桜問題で不起訴に 安倍前首相は、なぜ「黒川検事総長」の人事に固執していたのか

桜問題で不起訴に 安倍前首相は、なぜ「黒川検事総長」の人事に固執していたのか

安倍晋三前首相 ©文藝春秋

「政治の介入を許した…」安倍・菅政権と検察庁との壮絶な人事抗争で生まれた深い亀裂 から続く

「安倍前首相を不起訴」との速報が12月24日に日本中を駆け巡った。年末にかけて再燃していた「桜を見る会」問題への捜査も大詰めを迎えつつある。検察は安倍氏の公設第一秘書を政治資金規正法違反の罪で略式起訴し、安倍氏本人は不起訴処分とした。

 伝説の検察記者と呼ばれるジャーナリストの村山治氏が上梓した、『 安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル 』は発売直後から反響を呼び、瞬く間に3刷が決まった。官邸と検察庁の知られざる暗闘や、黒川元検事総長を巡る騒動の裏側を描いた本書には、一方で「桜を見る会」問題の本質を知る上で重要な新事実がいくつも書かれている。今回はその核心となる部分を一挙掲載する。

■「検察独立」の実態とは

 検察は明治以来、政治とカネの不正を摘発する機関として国民の期待を担ってきた。その期待に応えるには、検察が検察権行使や人事で政治から独立していなければならない。

 政権側は、政界事件が起きると、捜査にあれこれ注文をつけたり、首脳の交代期には人事に口を挟もうとしたりしてきた。政治腐敗を許さない世論の意を体した報道機関や野党が、それらの動きを厳しく監視し、政権側が、検察の捜査や、法務・検察首脳の人事に口出しできない雰囲気を作ってきたのが「検察独立」の実態だった。

 繰り返すが、法務省はこうした世論を背景に、法務・検察幹部の人事で波風が立たないよう周到な根回しをしてきた。それもあって、時の政権は概ね、法務・検察の人事や仕事に対する介入については謙抑的な姿勢を貫いてきた。

「これまでは、官邸と法務省が、それぞれ互いの立場や意思を尊重して建設的に十分協議しましょうね、ということでやってきた。ベースにあるのは、政権側が恣意的に検察の人事を壊すのは問題であるのと同様、検察側が恣意的に検察権を行使するときに政権側が人事でもコントロールできないのは困る、ということ。それが、憲法が求める本来の政治と検察のチェック&バランスだった。それは、政治も、法務・検察も理解していたはずだった」

 政治と検察の舞台裏に詳しい法務・検察幹部はこう指摘した。

■黒川ゆえに起きた介入?

 では、安倍政権は、歴代政権が踏襲してきたスタイルをなぜ変えたのか。

 政官界の事情に通じた法務・検察幹部は言う。

「政権側が検察の人事に口出ししてこなかったのは、検察については、敷居が高くて、検察にどういう人材がいるのか、わからなかったからだ。財務や経産、総務省など一般の行政官については、日常業務を通じて人柄や能力を把握できるので、人事の適否についてその役所と議論をできる。しかし、検察については、法務官僚から説明を聞いてもよくわからない。さらに、人事をいじろうとすると、社会部マスコミが騒いで面倒なことになる。その2点から、触らず放置してきたことが慣例になったにすぎない。今回の問題は、黒川、林の検事総長候補がいずれも、若いころから官邸によく知られ、『わからない』ケースではなかった。それで、口を出しやすかったことがある」

■相手に親近感を持たせる特有の才能が……

 確かに、今回の人事騒動は、黒川という稀有な官僚が存在したがゆえに起きた問題といえなくもない。いくら人事権があるといっても、その組織や人を知らないと手は突っ込みにくいものだ。知らなければ、関心ももたない。

 黒川は10年近く政界ロビーイングを担当し官邸有力幹部らと気心が知れる関係になっていた。しかも、相手に親近感を持たせる特有の才能が、話のできる黒川を検察のトップに据えた方が何かとやりやすい、との官邸側の誘惑を招いた側面は否定できない。

 しかし、検察は、政治腐敗を摘発する準司法機関だ。その人事に手を突っ込めば、政権は「自らの腐敗疑惑を潰すために検察人事に介入した」と国民から批判を受け、また、法務・検察側も「政治に忖度して捜査を歪めるのではないか」との不信を招くのは目に見えていた。政権、検察、どちらにとっても、ハッピーではない。それがわからないほど、政権を担う政治家はお人好しではなかろう。

