検事の取り計らいで妻と取調室セックス…平成最大の猟奇事件の捜査過程はなぜ不可解なのか

検事の取り計らいで妻と取調室セックス…平成最大の猟奇事件の捜査過程はなぜ不可解なのか

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「刺青が分からないように刻まなきゃ」遺体をサイコロステーキに…平成最大の猟奇殺人、凄惨な実態 から続く

 サイコロステーキほどに解体した人間の遺体を、無造作に渓流に落とし流されるままにする。これは戦後最大級の猟奇事件ともいわれる「埼玉愛犬家連続殺人事件」の一場面だ。

「埼玉愛犬家連続殺人」とは、1993年、犬などのペットを繁殖、販売する会社「アフリカケンネル」を共同経営する関根元や風間博子らによって4人の人物が殺害され、同社の名目上の役員であった中岡洋介(仮名)が死体遺棄などに手を貸したとされる事件のこと。

 この事件を取材した拙著『 罠 』(サイゾー)を原作とする『実録ドラマ 3つの取調室 〜埼玉愛犬家連続殺人事件〜』が10月4日午後8時にフジテレビで放送された。

 前編ではドラマでカットされた、事件のすさまじい実態を紹介した。この記事では、なぜ共犯者の中岡が全面自供に至ったのか、そして被害者らの殺害に手を染めたとされる風間が本当に殺害に関わったのか、捜査過程や公判の謎に迫る。(全2回の第1回/ 第1回 から読む)

■捜査当局の監視対象になった関根、風間、中岡

 関根、風間の逮捕に至る供述をしたのが中岡だが、なぜ全面自供に至ったのか、ドラマを見て不思議に思った視聴者もいたのではないか。プライバシーの問題もあり、そこもテレビドラマでは描けなかった部分だ。

 1993年に起きた、埼玉愛犬家連続殺人は3件で犠牲者は4人。1件目の直後から、関根、風間、中岡は捜査当局の監視対象になったが、それをあざ笑うかのように、2件目、3件目が起きた。

  証拠が見つからないまま年が明け、1994年2月から、関根の周辺で行方不明者が出ていることが、マスコミで報じられる。

  捜査は膠着したまま夏になったが、中岡は片品の自宅・通称「ポッポハウス」で2つ年上の久子(仮名)と暮らし始めた。しかし、中岡は組長代行を殺されたことに気づいた高田組からの報復を恐れ、警察がすぐに来てくれるところということで、久子とともに川越の久子の実家に生活拠点を移す。すぐに来てくれるどころか、家の前で警察は張り込んだ。10月2日、中岡は久子と結婚した。

  一方で捜査当局は、久子が勤務先の建設会社から、5000万円を横領していたことを掴んだ。これは痴話喧嘩のもつれによるもので、被害者の処罰感情は弱かったが、中岡を揺さぶれると当局は考えた。

■「お前が目的ではない。関根の逮捕が目的なんだ」

 10月17日、刑事の気迫に押されて、中岡は任意の事情聴取に応じた。帰ってくると警察の張り込みがなかったので、久子と2人で荷物をまとめて家を出た。富山、飛騨高山、神戸、四国と新婚旅行を兼ねた逃亡生活を送る。だが急拵えの仮歯がぐらついてきたことから、治療を受けていた帝京病院に予約を入れて、2人で出むいたことが裏目に出た。そこに捜査陣が張り込んでいたのだ。中岡は走って逃走したが、横領の容疑で逮捕令状が出ていた久子は逮捕された。

 久子のことを放っておけなかった中岡は、自ら埼玉県警行田署に連絡し、12月から任意の取り調べを受ける。「お前が目的ではない。関根の逮捕が目的なんだ」と言い聞かされ、関根に協力して死体損壊・遺棄を行ったと中岡は供述するに至る。

 まだ逮捕されていない中岡に、12月26日、27日の両日、岩橋検事は取り調べを行った。後に公判で中岡が明かしたことによれば、岩橋はこの時、「関根と風間に逮捕状を取れるだけのことを言ってくれればいい」と言い、中岡に関しては、「できれば起訴猶予にしてやりたいし、最悪、起訴したとしても20日ほどですぐ釈放してやる」と言ったという。

 久子の保釈を求めることも、彼は忘れなかった。すると岩橋は、「調書に署名すれば出してやる」と言い、「年内に出すと取引だと言われるので、1月5日の休庁明けに、保釈金200万で出すから」と詳細まで話したという。

 1995年1月5日、中岡が久子の弁護士に保釈申請を頼むと、その日のうちに釈放された。関根と風間が逮捕されたのが、その日である。

■好きなこと、何でも希望はかなえてやる

 中岡は1月8日に逮捕された。取り調べの滑り出しは順調だったが、中岡はしだいに態度を硬化させる。岩橋検事が言った、起訴猶予にするとか、すぐ釈放するというのが、空手形であることが見えてきたからだ。中岡は、取り調べを拒否する姿勢を見せるようになった。なんとか中岡の協力を得ようとして、岩橋は、特別な取り計らいを行った。

 1月20日、浦和地方検察庁熊谷支部の資料室で、中岡は妻と2人きりになることを許された。1月26日には、今度は元妻と、検事の執務室で2人きりになった。中岡は離婚した元妻とも親しくしていて、車の貸し借りをしていた。事件に使われたミラージュは元妻のものだ。

 関根・風間の控訴審(東京高裁)第3回公判に証人として呼ばれた中岡は、妻と2人きりで何をしたのかと弁護士から問われて、セックスしたことを明かした。「奥さんとセックスというのは、岩橋検事のほうから持ちかけたんですか?」との質問には、「いや、好きなこと、何でも希望はかなえてやると。自分のできる範囲のことは何でもやるからと言って。私はここ熊谷でナンバーツーですから、大概のことは融通利きますよ、と」と中岡は、岩橋検事の発言を紹介した。

