文政権、チョ・グク事件の“倍返し”か…産経「慰安婦コラム問題」で判事弾劾、なぜ?

文政権、チョ・グク事件の“倍返し”か…産経「慰安婦コラム問題」で判事弾劾、なぜ?

文在寅大統領 ©共同通信社

 最高裁判所長官が自ら三権分立を毀損する発言をしていたことが明るみに出て騒然となっている。

「与党は180議席の毒杯を飲み続けていて、それが毒であることも分からないくらい麻痺している」

 中道系紙記者はこう吐き捨てた。与党「共に民主党」は4月の総選挙で過半数以上の163議席を確保し、汎与党で189議席の巨大与党が誕生していたのは周知の通り。

 ことの発端は2月1日。与党議員がある判事の弾劾訴追案を発議したことから始まった。

■弾劾事由は妥当だが、なぜ今?

 弾劾の対象となったのは、イム・ソングン現釜山高等裁判所部長判事。弾劾事由は遡ること7年前。産経新聞の当時の加藤達也ソウル支局長が同社ウェブサイトで書いた署名コラム「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」(2014年8月3日)の内容が名誉毀損にあたるとして起訴された事件に関係する。

 加藤支局長は15年12月に無罪となったが、イム判事はその判決文に介入したとして在宅起訴された。「記事の虚偽性と不適切な行動だったことをいれてほしい」という知り合いの判事の言葉を担当裁判官に伝えたという。当時、イム判事は、ソウル中央地方裁判所の部長判事だった。

 これは法官の独立を侵害するものでもちろん許されない行為。そのため、弾劾事由は妥当だとする声が韓国では圧倒的だが、ここで問題となったのは、「なぜ今になって弾劾なのか」(前出記者)だ。

 文在寅政権に入り、「積弊清算」のかけ声の下、朴槿恵前大統領や李明博元大統領をはじめ、前政権の関係者らは次々と裁かれた。法曹界では、2019年2月、ヤン・スンテ前最高裁判所長官が起訴された。嫌疑は朴前大統領の意向を汲んで徴用工裁判を遅らせたとする職権乱用罪。同年5月から裁判が始まり、現在は一審の判決待ちとなっている。

イム判事も係争中で、昨年2月の一審では無罪判決が出たこともあり、弾劾についてはうやむやになっていた。しかし、4月の総選挙で弾劾を推進する元判事が当選したこと、また持病もあることから、イム判事は選挙直後、辞表を提出。

 しかし、受理はされず、その後2回に渡り、辞任を申し出たが一蹴されたと報じられた。公開されたテープは、昨年5月、キム・ミョンス最高裁判所長官との初面談でのものだった。

 陪席人のいない1対1の面談だったため、イム判事は「辞任理由がきちんと伝わったかどうかを後日、確認するために会話を録音した」(東亜日報、2月5日)という。

 イム判事の弾劾訴追案の決議が迫った3日、朝鮮日報がキム長官の政治忖度発言をスクープ。キム長官は「事実無根」と全否定したが、イム判事が録音テープを公開すると局面は一転。最高裁判所長官の三権分立を毀損する発言だと大騒ぎとなった。録音テープの中身からポイントになる部分を再録しよう。

「私としてはいろいろな影響というか、それを考えないといけない。その中には政治的な状況もみないといけないし……。(中略)今、弾劾しようとあんなにわたわたと動いているのに、私が辞表を受理してしまえば国会でどんな話をされるか。(中略)いったん、政治的なこと、そんな状況は別問題だから、今日(辞表を)受理してしまえば弾劾という話も出せなくなってしまう」

 ちなみに国会は現職の判事のみを弾劾訴追できる。

■キム長官任命は文支持派の意向を汲んだ人事

 テープの内容が明るみに出るとキム長官は態度を一変、「9カ月前の明らかではない記憶に頼って事実と異なった答弁をしたことに恐縮している」(中央日報、2月6日)としどろもどろの弁明に終始し、野党を中心に「長官は辞任せよ」という声が高まっている。