 やはり、安倍一強政権の驕りがあったのではないか。

■官邸に「忖度」する空気が蔓延

 2012年暮れに発足した第2次安倍政権は、政治主導を強調し、内閣法制局長官、日銀総裁をはじめ、厚労省や海上保安庁で強引ともいえる人事を次々に行ってきたことは前にも述べた。

 その強引な官僚グリップの結果、官僚の間には官邸に「忖度」する空気が蔓延した。萎縮と保身。官僚に国家・社会に貢献する公僕としての矜持は薄れ、政権に奉仕する下僕になった。

 17年から18年にかけての「モリカケ」(森友・加計学園)問題でこの政治による官僚統制強化の弊害が顕在化した。しかし、政権はそれを反省するどころか、さらに調子に乗り、ついに検事総長人事にまで介入した。

 それを許したのは、野党のふがいなさであり、マスコミの「油断」だった。

 官邸はいったん人事の方針を決めると、当の黒川や辻ら歴代の法務事務次官が「黒川検事総長では、検察現場が納得しない」と諫め、検事総長には林がふさわしい、と繰り返し説得しても決して応じなかった。結局、官邸は、黒川が退場するまで黒川にこだわり続け、憲政史上最長の7年8カ月首相に在任した安倍は、黒川の勤務延長の閣議決定から7カ月後の8月末、辞任表明に追い込まれた。

■「悪女の深情けで身を滅ぼした旦那みたいに」

 若いころの特捜検事としての黒川をよく知り、黒川を「特捜部長にしたかった」という元検事総長はこう評した。

「向こう(官邸)には向こうの意図があるんだろうけど、(黒川は)悪女の深情けで身を滅ぼした旦那みたいになってしまった」

 官邸は本気で、黒川への論功行賞として検事総長昇格を考えていたのだろうか。法務・検察の大勢が林検事総長を望む中で、黒川を検事総長にごり押しすれば、黒川が検察内外から集中砲火を浴びて傷つくことは百も承知のはずだ。褒美どころではない。黒川自身、「そうなるから、やめてくれ」と懇願していた。

 やはり、安倍政権が、自らにダメージとなる事件、例えば、前法相の河井克行が妻の案里の選挙で地元議員らを買収したとされる事件、あるいは、安倍が「桜を見る会」前夜の夕食会参加者に飲食代を提供したことが公選法違反(寄付行為)などに当たるとして、全国の弁護士や学者ら約660人から告発状を出された事件で、黒川が穏便に済ませてくれることを期待して検事総長に起用しようとしたのではないか。そうであれば、辻褄は合う。

■聴取を避けたいという強いモチベーション

 ただ、河井事件については、検事総長である稲田の肝いりで、黒川の勤務延長前の2020年1月の段階で捜査に着手してしまった。官邸が想定していた稲田から黒川への交代は5月中だったとみられ、河井側に流れた1億5000万円の問題を捜査しないのなら、そのころまでには捜査の結論は出てしまっていると見込まれた。実際、検察は1億5000万円問題を不問に付した。

 時期のずれを考えれば、河井事件については、黒川への「期待」の対象にはならないとみられた。実際には、コロナ禍や検察庁法改正審議の影響などもあり、河井の逮捕は6月にずれ込んだが、政権にとっても、その「遅れ」は予想外だったのではないか。

 むしろ、政権が黒川に期待していたとすれば、「桜を見る会」の方だろう。検察が告発を受理して捜査を始めるにしても、黒川の総長就任後と見込まれた。地検が安倍ら被告発者を処分する際に、黒川に穏当な処分を期待していた可能性は十分にあったと思われる。

 菅、杉田と親交のある政治ジャーナリストはこう指摘する。

「安倍は、桜を見る会問題で検察の捜査が始まると、父親の代からの後援者が次々聴取を受け、さらに自分も聴取を受ける恐れがあると考え、そうした事態を避けたいという強いモチベーションを持っていた。その意を受け、あるいは忖度して安倍側近の官邸官僚らが黒川を検事総長に担ごうとしたのではないか。菅、杉田も黒川総長路線で進めていたのは確かだが、菅らにそこまでの動機はなかったと思う。少なくとも杉田は、(勤務延長については)あいつら(法務省側)が苦し紛れにこれしかないというから乗っかっただけ、という受け止めだった」

(村山 治)

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