「激闘、死闘であります」めったに起きない将棋の引き分け「持将棋伝説」を追う

「激闘、死闘であります」めったに起きない将棋の引き分け「持将棋伝説」を追う

阿部光瑠六段 ©?相崎修司

 2020年8月22日に行われた王位戦予選、阿部光瑠六段―長谷部浩平四段戦は、持将棋指し直しの末に長谷部が勝っているが、その持将棋成立の局面が話題となった。

 図がその局面である。手数の280手は持将棋局としても長いほうだが、それ以上に注目を集めたのが盤上の様相だ。40枚中33枚の駒が盤上にあり、そのほとんどがお互いの相手陣に集中している。持将棋局といえども、ここまで盤上に駒が集まったのは相当に珍しい。例えば、史上最長手数とされる420手で持将棋が成立した2018年2月の竜王戦、▲牧野光則五段―△中尾敏之五段戦でも、420手目における盤上の駒の枚数は24枚である。

■「駒が多いほうからいうものだよ」

 なぜこのような局面が生じたのか、まずは当事者2人に話を聞いてみた。

「途中から駒の数は数えていました。何度も持将棋を打診しようとは思いましたが、長谷部さんのほうが駒数が多いので、待っていました。△1七香を打たれて、一度記録係に時間を止めてもらい打診すると、お互いの合意で持将棋になりました。改めて振り返り、客観的にみると、相当に珍しい形ですよね」(阿部六段)

「途中の展開としては、こちらが入玉できるかどうか怪しく、まずは入玉を確定させようとしていました(長谷部玉が入玉したのは202手目)。もちろん24点法なのはわかっていましたが、先輩の阿部さんが(持将棋成立を)言い出さなかったので『棋戦によっては27点法があったかな』と疑心暗鬼になってしまいました。後日に別の先輩から『駒が多いほうからいうものだよ』と教えてもらいました。普段の将棋と異なり点数を取りに行くのは、見ている側なら面白いですが、実際に指すのは大変です。持将棋模様の指し方を練習はしませんからね(笑)」(長谷部四段)

■どちらも相手の玉を詰ます見込みがなくなった場合

 そもそも持将棋とは何か。日本将棋連盟の 対局規定 には「持将棋とは双方(少なくとも片方)の玉が敵陣3段目以内に入り(以下、「入玉」と言う)、どちらも相手の玉を詰ます見込みがなくなった場合を指す」と書かれている。

 対局規定にもある「入玉宣言法」は2019年10月より新たに導入されたルールだが、現在のところ、この規定で持将棋が成立した例は聞いたことがない。阿部―長谷部戦も両者の合意によるものである。宣言法が導入されたのは「お互いの合意が成立しない」可能性を考えてのことだが、宣言の条件を満たさないと負けにされるので、当事者としては相当にやりにくいだろう。事実、阿部六段と長谷部四段の両者も「宣言はしづらいです」と口をそろえる。

 そして、長谷部四段が触れた「27点法」とは、先手ならば28点、後手ならば27点あれば宣言したものが勝ちになるというルールだ。こちらはアマチュア棋戦で採用されている。対局会場の使用時間など、プロ棋戦と比べて決着をつける必要がより求められているからだ。

■意外な局面で持将棋が成立したケースも

 プロ棋戦でも27点法を導入すれば、決着は確実に早まると思うが(少なくともタイトル戦の七番勝負第8局は生じない)、27点法に前向きな声はあまり聞かれない。「駒の取り合いで別のゲームになる」というのがその最たる理由だろうか。

 逆に言うと、両者の同意があれば、傍から見て意外な局面でも持将棋が成立することになる。

 図は2012年5月18日の棋王戦、▲長岡裕也五段―△及川拓馬四段(当時)戦。先手の玉はまだ自陣にいるが、この局面で持将棋となった。総手数116手は、史上最短手数の持将棋(1976年以降のデータが入っている棋界関係者用のデータベースによる)となる。

 長岡五段に当時のことを聞いてみた。

「当時は公式戦でここから点の取り合いをするのもどうかなと思い、私から持将棋の提案をしました。提案がかなり早いので及川さんは驚いたようでしたが、了承してもらい持将棋となりました。対局後に研究会仲間と局面について話したときは、形勢としては持将棋ではないかということになりました。

 しかし、改めてみると先手の点数が足りるかぎりぎりのようにも思えます。1点勝負になるかもしれません。持将棋の最短手数ということは意識をしたこともないですし、今まで知りませんでした。普通はここで持将棋が成立することはないでしょうね。宣言法もできましたし、私も今ならここから何十手と指すでしょう」

■11万局以上の棋譜のうち持将棋局は200局ちょっと

 そもそも、プロ棋戦で持将棋はどのくらい起こり得るのだろうか。上記のデータベースには11万局以上の棋譜が収録されているが、そのうち持将棋局は200局ちょっとしかない。持将棋と同じく指し直しとなる千日手が2000局近くあるので、実に10倍近い差だ。

