総額1億3000万円 松永太が“金づる”にしていた従業員の母親から詐取した手口とは

総額1億3000万円 松永太が“金づる”にしていた従業員の母親から詐取した手口とは

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第45回)。

■トラックで逃走、北九州市小倉北区にある「熊谷アパート」へ入居

 1992年10月上旬、貸金業をするために暴力団の上部団体から引っ張った資金を返済できず、追われる身となった松永太は、彼の子どもを身籠る緒方純子を連れて、福岡県柳川市から逃亡した。

 その際に、松永の経営する株式会社ワールド(以下、ワールド)から逃げ出さずに唯一残っていた、従業員の山形康介さん(仮名)も同行していたのは、前に記した通りだ。

 山形さんが運転する幌付きの1トントラックで、彼らが目指したのは石川県の七尾市。そこには第42回に登場する、松永に騙されて自身の会社を破綻させた岩見国男さん(仮名)に用意させた、「一時的に身を隠す場所」があったのである。

 福岡県内では高速道を使い、本州に入ってから一般道で移動した彼らは、時間をかけて遠方の目的地に到着するが、松永が予想していた住居とかけ離れていたということで、すぐに福岡県へと引き返す。その後、一旦久留米市に立ち寄り、彼らが最終的に目指したのは北九州市だった。

 北九州市といえば松永が幼少期を過ごした土地だが、それが選択の理由ではなかったという。ワールドの元従業員のなかに北九州市の出身者がいて、同市内にワールドの支店を置いていた時期があった。そこで、いざというときに利用できると考えていたのだ。

 同年10月10日頃、松永らは北九州市小倉北区にある「熊谷アパート」(仮名)20×号室の賃貸契約を結び、3人での共同生活を始めた。その際に不動産会社の担当者として、この部屋を仲介したのが、後に監禁された少女の父であり、殺害された広田由紀夫さん(仮名)である。なお、部屋を借りるにあたっては、緒方は自身の純子という名前の読み方を、本来の「じゅんこ」ではなく「すみこ」と説明。山形さんの婚約者であると偽って、入居契約に至っていた。

■山形さんに対する虐待の度合いを強め、実母から送金させた

 詳しくは後述するが、この時期の松永らが“金づる”としていたのは、同行していた山形さんであり、実質的には彼が送金を頼んだ母親(故人)だった。後の公判での検察側の論告書では、以下の内容が述べられている。

〈被告人両名は、当時唯一の金づるであった山形に対する虐待の度合いを強め、同人をして、実母から多額の送金を受けさせ、その現金を巻き上げて逃亡・潜伏資金に充てていた。しかし、同年(92年)12月上旬ころ、山形は、実母から、「もう、お金がない。これが本当に最後よ。」などと言われ、以後、実母から送金を受けられなくなり、金づるとしての利用価値を失った。以後も、被告人両名は、山形の運転免許証を取り上げるなどした上で、「熊谷アパート」20×号室の玄関ドアに南京錠を掛けるなどして、山形の逃走を防止していたが、山形は、平成5年(93年)1月中旬ころ、被告人両名が寝入ったすきを見計らって、上記南京錠が掛けられていた掛け金本体のネジをドライバーで外して逃走した〉

■山形さんの実母が送金した金額は約1億3000万円

 山形さんの実母からの送金がなくなって以降、松永による彼への暴力はエスカレートするようになった。それまでの通電などに加え、洗車ブラシで山形さんを殴ったりするようになり、命の危険を肌身に感じた彼は、ついに逃亡するに至ったのである。山形さんは私の取材に説明していた。

「あのときは本当にこのままだと殺されると思い、逃げ出しました。ただ、逃げ出した者を執拗に追跡する松永の性格を知っているだけに、実家に戻るわけにもいかず、住み込みで働ける場所を探し、そこで長期にわたって身を隠したんです」

 なお、補足しておくが、山形さんが逃走して間もない1月下旬に、緒方は長男を出産している。

 山形さんの母親がいかに“金づる”として、松永から多額の金銭を搾取されていたか。前出の論告書には以下の文言がある。

〈山形が逃走するまでの間に、山形のために実母が送金するなどした金額は、総額約1億3000万円に上る〉

 検察側の冒頭陳述によれば、ワールド時代に松永らが詐欺商法等で得た金額は、「少なくとも約1億8000万円」とされており、そこから計算すると、山形さんの母親が支払った金額は、約72%を占めていた。つまり、彼女こそが金銭的には最大の被害者だったのだ。

■「親を騙してカネを作ることが、すごく自然なことだった」

 なぜこうした金額が算出されたかというと、山形さんの母親が、支払った内容について詳細に記録しており、その出納帳を福岡地検が押収していたからである。今回、同地検から山形さんに返却された資料を借り受けることができた。松永がいかにして親心に付け込み、なにも知らない母親からカネをむしり取ってきたかが、記録された数字から生々しく浮かび上がる。

 ちなみに、これほどの大金が実家にあった理由を山形さんに尋ねたところ、父親が残した遺産と、父親の死亡時に支払われた生命保険金とのことだった。そして母親から大金を引っ張り続けていたことについては、正常な思考を失っていたと説明する。

「(ワールド時代は)ずっと辛くても考えないようにしていました。そのなかで、親を騙してカネを作ろうと思ったんです。当時の自分としては、それがすごく自然なことでした」

