《大阪・飛田新地》まゆみママの”飴と鞭”「(女の子を)しつけるというより、調教やね」「お金に執着心を持たせるんですわ」

《大阪・飛田新地》まゆみママの”飴と鞭”「(女の子を)しつけるというより、調教やね」「お金に執着心を持たせるんですわ」

飛田新地の料亭に掲げられた求人募集 撮影/黒住周作

「ねえちゃん、ええ服着てるやん」シャッター商店街での“ナンパ”を越えて”さいごの色街・飛田新地” へ から続く

 知る人ぞ知る大阪市西成区の歓楽街「飛田新地」も2020年コロナ禍に見舞われた。

 飛田新地料理組合では4月から6月まで加盟店約160店を休業。2019年のG20大阪サミットの時期にも営業を自粛したが、長期休業は異例だ。現在ではコロナ対策をとりながら営業を再開しているが、コロナ以前の状況とは変わってしまったことも多いだろう。

 色街・飛田新地は秘密のベールに包まれた街ゆえにその窮状が大きく報じられることはないが、そこには懸命に生きる人々が確かに存在している。

 ノンフィクションライターの井上理津子氏は12年に渡ってこの街を取材し、2011年に上梓した名著「 さいごの色街 飛田 」(筑摩書房、現在は新潮文庫に収録)で彼らの姿を活写している。その一部を抜粋し、転載する(転載にあたり一部編集しています。年齢・肩書等は取材当時のまま)。(全4回の4回目。 #1 、 #2 、 #3 を読む)

◆◆◆

■「ヤクザに狙われへんかって心配してくれる人もいた」

 ブログのコメント欄に「取材させてほしい」旨を説明し、「連絡をいただけないでしょうか」と、本名、携帯番号と共に書き込むと、そのまゆ美ママ(編集部註:飛田新地の料亭経営者という肩書で、2006年10月から2010年1月までブログ「男前な女であるために」を書いていた人物)から電話がかかってきたのだ。

「私のつたないブログを読んでくださって、ありがとうございます」

 とてもハスキーな声だった。風邪ひきか、酒とタバコで喉をつぶしたのかと思うような声だった。

「いや全然つたなくない。プロが書いたのかと思いました。文章がとても上手くて、びっくりしました」

「そんなん言うてくれはったらうれしいわぁ。子どものころから、音楽はまるきしダメなのに、本を読むのと感想文を書くのは好きやったんです。書くことはストレス発散になる。この年になって初めて書く楽しみを覚えました。本を読んで、こういう時はこういう言い回しをしたらいいのかと、(表現を)真似したり。書くのはほんとに楽しかったんです」

「読ませてもらってて、正直、小説や映画の世界みたいって思いました」

「東京の出版社から本にしたいというお申し出をもらったんですが、書き換えるとおっしゃったから、それはイヤやと断ったんです。ひと言ずつ、私、一所懸命に考えて書いたから」

「そうなんですか」

「ドラマになるんやったら、私の役は室井滋」

「ほぉ、室井滋か。そういう感じの方なのかな。あのブログは、読者を想定して書かはったんですか?」

「ヤクザに狙われへんかって心配してくれる人もいたけど、ほんまのことを書いて、何が悪い。息子に、私が必死で商売してきたことを伝えたいというのがあって、書いたんです」

 電話でそんなやり取りを少しして、3日後の午後2時に会う約束ができた。やはり現役の経営者だった。営業中の店の場所を教えられ、「裏口の前から電話して来てください。開けに行きますから」と言われた。

■ウサギ柄の化繊の着物に、フリルのついた白エプロン

 ドキドキした。あまりにもあっさりとアポが取れたのは、何か裏があるのではないかと却って恐怖感を覚え、しかも、その日私は朝のフジテレビ「めざまし占い」で、私の星座、さそり座が最下位だったのにひっかかった。子どもじみているが、さそり座の「ラッキーアイテム」が写真立てだったので、「困ったことが起こりませんように」と藁にもすがるような気持ちで、大きな写真立てを鞄に入れて行ったのだった。なぜそんなにおびえたのか、不思議でしようがない。

 まゆ美ママの店は、青春通りにほど近い一等地近くにあった。寒風吹く昼下がり、歩く客はまばらだが、それでもいる。黒コートに黄緑色のマフラーを巻いた、昔日の文学者然とした紳士が悠然と歩いていたことが、その日の記憶にある。

