「面白おかしくしたい」のは森喜朗会長の方だった? かつての失言で振り返る“3密”でのウケ狙い

「面白おかしくしたい」のは森喜朗会長の方だった? かつての失言で振り返る“3密”でのウケ狙い

各所から女性蔑視発言への批判が続く森会長 ©文藝春秋

 もし政治家と酒を飲むなら誰が面白いか?

 ずいぶん前に酒場で出た話題だ。

 私は森喜朗がトップクラスではないか? と想像した(※政界は引退したが広い意味で政治家だと考える)。

 ぶっちゃけトークと下世話発言で「もう、先生ったらそんなことまで言って、ガハハ」と距離感は一気に縮みそう。

「実際に会ってみたらいいおっちゃんだった」という人たらしの政治家であり、半径10m以内の人間を取り込む昭和自民党イズム。

 密集、密接、密閉という濃密な空間でこそ力を発揮する。森喜朗とは3密おじさんなのである。

■「失言」ではなく「普段の価値観」ゆえの問題

 しかしそこに「差別」が加わるなら話は別だ。一緒に飲むなんて想像すらしたくない。差別はぶっちゃけトークでもなければ下世話発言でもない。今回の森喜朗の性差別を「失言」と報じる新聞が多いが、あれは普段の価値観が出ただけだ。正常運転だから問題なのだ。失言という表現はやめたほうがいい。

 ここで素朴な疑問が浮かぶ。3密空間でこそ力を発揮しつつ、従わない者には差別まで口にし、それを会見で指摘されると公の場でも威圧する人間がよりによってなぜ世界に発信する五輪の組織委員会の頂点にいるのか。なぜ周囲は今もなお森喜朗を担ぎ続けるのか? 森喜朗を考えることは日本の政治と社会を考えることでもある。

■「最近女性の話を聞かない」に会場はシーン

 2月4日におこなった「謝罪」会見で印象的なくだりがあった。「基本的な認識として、女性は話が長いと思っているか」という質問に対して森喜朗は、

「最近女性の話を聞かないからあまり分からない」

 と答えたのである。本人にとっては当意即妙のつもりだったのだろう。若干のドヤ顔だった。しかし会見場はシーン。

 森喜朗は心の中で驚いたはずだ。「なぜウケないのか」と。

 いつもの3密空間なら周囲から笑いとヨイショがおきていたはずだ。「またまた会長そんなことを〜。最近女性の話を聞いてないなんて。今もおモテになるでしょうに」とかなんとか。山下泰裕JOC会長あたりが言っていそうだ。

 しかしこれをオープンな場でやったらウケないのは当たり前。忖度なんてないからだ。

■過去の失言の裏にあった「ウケ狙い」 

 たとえば森喜朗の過去に問題になった発言をあげてみる。

「大阪は痰ツボ。金儲けだけを考えて、公共心のない汚い町」

「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国」

 前者は自民党京都府連のパーティー、後者は神道政治連盟国会議員懇談会での発言だ。京都で大阪をディスる。いかにもその場の人が喜びそうなことを密閉、密集、密接した空間でウケ狙いに走る。

 森喜朗は追及するTBSラジオの澤田大樹記者に対し「面白おかしくしたいから聞いているんだろ」と言い放ったが、なんのことはない。そもそも「面白おかしくしたい」のは森喜朗のこれまでの手口なのである。そこに今回は差別も落とし込んでいた。その点を的確に突かれたから逆ギレしたのだ。あの会見をよく見るとスベったあたりからイライラし始め、最後に逆ギレしていることがわかる。密室芸が表で通じない瞬間であった。

 座持ちの良さで一気に日本のトップまで駆け上がった森喜朗。半径10m以内のスペシャリスト。

■「森氏を頂点とした世界で生きていくしかない」 

 それにしてもなぜあそこまで偉くなってしまったのか。

「スポーツ界にいる人間は、森氏を頂点とした世界で生きていくしかない」(大分合同新聞2月6日)

 これは共同通信が配信した関係者のコメントだ。えええ、日本のスポーツ界スゴすぎる。

 大分合同新聞は『辞任求めず「沈黙」』という見出しをつけた。周囲が畏れて何も言えないのだ。

 森喜朗は14年に組織委員会の会長に就任したがスポーツ界でどう成りあがったのか。キャリアを振り返ろう。

《早大時代にラグビー部に在籍したことがあり、「文教族」として知られた。日本体育協会(現・日本スポーツ協会)や日本ラグビー協会の会長を務め、東京大会の招致にも尽力してスポーツ界への影響力を高めた。》(朝日2月6日)

 つまり「早大ラグビー部所属」が大きな売りになっていることがわかる。

■早大ラグビー部は…4カ月で退部!