■山形さんの母親が付けていた出納帳の内容

 件の出納帳には、山形さんの名前を記した〈康介出費〉との項目があり、始まりは昭和60年(85年)である。それは次のように記載されている(和暦を西暦に変更)。

〈◎85年

 ・3月22日 293,500円 ワールド布団代

 ・12月24日 1,000,000円 車代、松永さんより買う

 ◎86年

 ・2月10日 123,000円 ××信販支払い

 ・2月10日 118,600円 ××(ノンバンク)支払い

 ・3月19日 296,425円 ××(ノンバンク)支払い

 ・4月1日 500,000円 康介事故修理

 ・10月8日 300,000円 現金希望

 ◎87年

 ・2月16日 900,000円 カーペット代

 ・3月22日 100,000円 現金希望

 ・4月7日 1,500,000円 クレジット

 ・7月10日 350,000円 車検代〉

 ここまでを見てわかる通り、85年だけでも支払額は計1,293,500円あり、86年には計1,338,025円、87年は計2,850,000円と増えていっている。なお、金融機関への「支払い」との表記があるように、母親が山形さんに送金するという方法に限らず、借入金の支払いを肩代わりしたものも含まれていることを、付け加えておく。

■ワールドの経営悪化で一気に増額へ

 このような年間数百万円の支払いは、まだ“とば口”に過ぎなかった。ワールドの経営状況が悪化するにともない、松永に命じられるまま山形さんが母親に無心、または支払いの肩代わりを要求してきた金額は、一気に増加していくことになる。

 以下年間の合計額だけを記すと、88年は計8,824,620円、そして昭和から平成に移り変わった89年には、その金額は前年の約4倍である計34,320,000円にまで膨らむ。

 ただしこの89年についていえば、用立ててもらったカネの一部に関して、返済の意思があることを示すため、ところどころで母親に返金しており、返済額は計6,450,000円あった。そのため母親の手元から出た金額は、結果的に計27,870,000円となる。

 ちなみに、85年から88年までの間も、若干の返済があったため、それらを引き、すべてを集計すると、85年3月から89年11月までの支払い総額は41,376,145円だった。母親から山形さんへの最後の送金は92年12月であることから、89年末から約3年間で、残り9000万円弱が支払われたことになる。

■山形さん逃亡後も、支払いは続いていた

 私の手元にある、母親が出金状況を記した出納帳は2冊。それらには多くの付箋が貼られているため、現状を維持したまま判読できる数字は限られていた。また、この2冊は同時期のものなのだが、なかに記された数字は双方に共通するものもあれば、若干ながら異なっているものもあった。

 両者を比べると、92年末段階での、85年から8年間の合計支払い金額は、片方が126,298,242円、もう一方が135,398,737円と記載されていた。どちらが正しい数字であるかは、私の手では判然としなかったが、検察が主張する、約1億3000万円という金額を裏付けるには、足るものであると思う。ちなみに、検察官が残したと思しき付箋によれば、彼らは後者の出納帳を採用し、そのうち関係する合計支払い金額を127,014,395円と算定していた。そうなると、より主張する金額に近い。

 松永らの裁判で出てくるのは、この時期までの支払い金額に限っている。しかし、出納帳に目を通していくと、じつは母親が、山形さんが松永の元から逃亡した93年1月以降も、かつて息子名義で借金をしていた金融機関の督促に応じ、残債を支払っていたことが判明する。

 それは95年末まで続き、約3年間で400万円以上に及ぶ。さらに94年の一部と、96年から98年にかけては、明らかに狙いを定めて母親に近づき、金銭を引き出していた人物の存在も露呈した。

■松永のまわりの“悪い奴ら”からも食いものにされた山形さんの母

 その人物はワールドの元社員であるNという男。Nはまず94年6月に2回に分けて、山形さんに関係するカネの返済ということで、5万円と20万円を、さらに同年9月に5万円を送金させていた。母親は出納帳の別のページに、Nから電話があった旨を記しており、その横には「和解説明、支払い方法について」や「和解す」と記載していることから、なんらかの和解金が必要だとの説明を受けたと考えられる。山形さんにも確認したが、もちろんそのような覚えはなく、Nが山形さんの名前を使ってカネを騙し取ったものだと思われる。ちなみにNは松永の元を逃げ出しており、その背後に松永がいたとは考えられない。

 この手口でNは山形さんの母親から、96年に35万円、97年に41万円、98年に173万円(いずれも振り込み手数料を除く)を騙し取っていたのだった。

 また、松永と付き合いのあった銀行員(当時)にRという珍しい苗字の男性がいるのだが、彼と同じ苗字の男性が、97年10月に母親の元に連絡を入れていた。母親は出納帳に「康介交通事故支払いで借用した」と記載しており、Rに対して220万円を支払っている。ちなみにその内訳は借金が200万円で、利子が20万円というものだった。Rを知る人物によるなりすましの可能性もあり、同一人物であるかどうかは判然としないが、この件についても、山形さんのあずかり知らない出来事だ。

 まるで近年の“オレオレ詐欺”を彷彿とさせる手口だが、山形さんとその母親は、松永と、そのまわりの“悪い奴ら”に、すっかり食いものにされていたことが、事件の発覚とともに明らかになったのである。

かつて交際していた人妻に…カネを引っ張るため、甘い言葉で狙い定めた女性に近づいた へ続く

(小野 一光)

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