「生活全般においては、松永に従って……」緒方純子が法廷で明かした6人殺害の“罪状認否”

「生活全般においては、松永に従って……」緒方純子が法廷で明かした6人殺害の“罪状認否”

写真はイメージ ©?iStock.com

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第33回)。

■第3回公判、松永弁護団が読み上げた意見書

 2003年5月21日に福岡地裁小倉支部で開かれた、松永太と緒方純子の第3回公判。午前中に終了した松永の罪状認否に続き、午後には松永弁護団による意見書の提出があった。その際に松永は、これまで着ていた黒いウインドブレーカーを脱ぎ、黒いTシャツ一枚の姿になっていた。

 まずは甲女(広田清美さん、仮名)への監禁致傷と乙女(原武裕子さん、仮名)への監禁致傷、ならびに詐欺・強盗についての意見書が読み上げられたが、これは松永本人が午前中の罪状認否で主張していることもあり、割愛する。

 続いてこれまでに起訴された6件の殺人事件について、各事件ごとの意見書が弁護人によって読み上げられた。なお、すべて殺人罪での起訴に対するものである。

●緒方花奈ちゃん(仮名、当時10)事件

「死亡事実は争わず。しかし、加担はない。殺害の動機もない。無罪である」

●緒方孝さん(仮名、当時61)事件

「緒方による通電行為で、制裁的な意味だった。死に至らしめることへの認識、認諾はしていない。傷害致死、もしくは重過失致死である」

●緒方和美さん(仮名、当時58)事件

「動機も行為もなく無罪である」

●緒方佑介くん(仮名、当時5)事件

「加担、指示、謀議はなく、無罪である」

●広田由紀夫さん(仮名、当時34)事件

「(起訴内容が)あまりに抽象的で無罪である。認否は不可能」

●緒方智恵子さん(仮名、当時33)事件

「死亡の事実については争わず。加担、謀議、動機、指示はない。無罪である」

 松永弁護団によって以上の意見が出されたところで、検察側が質問をする。

「孝さん事件について、重過失致死を使っていますが、通電行為は暴行にあたると考えないのですか?」

 それに対し、松永弁護団は次のように回答した。

「(暴行にあたるとは)考えていません。通電と死亡の間に因果関係が認められない限りは、重過失致死にあたると考えています」

 これらのやり取りに続き、緒方の罪状認否となった。白シャツにジーンズ姿の緒方が証言台に立つ。松永弁護団の意見書と同じく、起訴された順に緒方は認否を行っていく。

■緒方の罪状認否

●緒方花奈ちゃん事件

「甲女とふたりでしました。殺害の事実は認めます。電気コードによる絞殺で、(起訴内容にあった)すのこに縛るのはやっていません。通電による殺害ではありません。松永と共謀してやったことは間違いありません。実行行為は私と甲女のふたりです」

●緒方孝さん事件

「父・孝の死亡の事実は認めます。ただし、殺意はありませんでした。(通電箇所は)唇ではなく両乳首でした。私が通電しました。共謀の意味はわかりませんが、通電の前に『交代してくれ』と言われ、交代しました。最初に松永が通電していました。その後、父が死亡しました。それを共謀というのかどうかはわかりません」

●緒方和美さん事件

「認めます。(起訴状への)記載の通りです。使ったのは電気コードです」

●緒方佑介くん事件

「間違いありません。(起訴内容には)コードまたは帯様のものとありますが、電気コードです」

●広田由紀夫さん事件

「間違いありません。殺意を持って、私に関しては未必の故意があったのは間違いありません。死ぬかもしれないと思いましたが、『構わない』は語弊があります。でも、見殺しにしています。松永がそう考えていたかどうかは、私にはわかりません。ただ、(起訴状への)記載の事実は、松永の命令がなければ行ってはいませんので、それが共謀になるのだとすればそうです。生活全般においては、松永に従ってましたので」

●緒方智恵子さん事件

「間違いありません」

 これで緒方の認否は終了した。広田由紀夫さん事件について緒方が認否を証言している際、松永は下を向いて聞いていたが、「生活全般においては、松永に従って――」のくだりの部分で顔を上げ、緒方の背中を見つめていたのが印象的だった。

■長時間に及ぶ検察側の冒頭陳述

 続いて検察側が冒頭陳述を読み上げる。そこでは6人の被害者それぞれの身上、経歴等に始まり、本件各犯行に至る経緯等として、松永が経営していた布団訪問販売会社「ワールド」の業務内容や、同社で暴力によって従業員を意のままに支配した経緯や状況なども説明された。

 その後、松永と緒方が出会った経緯、さらには松永が緒方を支配下に置いた経緯と状況が詳らかにされ、やがて「ワールド」が破綻したことで福岡県柳川市から逃亡。同県北九州市に移り住む流れが明かされる。

