「どうしてこんな高額の着物を売っているの?」 それでも格式高い“呉服屋”に行くべき3つのメリット

「どうしてこんな高額の着物を売っているの?」 それでも格式高い“呉服屋”に行くべき3つのメリット

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「遠方の会場でスタッフに囲まれて…」 “無料”着付け教室が利益を出すビジネスモデルとは から続く

 着物の両袖が広げられた状態でスポットライトを当てられたディスプレーは、まるでこちらを威嚇するかのよう。気軽に人を寄せ付けない佇まいを醸し出し、着物に興味を持っている人でも「呉服屋」にはなかなか足を踏み入れづらいのではないだろうか。

  YouTubeチャンネル 登録者数12万人で、簡潔な説明が人気の着物着付け講師のすなおさんによると、「着物を楽しむという目的であれば、無理に呉服屋に行く必要はない」という。それではなぜ、日本中に呉服屋があるのか。ここでは着物初心者のノンフィクション作家、片野ゆか氏による著書『 着物の国のはてな 』(集英社)を引用。着物好きが呉服屋に足を運ぶメリットを紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

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■高くてあたりまえの理由

 着物はどうして高額なのか? その主な理由は、着物人口が大幅激減した戦後以降、業界が高額路線に舵取りをしたことで大成功して、今に至っているからだ。

 しかし、最盛期の40年前に2兆円近くといわれた市場規模は、今や約2800億円と7分の1にまで落ち込んでいる。もうとっくに方向転換しなければならないはずなのに、いまだに敷居が高い商売をしている店があるのは、過去の成功体験が忘れられないからと指摘する人は多い。

 でも洋服にくらべて、着物が高価な理由もそれなりにわかる。

 特に、絹という上質な天然素材を使っている影響は大きい。今は中国からの輸入に頼っていて国産の絹糸は全体の1パーセントにも満たないといわれるが、それでも大量生産できない素材であることに変わりはない。

 そもそも着物一枚をつくるためには3000もの繭が必要で、つまりそれと同じ数の命が犠牲になっていると考えると、ああ、胸が痛い......。こうした生産の過程を知ってしまうと、すでに市場に出ている反物、リサイクルやアンティーク着物など、せめて今あるものは大切にしないとなぁと思うのだ。

■高品質な化学繊維の着物

 その一方で、今どきは技術が向上して、高品質な化学繊維がたくさん開発されている。有名なのは東レシルックという素材で、お茶席や式典などのフォーマルシーンに対応できる着物にも使われている。愛用者に着心地を訊いてみると、正絹のなかで一番とろみ感が強い綸子と比較してしまうと、ポリエステル特有のカサッとした感じは若干あるものの、正絹との違いはほとんどわからないという。着物業界のプロなどそうとう目が肥えている人でも、正絹と見分けるのが難しいこともあるというからスゴイ。

 一般的なポリエステル着物が仕立てあがりで20000円前後が目安といわれるなか、東レシルックはその倍以上してしまうけれど、メンテナンスをプロに頼まなくてはならない正絹とくらべると、自宅で洗濯可能などアフターケアははるかにお手軽で、総合的に考えると、もう正絹にこだわらなくてもいいんじゃない、とも思うのだ。

 ただし着物が高い理由は、それ以外にもある。

 生地を染める作業や仕立てにそうとうな手間や時間がかかるうえ、市場が小さいので大量生産によるコストダウンができない。浴衣は例外として、着物というのは基本的にファストファッションとは正反対のものなのだ。

 それでもなおモヤモヤするのは、衣服のなかでも圧倒的に高額で、適正価格がよくわからないからだと思う。昭和の着物バブルのノリが細々と続いているムードと言ったらいいのだろうか、高くて当然ですからと、開き直って煙に巻いてるような感じは、どうにかならないかと思うのだ。

■着物メーカーの中の人の話

 これについて、率直に訊ける人はいないのか?

