有料会員600万人 デジタルシフトに成功したNYタイムズと、凋落する日本の新聞社の“違い”

有料会員600万人 デジタルシフトに成功したNYタイムズと、凋落する日本の新聞社の“違い”

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■歯止めが効かない新聞発行部数の減少

 国内の新聞発行部数は21世紀に入って以来ずっと右肩下がりだ。20年間で30%低下している。特に深刻なのは、ここ最近の減少速度が加速していることだ。前年比2%前後で安定していた減少率が、2018年から5%超と急増している。購読者数の分母が減っているので減少率が増えても不思議ではないが、それにしても一気に2倍以上というのは大きい。若い世代が紙の新聞を読むとは思えないので、紙離れは益々加速するだろう。

 ちなみに、全国紙5社の朝刊発行部数は下記のようになっている。

1.読売新聞?? ??? ?8,099,445 部
2.朝日新聞?? ??? ?5,579,398 部
3.毎日新聞?? ??? ?2,435,647 部
4.日本経済新聞 ?? ?2,333,087 部
5.産経新聞?? ??? ?1,387,011 部

(出所:日本ABC協会、2019年1月〜6月平均)

 紙が苦戦している直接の原因はネットでのニュース配信だろう。わざわざ紙の新聞を取らなくても通勤途中にスマホでニュースを読める。PCでも読めるが何と言っても移動中に読めるスマホが便利だ。興味があればその場で検索することもできる。この利便性に慣れてしまうともはや紙には戻れないだろう。ちなみに筆者は紙ならではの良さに惹かれて、いまだに4紙を自宅で購読している。

 もちろん新聞各社も購読者数減を黙って見ているわけではない。敵に塩を送る(ネット配信サイトにニュースを提供)、自ら電子版でニュースを配信する(有料・無料)などデジタル化対応に余念がない。しかし、新聞社全体の売上高が過去20年間で30%も低下しているところをみると、デジタル化で減少分(購読料と広告料の合算)を補っているとは言い難い。

 では、肝心の電子版の有料購読者数はどうなっているだろうか。日本経済新聞社は76万7978人(2020年7月1日時点)と日本で最も多い。紙の購読者数に対して37%の電子版購読者数(重なっている購読者あり)とかなり健闘している。朝日新聞は1995年から電子版を配信しているが有料会員数は32万人と日本経済新聞の半分以下に留まっている(2020年5月)。それ以外の大手新聞社は有料電子版の購読者数を公表していないところをみると、電子版への移行に苦しんでいるのだろう。これは日本に限ったことではない。世界の新聞業界に共通の問題だ。

■デジタルへの移行が成功しつつある数少ない新聞社

 ところが、ここに電子版の有料購読者獲得に大きく成功している新聞社がある。1851年に創業されたニューヨークタイムズ(以下、NYT)だ。同紙は米国を代表する高級紙だが、発行部数はピーク時でも110万部と日本の全国紙に比べると規模が小さな地方紙であった。知名度では日本の全国紙に劣らないものの、発行部数と地方紙というアナロジーでいけば東京新聞といったところだろうか(東京新聞の朝刊発行部数は44万部、NYTの発行部数は80万部)。そもそも米国の新聞社は、1982年に創刊されたUSA Today のような全国紙もあるが、基本的にはワシントンポスト、ボストングローブ、サンフランシスコクロニクルといった地方紙が中心である。これはそれだけ国土が広いという事情もある。

 その小さな地方紙の一つであるNYTが、日本の全国紙が足元にも及ばない有料電子版会員数466万千人(2020年9月末時点)を獲得しているというから驚きだ。日本で最も成功している日本経済新聞社の6倍の数字である。また2020年第2四半期には、電子版の売上高(購読料と広告収入)が紙の売上高(購読料と広告収入)を初めて抜いている。筆者が知る限り、紙からデジタルへの移行が成功しつつある数少ない新聞社だ。

■NYTはなぜ電子版を増やせたのか

 ではなぜほとんどの新聞社が果たせていない電子版での成功を一地方紙であるNYTが成し遂げられたのだか。その理由は、他紙では読めない独自記事を連発したことにある。NYTはこの強みを強化すべく、記者を1,550人(2019年4月時点)から1,700人(2020年4月時点)と1年間で150人も増やしている。

 少し脇道にそれるが、東京都大田区に玉子屋という宅配弁当会社がある。当日の朝に電話またはFAXで注文を受け(現在はネット注文もあり)、東京23区・川崎・横浜にある会社に昼の12時までに弁当を配達する。日々65,000食もの弁当を作り、当日の注文受付にもかかわらず、弁当廃棄率は0.1%未満というから驚きだ。遠方の顧客への配達は注文を受けてから配達車が出発したのでは間に合わないから、午前8時には予測した弁当を積んで出発する。注文受付は当日9時からなので、予測と異なる場合は現地で積み替えて調整するという離れ業を行う。この奇跡的なオペレーションについてはほとんど知られていないが、NYTはその玉子屋を取り上げたのである(2013.02.13)。曰く 「ハイテク日本で、いまだFAXのオペレーションが残っている……」 といったタイトルだ。いま思うとこれもNYTの情報収集力を知らしめるものであった。