 裏口の前から、指示どおり電話をかけると、「タエコというのに迎えに行かせます」とのこと。銘仙風の薄紅色の和服に、白い割烹着を羽織り、髪の毛をアップにまとめた40歳くらいの女性が、笑顔で迎えに出て来てくれた。

「タエコです。井上さんですね?」

 確認した後、

「この通路、狭いの、ごめんなさいね」

 と先導してくれる。タエコさんは、その仕草にも話し方にも品があるように思えた。外通路を20メートルほど歩き、勝手口から料亭の建物の中に入り、応接間に通された。出てきたまゆ美ママも和装だった。ウサギ柄の化繊の着物に、フリルのついた白エプロン。目鼻立ちのしっかりした美形。痩身。

 簡単な挨拶をしてから、私が「飛田はすごくいい町だとは思わないけど、必要とする人もいる町だとは思うんです」と言うと、まゆ美ママは「そう。そう思ってもらわな」とにっこりした。以下、記憶にある限りの質疑応答である。

■「人に使われるのが嫌いなんですわ」

――「箱モノ」をやりたくて、飛田に来たとブログに書いてありましたけど、そうなんですか?

 そうですそうです。デートクラブやってたやないですか。ヤクザに「開業届」を出して、公衆電話ボックス内にチラシを貼る場所を「縦一列」「横一列」と高いお金でやっぱりヤクザから買って、女の子たちを派遣。警察にアレされるから、チラシを作ってくれる印刷屋が少ないんですよ。1万枚で50万円とか、ふつうじゃなかった。引き取りは真夜中やし。それに比べて、堂々と届け出して商売する箱モノは一種の出世です。憧れやったんです。

 警察が「ヤクザが何か言って来たり、脅されたりして、困ったことがあったら、すぐに連絡して来なさい」と言ってくれたし、合法だと思っていたんですよ。すぐに非合法やと分かりましたけど。

――水商売ひとすじ?

 私はふつうの家庭に生まれ育ったんですけど、なんやしらん商売が好きでね。八百屋やった友だちの家がうらやましかったし。人に使われるのが嫌いなんですわ。10代のころ、会社勤めというか工場勤めもしたことありますけど、決まったことをさせられるのがあかんのね。

■元々どうしようもなかった女を1人前にさせる

――この仕事、好きですか?

 ええ。天職やと思いましたよ。女の子をつくりあげていくのが楽しいんです。こういう所に来るのは、言うたらなんですけど、だらしない女の子ばっかりです。そんな女の子を、世間に通用するようにつくっていくのが面白い。そのためには、叱るんやなくて、怒る。感情をむき出しにして怒る。分かってくれへんかったら、しばき倒します。そうやって、女の子たちを人間的にも成長させたりますねん。

――たとえば?

 5時の出勤予定やった子が、8時に「すいません」って言って入ってきたら、初めのうちは「うわ〜」と怒ってたけど、おてるさん(ベテランの曳き子)に「ママ、飛田というところはそれが当たり前や。タヌキにならなあかん。時間守れる子はこんな商売しませんよ』と教えられて。最初「このおばはん、何言うてんねん」って反発心ありましたよ。でも、そうかもしれへんなあって。

 で、うわ〜と怒ったあとには、「親方もおばちゃんも女の子も、お互いに食べさしてもらうんや」と、ご互いに思えるようにもっていく。毎日、店を開ける時「今日も一日よろしくお願いします」って、おばちゃんが女の子に、女の子もおばちゃんに言うて、頭を下げる。おばちゃんが女の子に出前のコーヒーをおごる。女の子は「ありがとうございます」ときちんとお礼を言うて、飲む。親方、おばちゃんのおかげで儲けさしてもらうんやと感謝の気持ちを植え付けさせるんです。

 スリッパの揃え方、灰皿の置き方、おしぼりの渡し方、洋服の掛け方も一つずつ教えます。

 それに、ここらの女の子、もうどれだけだらしないかていうたら、部屋の中、散らかり放題。放っておいたらゴミ屋敷。私は(女の子たちの)マンションの鍵を預かり、抜き打ちで調査に行ったるんです。散らかってたら、ただでは済まさん。そうやって、元々どうしようもなかった女を一人前にさせる。

?

