新宿からわずか10分…丸ノ内線“ナゾの終着駅”「方南町」には何がある?

新宿からわずか10分…丸ノ内線“ナゾの終着駅”「方南町」には何がある?

「方南町」には何がある?

 東京メトロ丸ノ内線といえば、東京都心をぐるりと回って走る大動脈路線のひとつだ。池袋・大手町・東京・銀座・赤坂見附と東京の主要なスポットを駆け抜けて、大ターミナル・新宿を経て終いには郊外の荻窪を目指す。通勤通学にも使えるし、仕事中の外回りなんかにも役に立つ、すこぶる便利な地下鉄である。

 ところが、である。2年ほど前から、変な行き先が現れているのだ。一度、新宿三丁目から丸ノ内線に乗って荻窪に行こうとしていたとき、ホームに入ってきた電車に何気なく乗ったらそれは方南町行きだった。

 方南町行きということは中野坂上から支線に移ってしまって荻窪にはいかない。あっと気がついたときにはもう遅く、中野坂上駅のお隣の中野新橋駅からすごすごと中野坂上に戻るハメになったのである。

 以来、方南町という駅が気になって仕方がない。調べてみると、2019年から新宿・池袋方面からの列車が方南町まで乗り入れるようになったという。

 それまでは、3両編成の列車が中野坂上〜方南町間で折り返し運転をしているに過ぎなかった。だから、荻窪方面に向かうときには何も考えずに来た電車に乗ればよかったのだ(新宿止まりの電車もあったが、その場合は諦めて新宿で後続の列車を待てばよいので被害は少ない)。

 それが、2019年以降方南町行という電車が入り混じってきたのである。方南町に向かう支線沿線に住んでいる人にとっては便利になって万々歳なのだろうが、日常的に丸ノ内線に乗っているわけではない筆者のような人にはちょっとしたトラップになってしまった。

 そんなわけで方南町駅が気になっていたのだが、一度も訪れたことはなかった。なので、この機会に方南町まで行ってみることにした。いったい方南町、何があるのだろうか。

■「方南町」には何がある?

 新宿駅から方南町まではわずか10分。地下鉄なので窓の外を眺めても仕方がないから、ぼんやりスマホでも見ているとあっという間に到着した。最近はずいぶん遠い終着駅ばかり訪れていたから、その近さにちょっとあっけにとられてしまう。

■交通の要衝の地下にある「方南町」

 ホームは1面2線。地下のトンネルの真ん中にホームがあって、その両脇に線路があるという構造だ。改札口はホームの両端。車止めのある終端方面から外に出てみよう。最近はかなり地下深くにあって地上に出るまで難儀するような地下鉄駅もあるが、方南町駅はごく浅いようですぐに地上に出た。

 すると、その先には大きな交差点があった。交差点は方南通りと環七通りが交差する場所で、方南町交差点というらしい。環七通りはご存知の通り都内でも有数の交通量を誇る大街道。これでもかというほどにクルマが盛んに走っている。方南通りはと見ると、こちらもまた交通量はすこぶる多い。東に行けば新宿、西に行けば井ノ頭通りにぶつかる道筋だから、クルマがたくさん走っているのもあたりまえのことだ。方南町駅は、そんな交通の要衝の地下にある。

■見えてきた神田川

 方南町駅の周囲を少し歩いてみよう。交差点から環七通りの南北を眺めてみると、どうやら交差点(つまり駅)のあたりが一番高くなっていて、南北に向かって下り坂になっている。下り坂の先にはたいてい川があるものだ。そこでひとまず南に歩いていった。

 方南町駅の周りは、特段何があるというわけでもないが人通りも多く昔ながらの商店街もあるし銀行もあるしコンビニもあるし、チェーンのファーストフード店から居酒屋までがひと通り揃っている。つまりは東京都内なら別に珍しくもなんともない駅前の交差点だ。

 そんな交差点から少し南にゆく。少しずつ商業施設が少なくなっていく。そして予想通り川が見えてきた。大きな川ではなくて、クルマだったら気がつかずに通り過ぎてしまうような小さな川だ。欄干のあたりに川の名前が書いてあった。「神田川」。

