森喜朗に引導を渡したアメリカの“ラスボス”とは?

森喜朗に引導を渡したアメリカの“ラスボス”とは?

IOCの顔色を窺う森氏

 2月12日、東京2020オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言で引責辞任し、大会中止の秒針がまたひとつ進んだ。辞任に至るドタバタがさらけ出したのは「スポーツ興行主」の国際オリンピック委員会(IOC)が、食い扶持としてのオリンピックを新型コロナウイルス感染対策に優先する本音だ。

 森氏の問題発言は2月3日の日本オリンピック委員会(JOC)で飛び出した。森氏は2日に自民党本部でも「コロナがどういう形であろうと(五輪は)やる」と述べ、タレントのロンドンブーツ1号2号の田村淳さんの聖火ランナー辞退を招いている。

 オリンピック憲章に反する女性蔑視発言をした森氏を庇ったのは、他ならぬIOCだった。森氏が4日に発言を撤回すると、すかさずIOCは不問に付した。オリンピックを「平和の祭典」だと思っていた世界中の人々を驚かせた。

 だが、IOCは9日、「(森氏の発言は)完全に不適切」と、あっさり手の平を返す。前日夜、IOCと組織委の会談で、「最上位スポンサーの反発が強い」と森氏に告げたためと、朝日新聞は伝えた。IOCのスポンサーは契約金と権限でランク付けされ、1業種1社から選ばれた14社の「TOP(ワールドワイド・オリンピック・パートナー)」が最上位だ。TOPであるトヨタ自動車や民泊仲介大手の米エアビーは10日以降、森発言を批判する声明を出している。

■「森氏は去るべき」との記事を掲載したサイトとは…

 だが、IOCの背中を押した最も大きな力は、アメリカのテレビ局3大ネットワークのひとつ、NBCだ。同社は10日、自社サイトに「森氏は去るべき」との記事を掲載した。直接的に辞任を求める厳しい論説に驚くが、最も影響力があったのは、IOCに対する米NBCの立場だ。

 米NBCは14〜32年の夏冬のオリンピック放映権料を120億3000万ドル(約1兆2600億円)で契約。IOCの13〜16年の総収入57億ドルのうち、放映権料が41億ドル余り、TOPスポンサー料は10憶ドルだ(拙著『オリンピック・マネー』文春新書)。放映権料のうち、米NBCは20億ドルを負担した。つまり、IOCにとって、米NBCは1社でTOPスポンサーの2倍の資金を提供する最上位中の最上位の存在なのだ。

 米NBCは19年末時点で、東京オリンピックのCM枠を約12億ドル販売済みだ。18年と20年のオリンピックで米NBCが負担する放映権料は23億8000万ドルのため、半分は回収のめどが立ったはずだった。

 ところが、コロナ禍で大会は延期され、CM契約も持ち越された。さらに延期した1年間に世界中で感染が拡大するばかりで、日本人の大半は通常開催が困難と考え、中止の機運が高まってきた。そんな状況での森氏の女性蔑視発言は、CMスポンサー離れを招き、大会中止リスクを高める。米NBCが森氏辞任を後押しし、IOCが手のひら返しで追従する。商売としてのオリンピックの現実がここにある。

■IOCの興行主としての本性が世界に暴露された

 そもそもオリンピック夏季大会が真夏の7〜8月に開かれるのは、米NBCのスポーツ中継のオフシーズンにあたるからだ。また、巨額の放映権料がIOCに振り込まれるのは、大会終了後だ。

 つまり、先の森氏同様、IOCのコーツ副会長・東京大会調整委員長が昨年9月、「新型コロナウイルスの有無に関係なく」大会開催を主張したのは、放映権料のためなのだ。 “ラスボス”の米NBCが公然と森氏辞任を主張したことで、IOCの興行主としての本性が世界に暴露された。彼らの態度からは、コロナ禍で生活を律し、感染抑制に努める日本人への気遣いも、コロナ感染抑制への強い意思も、どちらも感じられない。

 東京都の小池百合子知事は、IOCと組織委がまとめた選手などの感染対策の冊子「プレイブック」が森氏辞任騒動の陰に隠れていると不満を漏らした。だが、その中身たるやお粗末で、選手間の感染拡大リスクが大きい選手村の同部屋宿泊の抜本的対策は記されていない代物だ。それを知ってか知らずか、米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長は12日、東京大会開催には「ガイドラインが必要」と指摘した。

 3月の聖火リレーの具体的な感染防止策も未だ示さない政府、組織委のコロナ対策の不備、コロナ変異型のリスク、「令和の大政翼賛会」としてオリンピックを資金支援する日本の報道機関などの諸課題は、発売中の『文藝春秋』3月号掲載の「 東京五輪を中止すべき『7つの理由』 」で詳述している。

(後藤 逸郎/文藝春秋 2021年3月号)

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