■「あんたたちは女優や。一流になりなさい。儲けなさい」って

――「飴と鞭」でしつけていくって書いてはりましたね。

 しつけるというより、調教やね。洗脳していくんですよ。「あんたたちは女優や。一流になりなさい。儲けなさい」って。うちは徹底した。てれんてれんの5000円くらいの服着てたら、あかん。高級クラブ並みの、4、5万の服で座らせましたからね。もちろん自分持ちです。毎日、出勤の前に美容院でセットさして。座ってる時、煙草もジュースも携帯さわるのも禁止。ジュース飲みたかったら、早く(客を2階に)上げなさいと言いました。1から10まで教えた。

――女の子のため?

 いいや、違います。自分のため。自分が儲けるためやね。

――お客さんのためでもある?

 そやねぇ。11000円って、お客さんにとっても簡単に稼げるお金やないですよ。汗して働いたお金を使いに来てくれてはるんやから、こっちだって真心で対応せなと思いますよ。

■女の子の取り分の14万のうち13万をこっちが取っていくんですわ

――ブログにあった、ヤクザがつれてきたユカさんの話、強烈でした。

 ユカ? 温泉町から出てきた、きれいな子でした。親がヤクザ者で、博打のお金かなんかで追い打ちをかけられていたんと違いますか。両親、妹、弟。すべての家族の面倒を見てた。妹の高校進学費用も出してましたね。

――すごく儲かる?

 ひと月に、600万、700万、売り上げる子もいました。500売り上げても、取り分が250万ありますやん。家賃20万払ったところで、150万、200万の借金はすぐに返せる。1日に30万売り上げても、そこから女の子に渡すのは1万。女の子の取り分の14万のうち13万をこっちが取っていくんですわ。「一日でも早く返せ」「シビアな気持ちになれ」って、お金に執着心を持たせるんですわ。「うちが拾ってやったから、あんたまともに借金返していけてるねんで」って。半年くらいで、ちょっと緩めてやる(渡す額を増やしてやる)んです。すぐに借金を返させて、辞められてしもたら何してるか分からへんから。服買え、宝石買え、寿司食べろ、焼肉食べろと、ある程度自由にお金を使わせてやる。贅沢を覚えるし、親にもせびられ、また借金をつくる。

――ホストクラブも覚えさせるんですね?

 そうそう。そうやって、長く(女の子を)使うことを考えるんです。うちは、客が女の子を外に連れ出すのを御法度にしているから、女の子は軟禁状態ですわ。携帯番号を聞かれたら、「ママに怒られます」と言えって。仕事終わった後、お客が「送っていく」というのもNG。私の言うとおりに頑張ってくれると、いじらしくなってきますよ。

――セックスの仕方も指導?

 もちろん。

■女の子のお尻の穴に、覚醒剤を入れる客とかも注意せんとあかんけど

――HIVの心配は?

 あんなもんは喫茶店のコップでも移ることあるんやから、それ言い出したらこの商売でけへん。

――コップでは移らへんと思いますけど……。ママのところがすごくはやると、他の店からやっかまれませんでしたか?

 それ。それですねん。(他店が)ややこしい客を送り込んで、「あの店に行ったら、2階のトイレに覚醒剤の注射器が置いてあった」て、あるわけないことを警察にたれ込ませる。店をつぶそうと思ったら簡単なんですわ。女の子のお尻の穴に、覚醒剤を入れる客とかも注意せんとあかんけど、予防策をとれないのが一番痛い。

――ママの店も警察入ったんですよね。

 やられた時、女の子が警察でどう言うたらいいか、常々店で訓練してたんです。うちの店は全部「名義貸し」やったでしょ。うちの女の子たちは、警察に「ほんまの経営者はこの人やね?」と私のことを言われても、「知りません」と最後の最後まで口を割れへんかったの。見上げたもんですよ。男はあかん。名義貸しの男が口を割ったから、捕まってしもた。

■息子たちに、少しはお金を残してやりたいと思う

 ちょうど息切れしてきてた時やったんです。お金の隠し場所に困り果ててたでしょ。1億で10キロですよ。重たい。古本より始末に悪いって思いましたよ。車で走ってても、後ろの車が警察の車に見えて、サクロンを毎日10袋飲んでも、胃が痛くてしようがなくなってた。50日勾留されて、保釈金積んで出て……。もういいかって。

――でも、10年経って今また店をやりださはった。

 生きていくため、やね。家もなくなって、すっからかんになってしもたから。息子、1回グレたことあったの。その息子に、私の生きざまを伝えたいと思ってブログを書いたて言うたでしょ。息子たちに、少しは(お金を)残してやりたいと思う。井上さんも子どもいはるんやったら分かるでしょ?

