いまそこにある差別……なぜ父は「在日コリアン」であることを家族に話さなかったのだろう

いまそこにある差別……なぜ父は「在日コリアン」であることを家族に話さなかったのだろう

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「日本で生まれ育った日本人からすると人種差別っていまいちピンと来ないかもしれないけど……」。

 アメリカ、ミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に膝で首を押さえ付けられ、その後亡くなった事件を発端に、「Black Lives Matter」のスローガンと共に抗議デモが各地に広がった。

 そんな最中に著名な歌手の方がSNSに投稿したこの言葉が、物議を醸した。彼女の書き込みの趣旨は、アメリカで今何が起きているのかを伝えるもので、もちろん大切なことだと思う。

 ただ同時に、違和感も抱いた。アメリカとは社会背景が異なるものの、果たして生まれの違いによる「差別」の問題は、遠い海の向こうの問題だろうか。

■在日コリアンであることを知らずに育った

 日本にも様々なルーツを持った人々が暮らしている。私の父や祖父母も、在日コリアンだ。けれども私が中学2年生の時に父が亡くなるまで、そのことを一切知らずに育ってきた。父は母にさえ、自分の出自について殆ど話したがらなかった。なぜ、自分のルーツを家族に話さなかったのだろうか。私は父の戸籍や、わずかに残された書類の情報を元に、2020年9月、父の生家があったらしい京都市伏見区を訪ねた。

 鴨川からほど近い父の生家跡地は、駐車場となってアスファルトに覆われ、その面影は殆ど残されていなかった。川向にはかつて、京都朝鮮第一初級学校があった。学校は2012年に移転してしまったため、跡地にはビジネスホテルが建っている。

 2009年12月4日から、在特会と呼ばれる集団が3回にわたり、この京都朝鮮第一初級学校の周辺でヘイトスピーチを繰り返した。学校関係者や在日コリアンが、生きるに値しない人々であるかのような言葉を拡声器で浴びせ続けたのだ。子どもたちにとっては、命の危険を感じる経験だっただろう。事件後、当時この学校に子どもを通わせていたという親御さんの一人は、「朝鮮人って悪いことなの?」と、子どもに尋ねられたという。

 ショックを受けたのは子どもたちだけではない。「自分のルーツをポジティブにとらえられるように」と願ってこの学校に子どもを通わせていた親御さんにとっても、自身が幼い頃、「朝鮮人」であることを理由に虐げられたトラウマをえぐられ、フラッシュバックを引き起こすような事件だった。

 父が生きていたら、この事件をどう受け止めたのだろう、と考えずにはいられなかった。そして、思う。父が出自を隠し続けていたのは、こんな思いを子どもたちに味わわせたくなかったからではないか、と。

■「在日」が「隠れ在日」になる現実

 時折、「隠れ在日」という言葉を耳にする。普段は「通名」を使い「日本人」として生き、自分のルーツを隠して生きている在日コリアンたちのことをそう呼ぶことがあるそうだ。今思うと、父もその一人だったのかもしれない。私の同世代のそうした人たちから、悩みの声を聴くことがある。卒業式の日、本当はチマチョゴリを着て家族に見せたいけれど、周りはどう反応するだろうか。日本国籍の人と結婚したいと願った時、相手は、その家族はどう反応するのだろうか、と。

「隠れている」ことが悪いのではない。在特会の事件から10年以上経った今も、街中で、ネット上で、ヘイトは繰り返されている。つまり、「隠れざるをえない」という状況は変わらない。むしろ、溢れかえるネット上の誹謗中傷に、法制度が追いついていない現代の方が、より深刻になっているのかもしれない。

■在日コリアン「だから」声をあげるのではない

 こうした問題に対して、「分断を深めない伝え方が必要だ」という意見や、「ヘイトをする人々がどうしてそうなったのかという理由も考えるべきだ」というような声も聞かれる。もちろん、大切な視点だ。

 ただ、矛先を向けられた「当事者」にまでそれを強いることは、時に暴力になってしまう。言葉のナイフを突きつけられた時、そもそも声をあげることさえできないかもしれない。やっとの思いで声をあげた時、「もっと丁寧な言い方ができないのか」と強いられる理由はどこにもない。「まあまあ、そんなに怒るなよ」という上からの目線も、「なに怒ってるんだよ」という嘲笑も、マイナスでしかない。では、解決の糸口になるものは何だろうか。

 時折、「在日コリアンだから、差別に声をあげるんですね」と尋ねられることがある。もちろん、私の父のルーツを知ったことによって、ヘイトや差別の問題により敏感になった面はある。

 けれども在日コリアン「だから」声をあげるのではない。私が何者であっても、どんな立場にあっても、この問題に声をあげたいと思う。なぜならこれは、差別の矛先を向けられる側の問題ではなく、向ける側と、その間にいる人々の態度の問題だからだ。特にその「間」にいる、大多数の人々の行動や態度の変化が、鍵を握るのではないだろうか。

 2020年9月20日、旭日旗を手に排他的な主張を繰り返す集団が川崎駅前で“街宣”を行っていた。集団を守るように、警察がぐるりと鉄柵で彼らを囲う。その外側には、「カウンター」と呼ばれる差別反対を訴える人々が集まり、声を張り上げ続けていた。

 その中に、一人の高校生がいた。「韓国人の友人がいる」という彼女は、日本が好きなその友人が安心して来日できるようにという願いと共に、この場に足を運んだのだという。今求められているのは、彼女のような行動の積み重ねなのかもしれない。同時に、憎悪の連鎖を次世代に目の当たりにさせないために、大人が何をできるのかが問われている。

(安田 菜津紀/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2021年の論点100)

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