防護服6万着、フェイスシールド3万個にマスクも…日本最強アウトドアメーカーが本気出した――2020 BEST5

防護服6万着、フェイスシールド3万個にマスクも…日本最強アウトドアメーカーが本気出した――2020 BEST5

医療用の防護服、そのプロトタイプ用に不織布「タイベック」を自ら裁断するモンベルの辰野勇会長 ©モンベル

2020年(1月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ビジネス部門の第2位は、こちら!(初公開日 2020年5月15日)。

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 刻一刻と状況が変化するコロナ禍では、平時では見えにくいさまざまなものごとが浮き彫りになってくる。企業姿勢もそのひとつだ。

 4月、アウトドアメーカー・モンベルは医療機関に無償提供するための防護服とフェイスシールド、一般販売向けの布マスクの製造を開始した。その迅速な行動の裏には、会長・辰野勇が長年の山岳経験と企業経営で磨いてきた勘と判断力があった。

 まず寝袋カバー用にストックしていた米国デュポン社の高密度ポリエチレン不織布「タイベック」を使って600着、さらには急ぎで集めた建築資材用の「タイベック」を使って1700着、計2300着の防護服製造を国内工場でスタート。続いて、台湾の協力工場にフェイスシールド3万個を発注した。

 また、Tシャツなどに用いる速乾性機能素材「ウイックロン」を使った布マスクを国内工場で9万枚縫製した。

 5月初旬、これらの初回生産分が完成し、大阪本社に届いた。

 社会のニーズを敏感に汲み取り、わずか1カ月の間に自社の既存製品ではない3つのアイテムを製作したモンベル。なぜここまで柔軟な対応ができたのか。

■「とにかく足りないんです……」防護服を作り始めたきっかけ

 同社が医療用品を手がけるのは、もちろん初めてのことだ。きっかけは辰野が通院していた大阪・住友病院の前院長・松澤佑次医師から寄せられた切実な声だった。

「とにかく防護服などの医療物資が足りなくて現場が逼迫しているというんです。すぐに病院に向かい、感染制御部から現場のニーズを聞いて、その日のうちに私がミシンをかけてプロトタイプをつくりました」(辰野)

 もっとも気を遣ったのは汚染された使用済みの防護服をどう脱ぐか。辰野は布を背中で重ね合わせ、たすき掛けにした紐を前で結ぶデザインを考案した。登山で縁のあるチベットやモンゴルの民族衣装からヒントを得たという。

 続けて、山用のゴーグルを製造している台湾の協力工場にフェイスシールドの製作を依頼する。

「ゴーグルをつくる工場だから、フェイスシールドも技術的には難しくないんです。息で曇らないように曇り止め加工も施しているから、使いやすいと思いますよ」

■「中国の工場に6万着を発注しました」

 これらのアイテムはすでに、コロナ感染者を受け入れている医療機関への配布が始まっている。フェイスシールドのいくつかは、現在も営業している一部のモンベル直営店に送られ、接客スタッフが使用する。

 現場からの反響はどうなのだろうか。

「医療現場からは感謝の声をたくさんいただいています。直接、お礼状やメールなどを送ってくださる方もいれば、僕のSNSにコメントをくださる関係者もいてね。つくってよかったと思っています。そんななか、新たなニーズも見えてきたんですよ」

 新たなニーズとは?

「当初、タイベック素材の防護服は消毒滅菌して数回使用することを想定していたんだけれど、そうした処理設備を備えていない病院もあるらしくて。そうか、使い捨て防護服のニーズが大きいんだと。急遽、中国の工場に別素材で6万着を発注しました。今度の素材はもともと医療用として使われていた撥水性、通気性のある不織布。デザインはタイベック版とは違ってしまうんだけれどね」

■「100着ほど分けてもらえないでしょうか?」

 辰野のSNSでの発信を見て、早々に防護服提供の依頼をしたのが、救命救急医の稲垣泰斗医師だ。

 稲垣医師は現在、神奈川県新型コロナウイルス感染症対策本部の医療提供部門を担当し、各市の情報収集や病院およびコロナホテルと感染者のマッチング、保健所や県職員のフォローなどを行っている。

「辰野会長のFacebookで防護服製造のことを知り、コロナ感染者を受け入れている北里大学病院に100着ほど分けてもらえないかとモンベル内のアウトドア義援隊本部に連絡しました。すぐに対応してもらい、完成するまで役立てて欲しいとレインウエアも送られてきたんです。ほどなくして防護服の先行分10枚とフェイスシールド100個が届きました」

 実は稲垣医師も登山やトレイルランニングを愛好している。怪我人や疾病者が出た際、医療アクセスが難しい山中などでの野外災害救急法を普及する「WMA(ウィルダネスメディカルアソシエイツ)」で医療アドバイザーも務めており、チームのマウンテンジャケットにモンベル製品を採用しているという。

「もともと医療専門ではないアウトドアメーカーが、このような大変なとき、ものづくりを通して医療現場を支援してくれたことを本当に嬉しく思っています。現場はまだまだ物資が足りない状況ですから、ありがたいです」

■なぜモンベルは迅速に防護服を作れたのか?

