新聞に期待する“嘘を嘘”と報じる義務 虚偽報入り乱れる「日本学術会議問題」の顛末

新聞に期待する“嘘を嘘”と報じる義務 虚偽報入り乱れる「日本学術会議問題」の顛末

こっそりブログを修正した甘利明税制調査会長 ©文藝春秋

《こんな時こそ、ネットがデマや不安を拡散するツールでなく、解と希望を見い出す(ママ)ツールにしましょう。みんなが誠実に情報を上げればいいんです。》(4月9日)

 自民党の甘利明税制調査会長は4月にツイッターでこんな呼びかけをしていた。ご立派です。

 しかしそんな甘利氏も中国の軍事研究につながる「千人計画」に日本学術会議が積極的に協力していると8月にブログで書き、今回騒ぎになると「間接的に協力しているように映ります」とこっそり修正。さらに注目されてしまった。(※日本学術会議の大西隆元会長は15日に「全く関わりがない。悪質なデマが流されている」と反論)

 甘利氏が訴えたネット利用の誠実さについての「こんな時こそ」はコロナ禍を指していたが、学術会議問題も「こんな時こそ」の該当案件になったと言える。

■真偽不明のデマが目立つ学術会議問題

 今回は真偽不明の話やデマが目立つことも特徴なのだ。声の大きい人が言ったもん勝ちみたいなのはどうすればいいのか。

 こんな状況下で注目したいのが新聞社によるファクトチェックである。ここ数年その試みはあったが、今回のような情報の混沌の中での仕事は貴重だ。

■新聞が真価を見せた「ファクトチェック」 

 毎日新聞はまずWEBでファクトチェックした結果を配信している。まさにWEBこそが真偽不明の言説を利用した主戦場となっているからだろう。ここ最近のファクトチェックを並べてみよう。

・「学術会議OBは学士院で死ぬまで年金250万円」 フジ解説委員発言は誤り(10月7日 )

・ツイッターで拡散「任命拒否6人、ツールで低評価だから学者と言えない」は誤り(10月10日)

・「学術会議がレジ袋有料化を提唱」ツイートは不正確 提言はプラごみ削減(10月14日)

・桜井よしこ氏「防衛大卒業生は、東大などが大学院受け入れを拒否」は誤り(10月16日)

・学術会議、中国との活動「覚書どおりに開催」は誤り(10月17日)

 毎日新聞は、

「誤り」→全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。

「不正確」→正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。

 と説明している。

 私は菅首相側の言うままに記者会見ではなく“インタビュー”を受け入れてしまう新聞の姿勢には疑問しかないが、一方で、SNSで声の大きい人がやりたい放題の今、新聞が事実を1つ1つ確認し、淡々とファクトチェック記事を出していく姿はこれぞ本来の姿と思う。

 かつて信濃毎日新聞で主筆を務めた桐生悠々は「言いたい事」と「言わねばならない事」とを区別しなければいけないと書いた(「他山の石」1936年6月5日)。

 新聞読み比べ好きとしてはそれぞれの「言いたい事」を読むのもたまらないのだが、しかし嘘まで言って相手にダメージを与えようとする人もいる今は「言わねばならない事」を新聞にはまずやってほしい。嘘が拡散していたらそれは嘘だと報じてほしい。そこには政権と距離が近いとか遠いとか関係ないはずだ。新聞に残された数少ない義務ではないだろうか。そうした作業を粛々としていくことは見直されるきっかけにもなると思う。

 さて、最近で印象深かった記事をあげておきたい。

 杉田和博官房副長官が任命拒否の判断に関与していたと先週報じられたが、実は読売ではとっくに報じられていた。

《任命拒否を巡っては、政府内で「政治的に大きなエネルギーを費やすことになる」との慎重論もあったが、首相と事務方トップの杉田和博官房副長官のラインで極秘に決定されたとされる。》

 これが10月8日の記事なのである。今回の問題が報じられてから1週間ほどで大事なことがさらっと書かれていた。

 かつて安倍晋三前首相は国会で憲法改正への見解をただされ、「自民党総裁としての考え方は詳しく読売新聞に書いているので、熟読していただければいい」と答えたが、政権内で気になる動きがあればやはり読売を熟読すべきなのだ。あの言葉こそ安倍前首相のレガシーなのかもしれない。

■「任命しない理由は判断をした側にしか分からない」

 次に、菅首相が任命しない理由を明らかにしないままの一方で学術会議にも問題があるという論調について京都女子大の南野佳代教授(ジェンダー法学)のコメント。

「任命しない理由は判断をした側にしか分からない。任命されなかった側に原因を求めるのは、いじめや性暴力の被害者に原因を求める2次加害の構造にも似て居心地の悪さを感じる」(東京新聞10月11日)

 まさしくこれだ。

 最後に紹介したいのは任命拒否された一人である加藤陽子氏の連載コラム。

「学術会議『6人除外』?『人文・社会』統制へ触手」(「加藤陽子の近代史の扉」 毎日新聞10月17日)

《今回の人文・社会系研究者6人の任命除外をめぐっては、「世の役に立たない学問分野から先に、見事に切られた」との冷笑もSNS(ネット交流サービス)上に散見された。だが、実際に起きていたのは全く逆の事態なのだ。人文・社会科学が科学技術振興の対象に入ったことを受け、政府側がこの領域に改めて強い関心を抱く動機づけを得たことが、事の核心にあろう。》

《顧みれば、科学技術という言葉が初めて公的な場に登場するのは1940年8月、総力戦時の学会大再編の時だった。この流れの結末を、私たちはよく知っている。》

《国民からの負託のない官僚による統制と支配は、国民の幸福を増進しない。2度目の敗戦はご免こうむる。》

 菅さん、加藤陽子氏の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』とか慌てて読んでみてください。任命したくなるはずです。

(プチ鹿島)

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