「ドアが開かない!」一歩間違えれば谷底へ転落…あの日、国道488号でのドライブは“命懸け”だった

「ドアが開かない!」一歩間違えれば谷底へ転落…あの日、国道488号でのドライブは“命懸け”だった

国道上で遭難しかけた際の写真。なぜこんな事態に陥ってしまったのか……教訓を込めてご紹介したい

 2021年の年明けから、日本海側を中心に各地で大雪による被害が相次いだ。北陸や東北、北海道では自動車の立ち往生や交通事故も多発した。

 私も週末を利用して福井県大野市まで友人宅の雪かきを手伝いに行き、その道中で立ち往生したトラックや、路肩で雪に埋もれてしまっている乗用車を多数目撃した。私自身の車も雪道で滑ってしまい、運良くどこにも衝突せずに立て直せたが、肝を冷やした。

 雪道では、冬用タイヤを履いてチェーンを装着し、どんなに気をつけて運転しても、滑る時は滑る。また、運転中に吹雪に遭遇すると、たとえ高速道路上であったとしても立ち往生が発生することは、記憶に新しいところだろう。

 もしもそれが山道であれば、遭難する可能性だってある。そこで、以前、私が国道上で遭難しそうになった時のことを、教訓を込めてご紹介したい。

■雪が舞う“酷道488号”を走る

 何年も前の話になるが、11月上旬、私は友人と二人でお好み焼きを食べるため、広島県を訪れていた。その際、ついでに“酷道”も走ろうという話になり、山口県まで足を伸ばすことにした。酷道というのは、国道なのに状態が酷い道のこと。「国道=しっかり整備された道」というイメージとのギャップが面白く、その友人と遠くへ出かける際には、どこかしら酷道を経由するのが当たり前になっていた。

 山口県で早朝の秋吉台を見学した後、私たちは日本海側の島根県へと向かった。島根から“酷道488号”に入って三坂峠を越え、広島へ戻るという計画だ。島根県益田市と広島県廿日市市を結ぶ488号は、中国山地を貫く総延長111キロの国道で、その道のりは中国地方屈指の険しさを誇る。

 秋吉台では朝日が拝めたが、島根県に近づくにつれて天候が一変し、季節外れの吹雪となった。私は普段から酷道を走っているため、タイヤは11月に入ると早々に冬用タイヤに交換していた。また、いざという時のために、車にチェーンも積んでいる。早めの装備が功を奏し、思いがけない雪道も難なく走ることができた。

 益田市街を過ぎて、目当ての国道488号に入る。鉛色の空からは、白い雪が降り続けているが、道路にはセンターラインがあり、それなりに交通量もある。低速で走っている限りは、恐怖は感じなかった。しかし、この先には激しい地形の匹見峡、そして広島との県境の三坂峠と、凶暴な酷道が待ち構えている。事前にネットで交通情報を調べた限りでは通行できるはずだが、この雪では不安も大きい。まだ見ぬ景色への期待も入り混じりながら、アクセルを踏み続けた。

?

■無事に峠を越えられるのか……

 島根県側最後の集落に差しかかった頃には、積雪は激しくなっていた。歩いている人の姿は皆無で、集落の手前でタイヤの跡も消えてしまった。路面は一面真っ白で、どこまでが道でどこからが田んぼか、分かりづらくなった。20センチほどの積雪に2本の線を残して、488号を進んでゆく。

 やがて最初の難所、匹見峡が近づいてきた。右は山肌、左は谷底で、ガードレールはない。谷底は遥か下で、落ちたらまず助からないだろう。普通に走っても酷い道だが、雪がさらに拍車をかけている。

 雪の重みで今にも倒れそうな木の下をくぐったあたりで、この先、三坂峠を越えて広島県へ抜けられるのか、不安が徐々に大きくなってきた。とはいえ、一人であれば引き返していたかもしれないが、友人が同乗しているという安心感があった。いざとなれば、車を押してくれるだろうと思い、そのまま進むことにした。

■目に見えて積雪が多くなってきた

 降り続いていた雪は小降りになってきたものの、目に見えて積雪が多くなっていた。30〜40センチはあるだろうか。降ったばかりの新雪なので、軽くて滑りにくいのが救いだ。

 積雪の道を走る時は、滑ったり、雪にハマって動けなくなる心配だけではなく、雪の下に隠れているものにも警戒しなければならない。これだけの積雪があると、落石や側溝も見えなくなる。道の中央をゆっくり走るしかないが、時々、落石に乗り上げて車体が大きく揺れた。