――私も家持ってませんけど、まだ自分のことで精いっぱいで、そこまで考えたことないですけど。

 それはね、井上さんが育ちがいいからですよ。私には一目で分かる。

?

■1000万円手に持ってこの仕事を辞めたら、傷にならないの

――お金って、そんなにも必要なのかなあ。

 あのね。お金って、ものすごい力を持ってます。女の子、ちょっとだけこの仕事をやってやめたら、心に深い傷が残ります。けど、1000万円手に持って辞めたら、傷にならないの。

 お金があったら、たいがいの問題は解決します。夫婦喧嘩しませんわ。やさしい気持ちになれる。お金ない時、人に親切にしなさい言うてもできへん。生理ナプキン買えないでいて、人のことを思う余裕ないでしょう? そういうことなんですよ。

 返事に詰まっていた私に、まゆ美ママはこうも言った。

「そりゃあ、風俗という選択をしないで人生を送るほうが、女性としては幸せなんだと思いますよ。でも、何かの事情でやむを得ず風俗の世界に飛び込んだのやったら、(風俗の仕事を)ポジティブにとらえて、頑張って1円でもたくさん儲けるほうがいいに決まってますやんか」

■「税務署を喜ばせるために仕事してるんやない」

 途中、「メモしていいですか?」と聞くと、「どうぞどうぞ。私の話がお役に立つんやったら」と言ってくれる。取材させてもらっておいておかしな言い分だが、私はまずもってまゆ美ママが取材に好意的であることが不思議でならなかった。

 飛田の料亭の経営者であることを、誇っているのだとさえ思える。やっていることへの後ろめたさはないのだと思う。

「女の子をつくっていく」この仕事が天職だと思うと言う反面、「後ろの車が警察の車に見える」ほど胃を痛める。すべて「お金」のためと言うも、そのお金の保管方法が、箪笥預金だったとは。「HIVのことなんか考えたら、この商売はできない」ともいう。「適正申告して、税金を払っても、十分に儲けが出るはず」「HIVは絶対に予防しないといけない」と私なりに突っ込んだが、「税務署を喜ばせるために仕事してるんやない」「(HIVは)大丈夫」と言う。「井上さんには分からへんのやろなぁ」と、小さく笑いながら突き放したように言う。

■女の子に教えることによって、私は仏に近づいていっていると思っています

 聞いているうちに、彼女の「飴と鞭」に飲み込まれていく女の子たちの気持ちが少しだけ分かるような気がしてきた。妙だが、彼女には「確固とした“商売哲学”」があるような錯覚に陥るから。「この“強い”ママの言うとおりにしていたら、暮らしていける」。当面の衣食住が保証される。先のことは考えない。というか、考えられない。びくびくしながらその日その日をやり過ごさざるを得なかった女の子たちにとって、ある意味「安心して」身を売るだけで暮らしていける唯一の場をこの人が提供してくれるのだから。まゆ美ママは、それもこれも包括して誇っているのだろうか。女の子たちのことを「女優」と言ったママのほうこそ、一枚も二枚も上の女優で、誇り高さを演じる女優なのかもしれないとも思えてくる。まゆ美ママはこうまで言った。

「こんなん主人にも言うたことなくて、井上さんにだけ言いますけど。私はそんなええ人間と違いますけど、心の中で、仏さんに近づきたいと思ってますねん。生きてる間に仏になりたい、世の中に尽くして、いい人生を送りたいと思ってますねん。徳を積む生き方をしたいんですわ」

「女の子を助けてるとまでは言えへん。商売は自分のためにしているから。でも、女の子に、(所作などいろいろなことを)教えることによって、私は修行している、仏に近づいていっていると思っています。今は、胸はってこの仕事をしている。警察につかまっても、命まで取られませんやん」

(井上 理津子/Webオリジナル(特集班))

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