 誰も経験したことがない状況下で、企業がこれほど素早く動けた理由について尋ねると、辰野は「主に3つある」と答えた。

 ひとつめは、医療現場との連携だ。

「コロナ感染拡大に対してモンベルでは何ができるのか、初めはなかなか見えてこなかったんです。そこにたまたま病院から連絡をもらって、物資が足りずに悲鳴をあげていることを知った。現場で専門家から直接レクチャーを受け、防護服ならうちでもつくれそうだと気づけたわけです。まさかモンベルが医療用品をつくるとは思ってもいなかったけれど、お医者さんからこれで大丈夫だというお墨付きをもらったからできたこと。緊急事態だから踏み切れたことです」

 2つめは、アウトドアメーカーとして培ってきた技術だ。

「登山用具は本来、人の命を守るためのものなんですよ。僕らは厳しい山に向かうアルピニストや冒険家をずっとサポートしてきたので、技術的な面からいえば、防護服やフェイスシールドはそれほどハードルが高いものではなかったんです」

 実はモンベルでは農業や林業、漁業といった第一次産業に向けた製品も開発している。たとえば森林伐採現場で使うプロテクター。チェンソーでの作業時に刃が当たる可能性がある箇所に特殊保護材を使用したロングパンツやグローブ、飛んできた枝や小石から顔を守るフェイスマスクといった製品もつくっている。

■直営店は休業で「売り上げは限りなくゼロに近いが……」

 3つめの理由が、被災地支援を継続してきた「アウトドア義援隊」の存在だ。今回もこの活動の一環と位置づけている。

 1995年阪神淡路大震災の発生直後、辰野はすぐに現地入りし、瓦礫撤去などを手伝った。そして状況を見ながら、寝袋やテントの支援物資を提供していった。このときの経験からアウトドアの道具や技術、知識が災害時に役立つことを実感したという。

 その後、「アウトドア義援隊」を設立し、東日本大震災やネパール大地震、熊本地震、昨年の台風19号の水害現場などで、有志の社員やボランティアを募り活動を続けてきた。

「これまでの経験が活きているのだと思いますね、僕らは現場主義だから。それと資金。アウトドア義援隊はモンベルの経営とは別会計にしているので、医療物資もつくることができているんです」

 モンベルグループの年間総売上は840億円にのぼるが、ほとんどの直営店を休業(5/14現在)しているいま、「売り上げは限りなくゼロに近い」と辰野はいう。それでも支援が続けられるのは、義援隊への寄付金があるからだ。

 モンベルには、提携施設の割引や買い物時のポイント還元、会報誌配布などのサービスを提供する「モンベルクラブ会員制度」があり、97万人が入会している。会員からの寄付金や貯めていたポイントの寄贈などが義援隊の活動資金になっているという。

■「でもね、モンベルにできることには限りがあるんですよ」

 このほど抽選販売が行われた布マスクも売上の50%が「アウトドア義援隊」に寄付される。限定9万枚のマスクには、約36万枚の応募が集まった。

「僕らは組織としてできることがあるけれど、多くの人たちがいま、自分も何かできることはないかと考えています。それでマスクを購入したり、ポイントを寄付にあててくださったりする。いまの状況は世界中すべての人が被災者であり、助ける側でもある。そう考えると、一人ひとりが小さなことでも行動したらいいんじゃないかな」

 東日本大震災で現地支援を行っているとき、ボランティアのひとりがこう嘆いた。「私には一部の人しか支援することはできない……」。それに対して、辰野はボランティア全員にこう話したという。

「あなた一人が被災者すべてを助けることはできないけれど、あなた一人が被災者ひとりを助けられたなら、それでいいんじゃないか。10人いたら10人、100人いたら100人を助けられるわけだからね」

 今回のモンベルの医療支援は各種メディアで取り上げられ、大きな反響を呼んでいる。辰野のもとには「もっとこんなことをして欲しい」といった要望が多数寄せられているという。

「でもね、モンベルにできることには限りがあるんですよ。期待値というのはどんどん膨らんでいくものだけれど、モンベルだって被災者なわけだから。社会に対して何ができるかを考えるのと同じように、これから社員やその家族をどう守っていくかを考えなければならない。それが企業の第一の使命。いまこうして頑張っているのは経営者としての理念、それに尽きますよ。これからの企業は理念こそが問われる時代になるんじゃないかな」

(千葉 弓子)

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