最終限定モデルも即完売…「日本のバイク」SR400が43年愛された理由

最終限定モデルも即完売…「日本のバイク」SR400が43年愛された理由

2015年、タイで開かれたモーターショーに展示されたSR400 ©getty

 ヤマハ発動機は1月21日、「SR400」の国内向け生産を終了すると発表した。

 日本の普通二輪免許で乗れるバイクとして40年以上売れてきた、ヤマハ発動機の代名詞的存在。まさに日本のものづくりを象徴するようなバイクについて、バイク誌「RIDERS CLUB」の元編集長であり、SRを18歳から乗り続けてきた「RIDE HI」編集長の小川勤氏が寄稿した。

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 いつかこんな日が来るんじゃないか……。1978年から生産を続けていたヤマハSRが2021年をもって生産終了となる。18歳から46歳の現在までSRに乗り続け、何台も購入してきた僕としてはやはり寂しい。現在は1978年の初期型のSR500と2010年型のSR400の2台を所有し、カスタム、ツーリング、レース、そのすべてをSRと過ごしてきた。

 SR400とは、普通二輪免許で乗れる400ccのバイクとして1978年に発売されたバイクで、兄弟車であるSR500(1999年に生産終了した500ccバイク)も含めると累計販売台数は12万台以上。まさに日本を代表するバイクである。

 少しバイクに興味のある方であれば「昔乗っていた」「友人が乗っていた」……と、どの世代の方にとってもどこかで見たことがある日本のバイク。それがSRだ。

 どうして40年以上もの長い間愛され続けたのか。理由は“変わらなかったこと”。今となっては、これに尽きる。

 1978年は、サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でデビューし、ピンク・レディーがヒットを飛ばし、キャンディーズが普通の女の子に戻り、王貞治が800号ホームランをかっ飛ばし、映画「スター・ウォーズ」が初めて公開された年だ。

 リアルタイム(もちろん僕も)でない方が大半かもしれない……。でも、SRはこの頃から熟成はしているが、大きな構成は何も変わっていない。

■修行とも呼ばれたエンジン始動

 1978年から基本設計が40年以上ほとんど変わっていないバイクであるため、21世紀のいまとなってみれば非常に特徴的な仕様が多い。

 たとえば、おそらく読者の多くの方は、「車やバイクのエンジンを始動する」のに苦労したことがある人はいないと思う。「キュルキュル」という音と共にセルモーターがかかり、「スイッチひとつでエンジンはかかるものだ」と思っている人も少なくないはずだ。

 でも、SRはそもそもセルモーターがついていないから、その「スイッチ」がない。モーターの代わりにライダー自身がキックを踏んでピストンを物理的に自分で動かさないとエンジンがかからないし、そのキックもタイミングよく踏まないとかからない。

 いまでこそ電子制御で最適な燃料噴射が行われる「インジェクション」と呼ばれる仕組みが導入されているからマシになったが、それ以前の「キャブレター」と呼ばれる装置の時代のSRは、本当にエンジンがかからないタイミングがあって泣きたくなることもあった(最新のSRの始動性に不安はない。これが多くの人が実感できる、デビュー以来いちばんの熟成かもしれない)。

 これまでにSRのキックを何回踏んだだろう。夏場のエンジンが暖まっている時、プラグが被ってしまった時、レース直前にエンジンがストールしてしまった時、キャブレターのセッティングが出ていない時……仲間がいる時は交代しながら、1人の時はエンジンがかかるまで何度も何度もキックした。

 そんなわけで、昔は修行とも呼ばれたキックだが、最新SRは誰もがその儀式を楽しんで行えると思う。市街地で“キック1発”でエンジンがかかると、(誰も見ていないのはわかっていても)妙な優越感に浸れるものだ。

 性能だって、高いわけではない。SRは400ccもあるのに24馬力しかなく、200馬力を超えようとする最新の大型スポーツバイクは当然のこと、おなじ400ccのバイクで40馬力、50馬力と高い性能を誇る他のラインナップに比べても「パワー不足」は否めない。

 ただ、数値では表現できない魅力にあふれた存在だった。

「タッタッタッタッタッ」エンジンがかかるとSRは小気味よくアイドリングを刻む。走り出すとエンジンのビートが全身に跳躍する。スロットルの開け方で変化するビートを感じ、受け止める。これがビッグシングル(排気量の大きい単気筒)だけが生み出すリズムだ。他のエンジンだとこの気持ちの良いビート感を味わえない。