 別の中道系紙記者が言う。

「与党などの進歩層は一斉に、『盗聴は違反行為』とイム判事を批判しましたが、録音する者が会話に参加した場合は相手の同意なしの録音でも法律違反にはなりません。もちろん、道徳的に適切ではありませんが。

 より重大なのは、最高裁判所長官の政治への忖度が明らかになったことと、今になって弾劾が推進されたことです。キム長官は辞任すべきでしょう」

 キム長官は、ヤン前長官の後任として、2017年9月に文在寅大統領から任命された。進歩系で、法曹界にある進歩系の研究会「ウリ法研究会」とその後身ともいわれる「国際人権法研究会」を立ち上げた人物。

「抜擢された時は、地方にいた、長官としてふさわしくない器の小さい人物とみられており、意外な人事にみな首を傾げた。進歩派、特に文派(文大統領の熱烈な支持層)にとっては使いやすい人物だったのでしょう」(同前)

■重要裁判を前に、狙いは判事を萎縮させること

 長官弾劾をという声も出ていた4日、結局、イム判事の弾劾訴追が国会で賛成179、反対102で通過した。韓国憲政史上初めてのことだった。

 そもそも、なぜ今ごろ弾劾訴追案が浮上したのか。

「狙いは、判事を萎縮させることにあります。与党、特に文派からは身内の惨憺たる判決に怒りが爆発していた。巨大与党の慢心はここでも毒になっている」(冒頭記者)

 昨年11月には、文大統領の最側近といわれ、かつては次期大統領候補のひとりとされたキム・ギョンス慶尚南道知事が二審でインターネットの不法書き込みに加担したとして懲役2年の実刑となり、大統領選出馬の望みは消えた。

 続いて12月にはチョ・グク前法相夫人に一審で懲役4年の判決がでて、さらには、今年1月にも、やはりチョ前法相の息子のインターン証明書を偽造したとして青瓦台前民情室秘書官・「開かれた民主党」現代表が執行猶予付きの懲役8カ月となり、議員職剥奪の危機に陥っている。

「今後は、文政権を揺るがしかねない2018年の蔚山市長選挙への青瓦台介入疑惑関連と月城1号機原子力発電所閉鎖を巡る公文書破棄の疑惑に関する裁判が控えている。裁判所へ先手を打って警告したというのが中道、保守派の大方の見方です」(同前)

■知る権利は日本より保たれている

 キム・ミョンス長官の忖度発言で気になるのは、2018年10月30日の徴用工裁判についてだ。これも忖度かと疑いたくもなるが、保守系紙記者は、「87年の民主化以降、裁判所にも変化があって、忖度のようなものはしなくなったと言われています。徴用工でも慰安婦でも個人請求権が消滅しない限り、こうした被害者救済の判決は続くと思います」と政治絡みを否定した。

 キム長官の辞任を求める声が止まない中、今度は前環境相が一審で職権乱用罪などで懲役2年6カ月の判決が出て法廷拘束された。これは、前環境相が傘下機関の人事に不法介入したとされた事件で青瓦台の関与も疑われている。「機会の平等、過程の公正、結果の正義」が口癖の文在寅大統領が抜擢した人物だった。

 4月のソウル・釜山市長補欠選挙を控えて与野党の攻防は烈しくなっており、保守VS進歩メディアのくんずほぐれつの報道合戦からは“不都合な真実”が次々と飛び出している。

 次期大統領選挙の前哨戦といわれる2つの市長選で韓国の有権者はどんな判断をするのだろうか。

 それにしても、こんなマクチャンドラマ(あり得ない展開のドラマ)に社会も世論も騒々しいが、一方では知る権利も保たれているわけで、政権の不正疑惑が燻ったままの日本とは対照的だ。

(菅野 朋子)

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