 神田川は東京の人にとっていちばんと言っていいほど有名な川だと思う。荒川とか隅田川とか多摩川とか、そういう川はともかく小さな川では神田川ほど有名な川はない。歌の『神田川』の舞台は早稲田大学にも近い高田馬場付近。下流に行けば御茶ノ水や秋葉原のあたりを流れて隅田川に注ぐ。そんな川は上流にさかのぼってゆくと、方南町駅のすぐ南を流れているのである。

■神田川が牙をむいた歴史

 その神田川のほとりに、何やら説明板が建っていたので読んでみる。

 どうやらこのあたりはかつて市街地ではなく田畑が広がる中に民家が点在しているような地だったという。ところが、戦後の急激な人口増加によって急速に市街地化が進み、それまで降った雨水を吸ってくれていた田畑はあっという間に失われてしまった。

 結果、雨水は一気に神田川に流れ込んで氾濫。いわゆる“都市型水害”というやつで、実際に1958年の狩野川台風では神田川が大氾濫して方南町駅付近の小学校や中学校まで水に浸かってしまった。

 同様の被害はその後も続き、1993年8月の台風11号でも神田川が溢れて3000戸以上が浸水被害にあっている。神田川、下町らしさの感じられるのどかで小さな川という印象だが、ひとたび氾濫すれば牙をむく。そんな歴史を、方南町の町は知っているのだ。

 で、環七と神田川が交わるその場所に、氾濫から町を守るための施設がある。神田川取水施設といい、環七通りの地下に4.5kmにわたって続いている神田川・環状七号線地下調整池まで神田川の水を取り入れる施設だ。同じような施設は方南町交差点の北側を流れる善福寺川にも設けられていて、この一帯を水害から守っている。あの武蔵小杉も水に溢れた2019年の台風19号でも活躍し、浸水被害をもたらすことはなかったのである。

■オリンピックと「方南町」

 と、なんだか自然災害と大都市がどう付き合っていくべきか、といった壮大な問題を考えさせられた方南町。言われてみれば、環七通りが整備されたのは1964年のことだ。東京オリンピックにあわせて整備された“オリンピック道路”でもあった。つまり、この環七通りの整備以降、急速に市街地として発展していったのである。それを考えると、東京区部にしては比較的新しい町といっていい。

 方南町駅が開業したのはオリンピックの少し前、1962年のことだ。方南町駅と環七通りが方南町の町の著しい成長をもたらした。ちなみにその当時、丸ノ内線の新宿〜荻窪間は「荻窪線」と呼ばれており、中野坂上〜方南町間は荻窪分岐線といった。丸ノ内線の支線になったのは1972年のことである。

■「新宿から10分」の町

 方南町の交差点に戻ろう。交差点から方南通りを少し東に歩く。この区間の方南通りの歩道には屋根がかかっていて、商店街になっている。路地を曲がればその先にも昭和の面影もいくらか残っているような味わい深い商店街だ。チェーン店もいくつかあるにはあるが、個人店の八百屋や本屋などがあって、自転車で商店街を抜けていく人もいれば、ベビーカーを押して歩く若い母親も。学校帰りの時間になれば、子どもたちの姿もあるのだろう。

 そんな商店街の中に、小さな方南町駅の出入り口がある。これこそ歩いていても気が付かない。ごちゃごちゃと店や住宅が集まっている町の中に、無理やり作ったのかと思うような出入り口だ。それでも地元の人はよくわかっているようで、当たり前のようにこの出入り口を使っている。住んでいる場所によっては、また駅を降りてからの買い物などの用事次第では、交差点に出るホーム終端側の出入り口よりはこちらのほうが便利なのかもしれない。

 そんなわけで、この小さな出入り口からまたホームに戻って方南町をあとにした。もちろん新宿まではわずか10分。すべてが新宿方面に直通するわけではなく、中野坂上で折り返す電車も多いからその点は少々悩ましい。が、新宿のほんの近くにこんな町があるのは悪くない。荻窪に向かうつもりが方南町についてしまっても、それはそれでいいのではないかと思った旅であった。

写真=鼠入昌史

(鼠入 昌史)

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