 一方で岩橋検事も公判証言で、「自分と事務官は、私たちがいると自由に話せないことがあるのではないか、と思って出た」と2人きりにしたことを認めている。「今までの検察官の経験の中で検察庁内で被疑者と第三者を面会させたことはない」とも言っているが、日本中探しても、こんなことをさせた検察官はいやしないだろう。

■殺人に関しては一貫して否認している風間博子

 異常なほどの利益供与と引き換えに行った供述を、中岡は公判で「信用性は全くない。ゼロである」「内容は、検事が考えた作文調書である」と翻し、「私は、博子さんは無実だと信じております」と語った。

 風間博子が殺人を行っているという確実な証拠があれば、中岡の発言は嘲笑されて終わっただろうが、そのような証拠はない。さらに、中岡は浦和地裁と東京高裁で同様の発言を5回もしている。

 風間博子は死体損壊・遺棄を行ってしまったことは認めているが、殺人に関しては逮捕以来、一貫して否認している。その風間の証言の中身を見てみよう。

 1993年4月20日、中岡の運転するアウディに、自分のクレフで付いていったことを、風間は認めている。その前日に「中岡は俺の仕事でいろいろ動いてもらっているから、中岡に用を言われたら動いてくれ」と関根に言われていたこともあり、車の貸し借りのための移動だと思い込み従ったという。東京にいる中岡の元妻や恋人と、キーを共有して顔を合わせずに車の受け渡しができることを、風間は知っていた。

  翌日の夕方、ペットショップに現れた関根から、風間は山上殺害の事実とともに、アウディが彼の車だと知らされ、「お前も山上の車を運んだのだから、殺人の共犯だ」と言われ、衝撃を受けた。

■シリアルキラーが共犯者に配慮?

  7月21日、夕方、ペットショップに現れた関根から、「今夜、高城んちに行ってるから、10時頃迎えに来てくれ」と言われ、30分ほど遅れてクレフで高城宅に行き、殺害現場に居合わせることになった。遺体を載せたカリーナバンを運転し、ポッポハウスでは関根から呼びつけられ、解体しやすいように遺体をずらすのに手を貸してしまった。

 私は当初、この概略を知った時、果たして殺人を行う者が、共謀していない者を現場に呼び寄せるだろうか、と疑問に思った。

  一方で、中岡の供述も実に奇妙なものだ。関根は、小心者の中岡に死体になった山上を見せて脅して仲間に引き入れたというのに、重罪になる殺人も、根気の要る遺体の解体もさせなかったというのだ。中岡が出かけている間に山上は死んでおり、高城、小宮山殺害の際は、家の外のカリーナバンで待っていたという。これが事実なら、中岡が殺害の共謀にもならないように、関根が配慮してくれたということになる。

■風間は関根と離婚し、別居していた

 山上の妻は、浦和地裁でこう証言している。夫が帰ってこず、会社に電話して出社していないことを確かめた4月21日、犬の売買のトラブルがあったのを知っていたので、アフリカケンネルに電話した。電話に出た風間は、あっさりと関根がポッポハウスにいることを伝え、電話番号を教えた。山上の弟がポッポハウスに電話すると、中岡も関根ものらりくらりとした受け答えをした。業を煮やした山上の兄弟らは、車でポッポハウスまで行ったが、出先から車で帰ってきてそれを見た関根と中岡は、その場から逃げ去っている。

 居場所を教えたということを、風間は関根に伝えなかったのだ。そんな共犯者がいるだろうか。

 この頃、関根はポッポハウスで暮らし、風間は熊谷の元から住んでいた家で、子どもたちと暮らしていた。1993年1月、籍を抜き、風間は関根の元妻となり、別居していたのだ。

 離婚のきっかけは、92年暮れ、アフリカケンネルに税務調査が入ったこと。不動産名義を風間に移して離婚したほうがいいという弁護士のアドバイスを受けて、風間は離婚を切り出し、関根も了承した。しかし、それまで風間の連れ子である長男は、手を切り落とされそうになるなどの虐待を受けており、風間自身もひどい暴力を受けていたので、風間側は本心から別れようとしていた。

 この頃、関根は友人であった高城に「離婚してこのままだと、自分の手元には残るものがない」と漏らしている。税金逃れの偽装離婚と思い込んでいたが、風間は本当に離婚しようとしていると気づいたのかもしれない。

 共犯という軛で、風間を再び自分の支配下に置こうとしたのではないか。犯行を完全にコントロールできるシリアルキラーなら、その性格を熟知している風間が現場に来ても、言いなりにさせることができると考えたかもしれない。

■「真実は今でも分からない」

  遺体の解体の際に、風間が中村美律子の「大阪情話」を口ずさんでいたと中岡は供述している。だが中岡が事件のことを書いた手記を読むとそれは、同じ中村美律子であるが「河内おとこ節」だ。その違いを中岡に質すと、こう答えた。

「博子が演歌を歌ってたなんて、ありゃあ嘘だからね。そういうふうに書かなきゃ、おもしろくないでしょ。ノンフィクションみたいにはなってるけど、あれは小説だから」

  風間は殺人における無実を訴えて、再審請求を行っている。第1次再審請求は、警察の監視記録にある車の動きが風間の供述に一致し、中岡の供述とは矛盾するという内容だ。これは警察官の見落としだとして、最高裁で棄却された。現在、第2次再審請求が進行中だ。

「真実は今でも分からない」

 水野美紀演じる女性刑事は、ドラマの最後に呟いた。最高裁で判決が確定したとはいえ、事件の真相が明らかになっているとは、とても言えない。

(深笛 義也)

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