 走り出したらそんな数値はどうでもよくなる。SRのエンジンフィーリングは、どのギヤ、どの回転域でも酔えるのだ。まるで生き物のように呼吸し息吹を感じさせてくれる。スロットルを開けるとエンジンの脈動が早まり、鼓動が高まる。

 スロットル操作をしながらSRとの対話を楽しむ。現代のバイクと比べたらタイヤだって頼りないほど細い。でもそれが難しさを感じさせない操作性を生む。気構えることなく操れるけれど、ベテランが乗っても物足りなさを感じさせない。だから僕は29年間もSRと走り続けているのだ。

■“普通のバイク”であるSRはとても希少な存在だった

 仕事上、様々なバイクに乗る機会が多い。大排気量も大パワーも超高級車もジャンルを問わずなんでも乗る。でもSRに乗るとその度に「SRはいいなぁ〜」と思う。

 SRには、バイクの本質的な楽しさを多くの人に知って欲しいというコンセプトが誕生以来ずっと込められていたはずだ。実際に人生に大きな影響を与えられた人達をどれだけ輩出してきただろう。僕もその1人だが、それは計り知れないものがある。

 SRでバイクが好きになり、僕は21歳の時にバイク雑誌の編集部の門を叩いた。そこで仕事の面白さを知り、様々な人と出会い、今の僕がある。SRのムック本もたくさん作ったし、有名ショップのカスタムSRにも数え切れないほど乗ってきた。

 SRでバイクの面白さを知ったからこそ、それを多くの人々に伝えたいと思い、今の人生に繋がっているのだ。

 バイクの高性能化は、魅力的である一方でリスキーな面が目立つのも事実。国産メーカーは、スペック追求は得意だが、スペックとは無縁のバイクを感性で楽しませることが苦手だ。そんな意味でも“普通のバイク”であるSRはとても希少な存在だったのである。

 ただ、環境基準やコストなど、空冷エンジンで新しい排出ガス規制には対応できなかった……。

■生き続けたSR 感じたヤマハの意地

 SRは、本当に多くのライダーを育んできた。有名人では甲本ヒロトさんや武田真治さんが乗っていたし、最近だとアナウンサーの滝菜月さんが自身の愛車である40周年限定カラーとのSRライフをツイッターやインスタグラムに上げている。

 SRは変わらなかったが、時代によってターゲットを変え、溶け込んで行った。人気が低迷したこともあったし、厳しい規制に対応できないんじゃないかと言われ、生産終了の危機もあった。しかし、SRは生き続けた。時にはヤマハの意地を感じた。

 変わらなかったのでなく、変われなかったのかもしれない……。最後のモデルが登場するということで、それを改めて感じてしまう。

■「職人の手が必要なパーツがたくさんある」

 変わらない空冷単気筒エンジン、丸みを帯びたティアドロップ状のガソリンタンク、キック始動。ついに最後までセルも付かなかった……。そんなSRの最後のモデルを見てみると、改めて美しいバイクだなぁと思う。多くの人がイメージする、オートバイっていうカタチ。現代のバイクが失ってしまったディテールに吸い込まれる。

 現代のバイクは、大量生産のためにコストが下げられ、プラスチックや樹脂で出来たパーツが多い。一方で、SRには今でもデビュー当時から変わらない職人さんの手が必要なパーツがたくさんある。

 比較すれば、現代のバイクがプラスチックの塊のように見えるとさえいえるだろう。そこにヤマハのSR愛を感じるけれど、このパーツを手掛けた職人さんたちはこれから何を作るのだろう、と心配にもなる。生産終了になることの寂しさは、色々なところに連鎖していく。

■「最後のSR」に当たった脚光

 ヤマハSR400のファイナルエディションは、2021年3月15日に3種類リリースされる。

 なかでも「ファイナルエディション・リミテッド」のブラックサンバーストの限定車はいいなぁ……と思い、発表から数日後に何店舗かに電話してみた。あっさり全滅だった。「キャンセル待ちは……」まったく無理そうだった。限定版ではないグレーとブルーのSR400にも注文が殺到しているようだ。発売発表から数日でおよそ6,000台もの予約が入ったとヤマハからリリースがあった。

 最後にSRに脚光が当たっているのがとても嬉しい。

 ありがとう、ヤマハSR。

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写真/ヤマハ
協力/ヤマハ発動機 https://www.yamaha-motor.co.jp/

(小川 勤)

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