど元気?」と言われて……10歳年下の妻が「がん」46歳男の惨めさ――2020上半期BEST5

妻の小泉なつみ(ライター)によれば、「腫瘍切除のための入院は10日間。退院の日にリストバンドを切ってもらったとき、『シャバに出られる!』と浮き立った」という。

2020年上半期(1月〜6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ライフ部門の第1位は、こちら!(初公開日 2020年1月13日)。

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 “喉元過ぎれば熱さを忘れる”なんて言葉があるが、そのとおり。10歳年下の妻が大腸がんになってしまう相当なクライシスがあったにもかかわらず、彼女が手術を終えて土気色だった顔に血色が戻り、弱々しかった声が通るようになり、退院から5日ほどで子供と一緒に散歩するのを目にすると、これですべて終わったものだと錯覚してしまう。だが、待ち受けていた抗がん治療によってまだまだ終わっていなかったのだと痛感させられた。(全2回の1回目。 後編 に続く)

■息子とふたりで手術する妻の帰還を待った

 妻は1年前、35歳でステージ3の大腸がんを告知された。自分よりも若くて健康そうな彼女がまさかという驚き、なんだって我が家がこんな目にという怒り、ひょっとして俺と1歳過ぎの息子を置いて逝ってしまうのではないかという恐れを抱えながら、ふたりで手術する妻の帰還を待った。

「治療を例えるなら“敵がどこにいるのかわからない真っ暗闇のなかでデタラメに機関銃を撃つ”感じかな。正直、あなたの大腸がんに効くかどうかわかんないんだよね」

「治療の副作用で、手足の痺れがずーっと残る場合もあるからさ」

 たとえ軽い口調であっても、医師から抗がん剤治療についてそんな話をされるとやっぱり凹む。それでも「たしか、副作用がまったく出なかった人のブログを読んだな……」とか、「手術もツルッとサクッといけたし……」とか、妻が大腸がんという大前提をすっかり忘れて「ウチって、大変な目に遭ったことないからな……」とどこか楽観視もしていた。そして2019年1月9日から抗がん剤がスタートしたわけだが、そんな淡い期待は木っ端微塵に打ち砕かれた。

■抗がん剤1日目で早くも体に異変が

 1日目の点滴投与。さぞヨレヨレになってくるのだろうと身構えていると、行く前と変わらぬ様相で病院から戻ってきた。しかし、ヘリウムガスでも吸ってきたかのような声で「ただいま」と言われ、マンガみたいな尻餅をつきそうに。そんな声で点滴の様子を語るうち、今度は右目の瞼がツーッと下がってそのままになってしまう。「壊れた人形かよ?!」と戦いていると、手が冷たくなってきたとチャイルド声で訴えてくる。抗がん剤の副作用のひとつである冷え対策用に買った手袋をはめるが、これがティファニーで朝食を取るときに使うような麗しいデザインの代物で上下ジャージ姿にまったく合わずにカオス感が増す。

 体の寒さも訴えるので風呂を沸かすが、“抗がん剤暴露”があるから自分の後は絶対に湯を張り替えろと注意してくる。汗などに混じって抗がん剤が排出され、それが患者以外の健康を害する恐れがあるので、点滴を投与した日は風呂も洗濯も他の家族と別にすることを勧められたという。声も変わるほどの劇薬であるから仕方ないかもしれないが、家で家族も一緒なのにこんな形で隔たりが生じるとは夢にも思わなかった。

■保育園で「最近ママ見かけないけど元気?」

 妻に行われた抗がん剤治療について簡単に説明すると、1日目に点滴と経口剤の投与、2日目から14日目までは経口剤のみの投与となり、15日目〜21日目までは休薬期間。この3週間を1クールとし、8クール=約半年にわたって続けることになる。

 そして1クールの2日目から、医師に「たぶん来るよ」と説明されていた、吐き気、下痢、食欲不振の副作用トリオが一気に襲来。そんな状態で当時1歳3カ月の息子の育児や家事など妻には無理、俺が一手に引き受けるしかない。手術と入院の時もやり切ったし、こうなった場合のためにと晩飯だけ生協から弁当を配達してもらえるよう手配もしていた(現役で働き、娘のそばにいられない義両親からの支援だ)。掃除、洗濯、朝夕の保育園送迎、オムツ替え、食事、風呂入れ……そこにウンウンと唸っている妻の世話も入ってくる。稼がないといけないので、仕事も疎かにできない。