 現役棋士の中で、もっとも多く持将棋を経験しているのが小林健二九段で、通算対局1450局(数字は2020年9月1日現在、以下同)のうち、10局が持将棋となっている。続くのが中川大輔八段の9局(通算1209局)だ。ちなみに通算対局が2000局を超えている谷川浩司九段は8局(通算2212局)で、羽生善治九段は4局(2078局)。

 ただ、通算対局数が多ければ持将棋局も当然多くなる。通算対局数と持将棋局を比較して、持将棋出現率がもっとも高い棋士は誰だろうか。

「持将棋が多そうな棋士は?」と数名の棋士に聞いてみると、異口同音で「永瀬拓矢二冠」の名が挙がった。叡王戦七番勝負における2局連続持将棋の衝撃は小さくないだろう(豊島将之竜王という声はなかった。豊島竜王は叡王戦の前に持将棋を経験していないからか)。永瀬二冠は507局中5局が持将棋なので、ほぼ100局に1局の割合で持将棋が出現している。プロ棋界のトータル出現率と比較して5倍ほどである。

■1日に2局持将棋を指したという、前代未聞の経験

 ただ、永瀬二冠と並ぶ持将棋出現率の棋士がいた。村中秀史七段である。502局中5局なので、永瀬二冠の持将棋率とほぼ同じだ。しかも村中は1日に2局持将棋を指したという、前代未聞の経験をしている。

 2014年2月21日に行われたNHK杯予選で、村中七段は高見泰地七段と対局したが、総手数276手で持将棋となった。指し直し局は70手で見を下すと、続く予選2回戦で北浜健介八段と対戦。この一局も248手で持将棋が成立した。

 2局連続で持将棋というのはそれ以前に島朗九段が経験しているが(1986年10月3日のB級2組順位戦、対長谷部久雄九段戦が182手で持将棋、その3日後、10月6日のオールスター勝ち抜き戦、対小林健二九段戦が281手で持将棋)、1日で2持将棋、計4対局というのはとてつもなく体力を消耗しただろう。

 なお、持将棋の指し直し局が再度持将棋になった例はない(叡王戦の第2、3局はタイトル戦番勝負であるから指し直し局とは勘定せず、それぞれが独立した対局として数える)が、持将棋の指し直し局が千日手に、あるいは千日手の指し直し局が持将棋になった例はいくつか存在している。

「あの時はさすがに2局もやるかと思いましたが、もともと自分は相手の玉が入玉を目指した時に無理に捕まえに行かないタイプなんです。捕まえ損ねて点数負けの恐れがあるならば、持将棋でもう一局という傾向は他の棋士と比較しても強いでしょう。あと、居飛車党で、特に矢倉が多いから、その結果として持将棋が多くなるのかなと思います」と村中七段は語る。

「居飛車党、矢倉が多いから持将棋が多くなる」という言葉について説明すると、持将棋はお互いの玉が敵陣を目指すことになるので、相居飛車のように玉がまったく異なる筋にいる形のほうが出現しやすくなるのだ。双方の玉が入玉の邪魔にならないからである。逆に言うと居飛車対振り飛車の対抗形では持将棋が出現しにくい。お互いの玉が邪魔をする形になるので、入玉しづらいからだ。

 そうなると、必然的に振り飛車党の棋士は持将棋が少なくなる。例えば「藤井システム」で知られる藤井猛九段は1175局の公式戦を指しているが、持将棋はゼロだ。

■「相入玉になるとゲーム性が変わってくるので、それぞれのセンスが出る」

 持将棋ゼロの棋士でもっとも多く公式戦を指しているのは、振り飛車穴熊を得意とする福崎文吾九段(1418局)だが、本稿ではあえて、その次に位置する深浦康市九段(1362局中ゼロ)にスポットを当てたい。深浦九段が純粋居飛車党なのがその理由である。

「私は入玉模様でも積極的に捕まえに行くタイプと思っています。流れ次第で持将棋となるのは仕方がないですが、ギリギリのところで戦わないと勝てない、捕まえに行く姿勢が大事だと思っています。ただ、入玉模様の経験が多いので、持将棋がゼロというのは、正直、意外でした」と深浦九段はいう。

 続けて「相入玉の将棋は点数稼ぎになるので、独自のテクニックはありますよね。お互いが精一杯に戦った結果として、相入玉になるとゲーム性が変わってくるので、それぞれのセンスが出てきます。ファンの方にはそういうところも見てもらえればと思います」と語った。

 最後に、現在の持将棋王(?)である永瀬二冠が持将棋について語った言葉で締めたい。

「棋士のレベルが上がれば持将棋は増えてくると自分は思っています。人間と人間の全身全霊のぶつかり合い、激闘、死闘であります」

(相崎 修司)

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