 しかし。

 森喜朗は早大ラグビー部をわずか4カ月で退部しているのだ。

 もちろん部活やサークルを途中で辞めるのは問題ない。ところが森喜朗の場合は早大ラグビー部に入った経緯が特殊なのだ。

「私の履歴書 森喜朗回顧録」(日本経済新聞出版社)に次のくだりがある。

《父も学校に呼ばれ「あなたの息子さんは早稲田は無理ですよ」と言われて帰ってきた。父は反発した。「こうなったら仕方がない。意地でも喜朗を早稲田に入れてやる」と言い、早稲田大学ラグビー部監督・大西先生への紹介状を書いてくれた。》

 父・森茂喜は町長であり早稲田のラグビー部出身である。一般学生とは違う「縁」を利用したのだ。こうしてまんまと早稲田に入ったが高いレベルについていけず体も壊してわずか4カ月でラグビー部を退部。

 それなのに「遺書 東京五輪への覚悟」(幻冬舎)という本の第2章のタイトルは、

『すべてラグビーから学んだ』。

 本の冒頭では五輪組織委の会長職に関して、

「途中で投げ出したらそれこそラグビーの敢闘精神に反する」

 と言っている。

 だからラグビーすぐ辞めてるじゃん!

 これでは森喜朗ではなく「盛り喜朗」である。失礼を承知で言えばなりすましのテクニックに近い。座持ちの良さと密閉された空間での働きぶりでスイスイとトップに駆け上がる「盛り喜朗」。

 首相に就いた経緯も思い出してほしい。

 2000年4月に小渕恵三首相が突然倒れて復帰困難となり、自民幹部の話し合いで森喜朗が総理に選ばれた。「五人組の密室談合」と批判されたが半径10m以内で絶大な支持を受ける森喜朗の総決算であった。

■「3密」での人気では国民の支持を得られない

 しかし不人気すぎて1年で辞任。そりゃそうだろう、密室では人気でも国民からすれば森喜朗を選んだつもりはないからだ。なりすまし首相に支持が集まるわけがない。

 そして凄いことにこのギャップは今も続いているのだ。いつのまにか森喜朗は五輪の日本トップとなっていた。

《野党を除けば政官財、どこの分野からも森氏の辞任を求める声が出ない。むしろ取材を続けていると組織委の会長職は「森氏に代わる人はいない」との声ばかりが聞こえてくる。一朝一夕には築けない人間関係が大きく影響している。》(『森会長続投「余人をもって代え難い」と言われる理由』日刊スポーツ2月7日)

 遂には「IOCのトーマス・バッハ会長は森氏に絶大な信頼を寄せている」という。その理由もキナ臭い。

《政治と一線を画すのが五輪精神だが、ノーベル平和賞への意欲を持つとされるバッハ氏はむしろ政治との距離を縮めてきた。》

 だからこそ森喜朗が求められるのだ。五輪開催に関してアスリートを優先した発言がとことん聞こえてこない理由も納得だ。

■「コロナと森喜朗に打ち負けた証」

 3密おじさんが五輪のトップというだけで怪しかったが、今回の件が起きても「性差別をする人間をありがたくトップにしたまま東京と日本は五輪に突き進む」という展開となった。世界は衝撃だろう。

「コロナと森喜朗に打ち負けた証」としての東京五輪・パラリンピックがやってくる。何があっても見て見ぬふり。とにかく開催できればそれでいい。こんな日本の現状が世界に発信され続けるのだ。

 地獄である。

(プチ鹿島)

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