 思い出したのは、着物着付け講師のすなおさんだ。着付け教室を開く以前は、京都の着物メーカーに数年間営業として勤務していた、つまり着物販売の現場をドップリと経験した人なのだ。

「着物って本当に高いですよね。私も大学生のときに買って、ローン返済のためにバイトを3つかけもちしたり......けっこう大変な思いをしました」

 すなおさんは、着物が高額なのは流通に問題があるからだという。

「着物や反物が店頭に並ぶまでの間には、複数の会社が関わっています」

 それは高くなって当然だ。

 問屋がすべて不要なんてことは言わないけれど、なぜいくつも通す必要があるのだろう。しかし明確な答えはないのが、いかにも着物の国らしくて、どうやら慣習なので割愛できないということらしい。

「最近はメーカーの直販も少しずつ増えてきましたが、業界内の相場があるので急激な価格変動はおこりにくいと思います」

 フム〜、そういうことになっているのか。昭和の着物バブル時代ほどではないにしろ、高止まり感と不透明感は否めない。

 そこでひとつ気になったのは、着物販売員時代のすなおさんの心持ちだった。個人の力ではどうにもならないとはいえ、適正価格をはるかに超えた高額商品を扱う仕事をすることに、どう折り合いをつけていたのだろうか?

「高いものを売っていると意識していたときは、まったく売れませんでした。途中から気持ちを切り替えて、お客さんにとって役に立つ情報やアイデアを提供すること、楽しい時間を過ごしてもらうことに集中するようにしました」

 その結果、売るつもりがなくても、売上が伸びていったという。押しつけではなく、お客が「これ欲しい!」と心から思える運命の出会いをつないだということなのだろう。

■呉服屋が怖い!

 これぞ呉服屋の醍醐味ということか。

 すなおさんもスゴイけれど、お客もスゴイ。だって呉服屋の敷居をまたいでいるのだから。訊けば、富裕層はごく一部で、顧客の多くはローンで購入するごく普通の会社員や主婦だったという。店員と楽しくやりとりをして着物を購入するなんて、私にはとてもムリそうだ。こうしたエピソードを聞くと、ますます敷居は高くなる。

 私はここで、率直な疑問をぶつけてみた。

「私、呉服屋がめちゃくちゃ怖いんです。でも着物をかじっているなら、一度くらい行ったほうがいいんでしょうか?」

「怖いという気持ち、よくわかります。私も『買わへん』と言ったとたんに対応が冷たくなって、コワ〜と思ったことがありますから」

 すなおさんは、呉服屋の販売スタイルの問題点をあげた。

■呉服屋に行くメリットとは?

「質問しても、決まりだからと言われて詳細がわからないことが多いし、着物関係のことは複雑なので自分で調べるのも難しいです。アンティークショップやリサイクルショップだけでも、着物を楽しむことはじゅうぶんできるので、無理に呉服屋に行く必要はないと思いますよ」

「それじゃあ、あえて呉服屋に行くメリットって何なんですか?」

 すなおさんがメリットとしてあげたのは、つぎの三点だった。

 その一は、贅沢感。特別な雰囲気の空間で、自分のためだけに店員が対応してくれる状況は日常にはないレアな体験だ。

 その二は、着物の知識が増えること。作り手の情報や商品のバックグラウンドなど、豊富な専門知識に触れることができる。

 その三は、最新の芸術品を鑑賞できること。呉服屋とは、現代の最新の意匠を凝らしたものが集められている場所なのだ。

 着物は芸術品というのなら、いっそのことギャラリーとして公開してくれればいいのに。学芸員さながら専門知識の豊富な店員の説明に耳を傾けながら、最新着物モードを鑑賞できるなんて、ディープな眼福タイムを楽しめそうではないか。絶対に営業しないと約束してくれるなら、個人的には入場料を払ってもいいくらいだ。

 買わないといけない美術館から、買うこともできる美術館になれば、敷居もぐっと低くなる。

(片野 ゆか)

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