官邸による人事介入……「安倍・菅は検察庁を壊した」村山 治×中島岳志対談

官邸による人事介入……「安倍・菅は検察庁を壊した」村山 治×中島岳志対談

村山氏

「桜」問題、元農相の現金授受疑惑の捜査で威信回復に挑む検察。安倍・菅政権はいかに検察に介入し、骨抜きにしてきたのか。『 安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル 』(文藝春秋)の著者にして伝説の検察記者と気鋭の政治学者が緊急対談。

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村山 私は生身の権力である検察に関心があり、ウオッチし続けてきました。

 本書は2008年に出した『市場検察』の続編という位置づけです。そこでは90〜00年代に、大蔵省を中心とした護送船団体制が崩壊する中、原田明夫、松尾邦弘、但木敬一という3人の「改革派」の法務・検察官僚が、政官界の事件や司法制度改革にどう取り組んだかを描いています。

 本書の主役である黒川弘務と林真琴(現・検事総長)の同期2人の検事は、原田ら「改革派」の直系と言うべき存在でした。

中島 定年延長や賭け麻雀問題などで、世間的には「黒川は悪い奴」というイメージだと思うんです。ただ私自身は非常に複雑な印象を持っていて、彼は法務官僚として政府と検察のバランスを取るために色々と動いた人でもありますよね。

村山 そうですね。黒川さんは非常に頭がよくて、物事の本質が分かる人です。そこに一種の露悪的なところも加わって「検察は林に任せて、自分は汚れ役で批判されてもいい」という覚悟で、この4、5年の間やってきたと思います。

中島 ただ、その想いが林さんには伝わらず、ボタンの掛け違いで、2人の間には深い溝ができてしまう。男同士というのは難しいですよね(笑)。林さんは、黒川さんの中に渦巻く野心を見たのかもしれませんが。

村山 林さんも頭脳明晰ですが、黒川さんに比べると、遥かにオーソドックスなほうです。私は、彼らが絶対になりたかったのは「検事総長」ではなく、むしろ「法務事務次官」だったと思っています。

■菅首相の人事介入テクニック

中島 なるほど。

村山 2人は今の世の中にフィットするように、法務・検察の改革をしなければならない、との強い使命感を持っていました。それができるのは事務次官です。

 一方で検察は「起訴基準」という厳然たる判断基準に照らして捜査をするので、証拠が明白な事件ではトップの意向はあまり関係ない。つまり検事総長は誰がやっても同じとも言えます。

中島 結局、最後は文春の「賭け麻雀」報道もあり、黒川さんは辞任。村山さんはそれを「自爆」と表現されていましたね。

村山 コロナ禍の自粛要請期間中に、自ら地雷原に踏み込むようなものですからね。当時の黒川さんは定年延長騒動の渦中にいて「いつ辞めてもいい」という心境だったと思います。

中島 本書には、16年に法務事務次官を巡って官邸が検察に人事介入をしたことが、その後の対立の発端だった、と書かれています。

 菅さんの最も重要な政治手法は「人事」ですね。民主党政権時代に出した『政治家の覚悟』でも「官僚は『人事』に敏感で、そこから大臣の意思を鋭く察知します」と書いている。そうやって官僚に忖度させるのが、権力のエッセンスであると理解しているのです。

村山 権力者は支配したい相手に「この人、怖いな」と思わせるため、あえて人事の理由を説明しない。今の学術会議問題で6名の学者を任命拒否した理由を、菅さんが「総合的、俯瞰的」として一向に詳細を明かさないのもその手口ですね。

中島 それは政治学の分野では、哲学者のミシェル・フーコーが唱えた「パノプティコン(一望監視)・システム」という理論にあたります。実際に監視していなくても「私は見られている」「あんなことしたから外された」などと疑念を抱かせて従順な主体をつくり上げる、これが近代の権力のメカニズムだと。まさに検察、学者への人事介入でも同じことが行われたわけで、この権力はあっという間に国民にまで及ぶと思います。