 それからは6人の被害者のうち、まずは広田由紀夫さんについて、出会いから殺害、遺体の損壊、遺棄の状況に至るまで具体的に語られてゆく。

 やがて緒方家のうち、これまでに起訴された5人についての、虐待から殺害に至るまでの経緯の説明がなされた。孝さん、和美さん、智恵子さん、佑介くん、花奈ちゃんという殺害順に、起訴状をはるかに上回る具体的な言葉で、予想していた以上に詳しく開示されたことから、法廷内にどよめきが生じる。

 そうした検察官による冒頭陳述の様子を、松永はときには首を傾げ、それは違うというふうに首を横に振ったりしながら聞く。一方の緒方は、手元にあるメモ帳にときおりなにかを書き込むくらいで、微動だにしない。

 長時間に及ぶ検察側の冒頭陳述が終わると、松永弁護団は、松永関係の乙号証(被告人の供述調書)が提出されていないことを訴え、「冒頭陳述立証関係の乙号証が出て、最低でも2週間は経たないと、認否はできないし、冒頭陳述もできない」と主張した。

 そこで裁判長は裁判官、検察官、弁護人の3者協議を行うために、休廷を宣言。やがて開廷してから、次回の公判は6月25日の午前10時30分からで、そこでは監禁致傷、詐欺・強盗の証拠調べと、殺人の控訴事実に対する弁護人の申し立て、さらに検察側冒頭陳述への釈明要求をできるようにしたいと述べ、閉廷を告げたのだった。

 その後、それぞれが手錠と腰縄をつけられての退廷時には、松永と緒方が互いに視線を交わすことはなかった。

■隆也さんに対する殺人罪で起訴

 5月30日、捜査本部は松永と緒方を緒方隆也さん(仮名、当時38)への殺人容疑で再逮捕した。容疑内容は、両名は1998年1月頃から北九州市小倉北区のマンションで、隆也さんを電気コードによる通電などによる虐待で支配下に置き、満足な食事を与えずに飢餓状態にしたうえ、治療を受けなければ死亡すると知りながら放置し、同年4月13日頃に、同マンション浴室内で、胃腸管障害による腹膜炎または急性心不全で死亡させたというもの。

 弁解録取書では、松永は容疑を否認し、緒方は「すべて間違いありません」と犯行を認めている。

 その後、6月20日に福岡地検小倉支部は、松永と緒方を隆也さんに対する殺人罪で起訴した。公訴事実は以下の通りだ。

〈被告人両名は、平成9年11月ころから同10年4月初めころまでの間、北九州市小倉北区片野×丁目×番×号『片野マンション』(仮名)30×号室、あるいは同市小倉北区東篠崎×丁目×番×号『東篠崎マンション』(仮名)90×号室において、緒方隆也(当時38年)の自由を制約するなどして自己らの支配下に置き、生存に必要な食事を十分に与えないまま、同人の心身に強いストレスを与える身体への通電等の虐待行為を繰り返すことにより、同人を栄養失調の状態に陥れ、同月8日ころには、同人が自ら立ち上がることもできず、飲食物を与えてもことごとく嘔吐するなど、明らかに医師の適切な治療を要する衰弱状態に陥り、同人をこのまま放置すれば近く死亡するに至ることを十分に認識していたのであるから、直ちに同人の生存に必要な医師の適切な治療を受けさせて同人の生命身体を保護すべきであったにもかかわらず、共謀の上、殺意をもって、飲食物の摂取のできなくなった同人を、医師の適切な治療を受けさせることなく、そのころから、上記『片野マンション』30×号室の浴室内に放置して衰弱するに任せ、よって、同月13日ころ、同所において、同人を極度の飢餓状態に基づく胃腸管障害による腹膜炎により死亡させて殺害したものである。

 罪名及び罰条

 殺人 刑法第199条、第60条〉

 この起訴により、前年3月の事件発覚以来、約1年3カ月に及ぶ主要な捜査は、すべて終結した。この間に2件の監禁致傷罪、1件の詐欺・強盗罪、7件の殺人罪での起訴が行われている。

 なお、第3回公判では取り上げられなかった、緒方隆也さんに対する殺人罪での罪状認否は、8月6日に福岡地裁小倉支部で開かれた第5回公判で行われ、松永は起訴事実を否認。緒方は認めている。

 公判については、最終起訴から2年以内に第1審判決を目指す裁判迅速化法に基づいて、同年10月以降は週1回のペースでの集中審理が続き、2005年1月の第72回公判まで審理が行われた。その後、同年3月に両被告に死刑が求刑される論告求刑公判が開かれ、同年4月から5月にかけての3回の公判で、最終弁論が実施されて公判は結審。同年9月28日の判決公判で、両名に死刑が言い渡された。

 なお、緒方については2007年9月26日に福岡高裁で開かれた控訴審で、死刑判決が破棄され、無期懲役判決が言い渡されている(検察側が上告)。

 2011年12月12日、最高裁は松永の上告を棄却し、その後、死刑が確定。一方、緒方の無期懲役判決に対する検察側の上告も棄却され、無期懲役判決が確定した。

(小野 一光)

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