 思えば最初の手術&入院は、日数としては2週間程度。しかも妻は病院で医師や看護師が見てくれていたわけだが、今度はそういかないうえに期間は半年と長い。元気に保育園の送迎をするママたちを見ていると「なんだって、ウチだけがこんな目に遭うんだよ」と妬ましくなるし、他の子のママから“絶対になんかあったでしょ”という顔で「最近ママ見かけないけど元気?」と尋ねられて答えに窮する自分がこれまた惨めになる。子供を自転車に乗せて保育園に向かっている最中、ついつい「毎朝毎夕やってらんねーわ! チッチッチッ」と思わず声に出したうえに舌打ちまで鳴らし、それを息子に聞かせた自分が猛烈に恥ずかしくなって、「ウォーーー!」とそのまま保育園を通り越してひとつ隣の駅までぶっ飛ばしたこともあった。だが、なによりも辛かったのは彼女の体だけでなく“悪い癖”までも弱々しくなったことだ。

 結婚してから気づいたことだが、彼女は食器棚の引き戸、洗面台収納棚の開き戸、洋服ダンスの棚……あらゆる棚を全開のままで開けっ放しにして平気な顔をする。何度も開けたらちゃんと閉めろと言い聞かせても開けっ放す。一向にやめる気配がないので「これは誰かorなにかに向けた、彼女にしかわからない大事なメッセージなんだろう」と捉えるように。だが、その開けっ放し具合が激変したのだ。開いていることは開いているのだが全開ではなく、“取り出したものorしまったもの+それらを掴んだ指”の幅で開けっ放しになっている。つまり、引き戸や開き戸を全開にする力すらも出せないのだ。それにハッとしてシンミリした。

■抗がん剤の副作用で救急搬送、即入院

 “喉元に残る熱さにも慣れる”なんて言葉は無いが、なんだかんだ大変な日々も送っているうちにコツや手順、体調の波が見えてくるもの。このまま乗り切れるかもと妙な自信がつくなかで事件は起きた。

 まずは息子が高熱を出して嘔吐、下痢がノンストップ状態に。悪魔憑依レベルでぐずる彼を小児科に診せるも高熱と下痢は治まらず。病院から帰ると、妻が高熱を出してダウンしてしまう。寝室では妻が唸り、リビングでは息子が大泣きしながらエンドレスで下痢。ようやく夜になって息子も寝てホッとしていると、妻がありえないほどフラフラになってリビングに倒れ込んでくる。背中にナイフでも突き刺さっているんじゃないかとビックリすると「救急車……」と呟き、救急搬送で即入院。診断は抗がん剤の副作用とのこと。がん細胞をやっつける治療をしているはずなのに、体がボロボロにされていくようにしか見えない。腫瘍摘出の手術をした際は術前の顔色と体調の悪さが消失したのに、抗がん剤は日を増すごとにどちらも悪くなる。そんな矛盾や不条理に考えを巡らせながら、入院中の妻に息子の便の状態をLINEで逐一報告し、復活した彼の面倒やら家事を済ませてテレビをつけたら、菅官房長官が新元号“令和”を発表していた。

 5日間の入院を終えた妻は、今回の強い副作用から抗がん剤の後遺症が身体に残る危険性があるとして投薬量を大幅に減らすことに。こちらとしては「いやいや、減らしたら駄目でしょ!」と慌てたが、その決定に彼女は安堵して涙。治療を減らしてホッとしてしまうとは……と、ここでもまた抗がん剤に対してモヤモヤした。そして悟った。本当に抗がん剤治療は手術の時よりもキツいと。

 ゴールデンウィークになって暖かくなると同時に体調も良好に。飲むと悪寒に襲われていた冷たいものをグビグビと飲めるようになり、吐き気も消えてシャキッとするようになり、仕事もガンガンするように。投薬最終日となる6月26日には、思わず無言で抱き合ってしまった。妻の“悪い癖”であった開けっ放しも、すべて全開の状態に戻った。それを見て「これは、とりあえず元気にはなりましたというメッセージなんだろう」とグッときてニンマリした。

 抗がん剤治療が終わってから半年。妻はいまも急に熱を出すことがあるが、息子を自転車に乗せて4キロ離れたスーパーまでぶっ飛ばし、そこからまた4キロ離れた公園で息子と遊んでのける。そんな姿を見て「あなたの大腸がんに効くかどうかわかんないんだよね」という医師の言葉がフラッシュバックするが、それでも「ウチって、大変な目に遭ったことないからな……」と楽観視するどこまでものんきな自分も相変わらずいる。

( 息子を産んだ1年後に妻の「がん」発覚という絶望 なぜ46歳の夫は「実は不幸でもない」と思えたのか?  へ続く)

■2020年上半期「ライフ部門」BEST5 結果一覧

1位:保育園で「最近ママ見かけないけど元気?」と言われて……10歳年下の妻が「がん」46歳男の惨めさ
2位: 「落ちたら死ぬ!!」初ドライブに選んだ国道157号が恐怖の“酷道”だった話
3位: メガネを拭くときに「絶対にやってはいけない」3つのこと
4位: なぜタクシー運転手は女性にだけタメ口で態度が横柄なのか
5位: 「セブンイレブンいいなあ」JR山陽本線 広島〜岡山の間“ナゾの終着駅”「糸崎」には何がある?

(平田 裕介)

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