 そこで考えなければいけないのは政権・検察・国民の三者のバランスです。今はそのバランスが崩れてきているわけで、村山さんは、その過程についても巨視的な視点で描かれている。

村山 10年に、当時の厚労省局長だった村木厚子氏を巡って起きた、大阪地検特捜部による証拠改竄事件。これを機に検察に対する国民の信用は失墜しました。

 世論の後ろ盾をなくした検察は摘発すべき事件に対しても及び腰になり、そこを当時の安倍政権に衝かれた。政権からの独立が慣例とされてきた検察人事への政治介入も、その流れの中で起きたわけです。

中島 私は法律に書かれていない、そういう慣例や良識など、先人が積み重ねてきた膨大な知の蓄積を“暗黙知”と呼んでいますが、これを守ることが官僚の矜持だったわけです。

 安倍政権はそれらを悉く骨抜きにしてきたところに、最大の特徴があります。

村山 それで言うと、官房副長官の杉田和博さんは警察庁出身で暗黙知に最も精通した人なのに、それを否定するような人事を菅さんと共に主導しているとされています。そこが理解に苦しむところです。

中島 そうですね。その菅さんが9月に首相となり、10月以降は「安倍」対「菅」という新旧の権力抗争が表面化してきた。そこに今回の「桜を見る会」問題の捜査が起きたわけですが、どうご覧になっていますか。

村山 検事総長の林さんの立場に立てば、「黒川問題」でダメージを受けた検察を早く立て直さなくてはいけない。まずは原点に立ち返り、目の前の事件を原則通り粛々と捜査・処分して国民の信頼を回復する――という考えだと思います。

■なぜ今、吉川疑惑を?

中島 捜査のタイミングについてはどうでしょうか。

村山 現職の総理には、憲法七十五条で定められた「不訴追」の特典があり、検察は現職総理への捜査を手控える傾向があります。鳩山由紀夫氏が現職の総理時代、政治資金規正法違反で告発されましたが、上申書だけで不起訴になっています。今回の捜査は安倍さんが辞めたので、やりやすくなった面はあると思います。

中島 アキタフーズから吉川貴盛元農水相への資金提供疑惑の行方も気になります。以前、私は北海道大学で教えていたのですが、吉川氏は北海道二区の選出で、身近な存在でした。菅氏の側近だった彼に検察が攻め込んだことは興味深いです。

村山 検察は、そこはあまり意識していないと思います。ただ、同時に2つの事件の捜査に着手すると、必然的に桜問題についてのマスコミの扱いが小さくなる。検察側にそういう忖度が働いた可能性がある、と指摘する与党関係者もいます。

中島 村山さんは、上川陽子法相と林さんとの間の確執や、林さんが名古屋高検に“追放”されたのも上川さんに原因があったと書かれています。彼女を3度目の法相に起用したあたり、検察をグリップしたいという菅さんの意図を感じますが。

村山 実は今、法務・検察幹部に一番ウケが良い政治家は上川さんなんです。オウムの死刑執行を粛々と認めた点も買われている。菅さんとしては、法務・検察との関係を修復したいという思いもあるのでしょう。

 未確認情報ではありますが、上川さんは前の法相時代に名古屋まで行って、林さんと関係修復をしたという話もあります。

中島 では例えば検察庁法十四条で定められた法相による検察への指揮権発動、つまり捜査に対する政治介入ですね。こういう事態が例えば「桜問題」「アキタの件」で起こることは……。

村山 報道ベースでは今のところ、そういう要素はないですね。でも、事件は生き物。もっと奥の深い話が出てくれば分かりません。

むらやまおさむ/1950年徳島県生まれ。元朝日新聞記者。社会部遊軍として東京佐川急便事件、金丸脱税事件など数々の大型事件を取材。

なかじまたけし/1975年大阪府生まれ。東京工業大学教授。専門は日本政治思想、南アジア地域研究。『中村屋のボース』など著書多数。

(村山 治,中島 岳志/週刊文春 2020年12月24日号)

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