 雪の重みで木や竹が倒れ込んでくることもあるので、それらをそっと車で押しのけながら進む。不意に木の上に積もっていた雪が落ちてきて、視界が真っ白になることもあった。対処法としては、とにかくゆっくり走る以外になかった。

■異変を感じて車を停めると……

 慎重に走っていると、さらに積雪が増え、遂には車高(地面から車底部までの高さ)を超えるようになった。バンパーに当たった雪がボンネットに跳ね上げられ、フロントガラスに飛び込んでくる。我々が通った後には、2本のタイヤの跡だけではなく、車底部で擦った跡がはっきりと残っていた。

 ここまで雪を巻き上げながら走っていたが、徐々にアクセルが重くなってきた。異変を感じて車を停めて外に出ようとしたが、ドアも重かった。ドアよりも高い位置まで積雪があり、開きづらくなっていたのだ。なんとか雪を押しのけて、ドアを開ける。膝上まで雪に飲まれながら車の前に回り込むと、衝撃的な光景が広がっていた。

 車の前には大量の雪が溜まっていた。我々の車は、その塊を数メートル先まで押しながら走っていたのだ。車が走った部分は雪が除けられ、雪面が20センチほど低くなっている。これはもう、除雪というレベルだ。まさか、街乗りの車で除雪しながら走っているとは、思ってもいなかった。

■引き返すにはバックするしかない

 これはさすがにマズいと思い、ここで引き返す決断をした。しかし、引き返すのも容易ではなかった。付近に方向転換できるようなスペースはない。進んできたタイヤの跡をトレースするように、ゆっくりとバックするしかなかった。だが、ここまで来る道中、車で雪を踏み固めてしまっているので、帰りのほうが滑りやすい。一方、タイヤの跡から少しでも外れると、動けなくなる可能性もあった。

 バックの最中にもしも滑ってしまったら、崖にぶつかるか、谷底に転落するかのどちらかだ。嫌が応にも、慎重に運転せざるを得なかった。少し広くなった場所で何度も切り返して方向転換できたときは、ようやく生きた心地がした。

 その後の行程は大幅な変更を余儀なくされたが、命からがら脱出し、無事に岐阜の自宅へ帰ることができた。後日、タイヤを点検すると大きな亀裂が入っていた。現場でバーストしていたらと思うと、ゾッとした。

■ここで実際に遭難事故が起きていた

 一歩間違えれば、我々は国道上で遭難していたかもしれない。そんなことを考えて国道488号と匹見峡のことを調べてみると、なんと、過去に遭難事故が実際に発生していた。正確には、近くのスキー場で遭難し、国道本線上で発見・救助されるという事故だった。

 その事故が起きたのは2008年2月3日夕方のことだった。広島県安芸太田町の国設恐羅漢スキー場で、スノーボーダー7人が行方不明になった。地元の警察や消防、自衛隊などが900人態勢で捜索した結果、2日後の朝、島根県益田市匹見町の国道488号上で7人が発見され、全員が無事に保護された。

 遭難した7人は、偶然見つけた廃校の校舎で焚き火をして暖をとり、天候が回復した5日になって校舎を出て歩いていたところを発見された。遭難から2日間が経過していたが、7人全員が軽傷程度で無事発見されたのは、奇跡といっていいだろう。

 この事件を知り、もう一度、雪のない時期に匹見峡を訪れた。目指したのは、遭難者が暖をとり2晩を過ごしたという廃校だった。その廃校は現存していて、床板を剥がして燃やしたと思われる焚火の跡が残っていた。この廃校がなければ、7人は助かっていなかったかもしれない。

 現在の国道488号匹見峡区間は、落石などの危険性が大きいため、通年通行止になっている。島根県側にゲートが設けられていて、冬に限らず夏でも通過できないので注意が必要だ。

 国道本線上を車で走行していたとしても、もしも積雪にハマったり側溝に落ちて動けなくなってしまったら、冬場は遭難する可能性だってある。雪道では冬用タイヤやチェーンといった装備のほか、低速で慎重に運転を行うことが最低限必要だが、それ以上に大切なことがある。それは、大雪の時には可能な限り外出を控えるということだ。こうした判断こそ最も大切だということを、自戒を込めてお伝えしたい。

撮影=鹿取茂雄

(鹿取 茂雄)

関連記事(外部サイト)

×