■原動力は自己分析と戦略の策定

 話を戻そう。NYTの武器が独自記事にあることを述べたが、どの新聞社も基本的に独自記事を載せようと努力しているはずだ。だから、独自記事を揃えれば有料電子版の購入読者数が増えるというほど単純ではない。ではいったい何が違うのであろうか。

 ここでNYTが電子版で成功するまでの道のりを簡単に振り返ってみよう。先に述べたように、独自のスクープ記事で異彩を放っていたNYTではあるが、2008年、地元ニューヨークを震源地とするリーマンショックで広告収入が激減し、経営危機に陥った。翌2009年には本社ビルを一部売却してなんとか経営危機を凌いでいるが、業績悪化は止まらない。そこで2011年に電子版の有料化に踏み切るものの、すぐに購読者数が伸びるわけではない。それでも2015年7月には100万人を超えている。電子版の有料化からわずか4年での成果だ。その原動力となったのが、自己分析と戦略の策定である。

 イノベーションレポートと題されたその内容は、まさに戦略の定義そのものといえる。

1.【現状分析】新聞社全体が「紙」の新聞中心に組み立てられていること。デジタルがその犠牲になっていること
2.【あるべき姿】「デジタルでの情報発信」を中心に据え、新聞社全体をリセットして組み直すこと
3.【変革のシナリオ】会社の構造、風土、人事(社員教育、採用、昇進の仕組み)などを変えること

 とNYTがとるべき戦略を明確化したのである。まず現状分析はどこにもありそうなことだ。

 重要なのが現状を否定して、【あるべき姿】と【変革のシナリオ】を進めるという覚悟である。これができたのは、比較的小さな規模であり、強大な新聞配達のネットワークを有するわけでもないという事情もあったことであろう。

 新聞社に限らず、またデジタル化に限らず、変革で躓く企業は、経営陣にも社員にも共通の兆候がある。それは、

1.そこそこの成功で満足してしまい危機感を持てない
2.ビジネスモデルを思い切って転換することができない
3.会社の構造、風土、人事まで変える覚悟がない

 という兆候だ。10月に亡くなったサムスンの李健煕(イ・ゴンヒ)会長は、1997年の経営危機にあって、“妻と子以外は全て変えろ”という有名なメッセージを幹部たちに発したが、まさにその覚悟がないと会社は変わらない。しかし、これは想像以上に難しい。経営破綻するのではないかという状態まで追い込まれないと組織はなかなか変われない。

 話を戻すと、NYTは2年後の2017年、明確に「紙と広告中心のビジネスモデルからの決別」をあらためて宣言している。NYTの変革は、100万人という数字に満足することはなかったのだ。

 日本の全国紙は、新聞紙を家庭に配達する強力な物流ネットワークを持つという強みが弱みに変わるので、電子版へとビジネスモデル転換しようにもできにくい。この事情は新聞業界に限らない。これまで成功してきた企業ほど、デジタル中心に会社全体を変革することは困難なのである。

■NYTは今後どこへ向かうのか

 さてNYTは今後どこへ向かうのであろうか。大きく二つの方向がある。

1.動画を使った情報発信
2.潜在購読者層の地理的拡大

 いずれもすでに実行中である。

 動画は紙の新聞ではできなかったことだ。デジタルで初めて可能になった。潜在購読者層拡大も同様だ。紙では困難であった地理的制約の撤廃と英語圏の潜在読者層の存在を掛け合わせることによって、欧州などの海外購読者層を一気に広げる可能性が出てきた。地方紙から全国紙を飛ばしてグローバル紙に駆け上がる攻めの変革である。

 同社はデジタル関連の有料会員数が9月には600万人(スマホアプリ等の会員含む)を超えたと発表しているが、その数値に決して満足していない。なぜなら購読者の対象が5億人と広がったからである。分母が5億人であれば、購読者が1000万人になったとしても2%にすぎない。満足している暇はないのである。まさにこの発想の転換こそが「デジタル中心に組み換える」ということの意味なのだ。

 この戦略を推し進めるべく、月額$17という電子版の購読料をこの1年間に限って$8と半額キャンペーンをはっている。さらに米国外の読者には一年間に限って月額$2という破格の価格で誘っている。このキャンペーンが効果をあげるかどうかは、購読者がリピートするかどうかにかかってくるが、そこで武器となるのが冒頭に述べた“独自スクープ”なのである。NYTの成功は、デジタル化を恐れることなくジャーナリズムの基本に戻ることの大切さと、攻めの姿勢の大切さを教えてくれる。まさにデジタル中心に会社全体を組み替えた様子が伝わる。

 紙の購読者数と広告収入は相変わらず減少している。電子版を大幅に伸ばしたNYTといえども、決して楽観できない。デジタル化の変革はまだ始まったばかりなのだ。

(宮永 博史)

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